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第716話

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 英雄たちが全員ルーデリアに集合したのを確認してルイスが手を上げると、それを見てあちこちに配置されていた妖精たちが一斉に空に向かって花火を打ち上げた。

「さて、我々の最後の仕事だ」

 妖精王はそう言って予め描いておいた魔法陣を空に放り投げる。それは各所で上がった花火めがけて方々に散らばっていった。

 散らばった魔法陣は宙に浮いた状態で固定されていたが、ディノが大きく生き吸い込んで空から地上に向かって息を吐くと、魔法陣はそのまま一直線に下りていき、地面に張り付いた。それをディノは東西南北全ての空から行う。

 最後に一声大きく鳴くと、地上からそれを見ていたオズワルドが指を鳴らした。その途端、各地の魔法陣が光り、そこに真っ黒な穴が空く。

「よし! 成功だ!」

 それを確認した妖精王は喜び勇んで地上に舞い戻ると、英雄たちに無事にゲートが開いたことを伝えた。

「い、いよいよだな!」

 それを聞いてゴクリと息を呑んでルイスが言うと、それを聞いてキャロラインも神妙な顔をして頷く。

「こっからが大変だぞ、お前ら。俺は先に家に戻って様子見てから城行くわ。妖精王も一回一緒に来てな」
「うむ」
「ああ。ゆっくりでいいぞ、カイン」
「では僕も家に戻ります。アリスが目を覚ましたそうなので」
「良かったですね、アラン。後で私も別に撮っていた宝珠を送りますね。シエラのスマホも一緒に」
「ええ、お願いします。他の皆さんもまとめるので写真があれば送っておいてください」

 アランはそう言って皆に深々と頭を下げる。そんなアランに皆も互いに頭を下げあった。

「そう言えばシャルはどうすんの? シャルルのとこ?」

 ノアの問いかけにシャルは困ったように肩を竦める。

「流石に一度過去に戻ります。アリスが気になるので。ルイス、アリスを連れて私は一足先に屋敷に行っていても構いませんか?」
「ああ、もちろんだ! しかしお前、戻れるのか?」
「分かりません。観測者さん、どうでしょう? ゲートは生きていますか?」
「そうねぇ。もう少ししたら古代妖精の力も戻るでしょうし、それじゃあ一旦うちにいらっしゃいな」

 その言葉にシャルはコクリと頷いて意地悪な笑みを浮かべて言う。

「ではお礼に私はあなたのパソコンの掃除をしてあげましょう。あれは酷い」
「そ、それは嬉しいけど、余計な所は見ないでよ!?」

 別に疚しい事がある訳ではないが、何となく嫌だ。観測者がそんな事を考えながら言うと、シャルは肩を竦めて笑っただけだった。

「ディノとオズはうちに来るよね!? 来るでしょ!?」 

 皆が帰り支度をしているのを見てアリスが満面の笑みで二人に近寄ると、ディノは笑顔で、オズワルドは嫌そうな顔をする。

「仕方ないだろ。リゼがそこに戻るだろうしな」
「私もレックスの帰りを待たなくては。ノア、大丈夫なのだろう?」
「大丈夫。ちゃんと槇さんは仕事をしてくれてるはずだから」
「ミアさん、バセット領にまたおかしな生物が増える予感しかしませんが、俺たちは今まで通り手を取り合って強く生きていきましょうね」

 そのまま居付きそうなディノとオズワルドを見てキリが若返ったミアに見惚れつつ言うと、ミアは苦笑いして頷く。

 ちなみにミアと合流してからキリはずっとミアの手を握っているのだが、もう誰もそんな事には突っ込まない。

「ここらへんは皆、戻る場所は同じだからな。エリスとティナはどうするんだ? 別荘か?」
「別荘ってどこだよ? そんなもん俺は持ってねぇぞ」
「レヴィウスの家は別荘だろ? 実家はバセット領にあるじゃないか」

 真顔でアーロがそんな事を言うと、エリスとティナが青ざめた。

「いや……何言ってんだ? 違うけど? 俺の実家はレヴィウスのあの家だけど?」
「何を言う。バセット領の森の中の小屋が君の実家だ。それにバセット領の皆は君の帰りを待ってるぞ」
「そうだそうだー! 師匠! ティナ! そろそろ戻ってきてよ! バセット領には私がいるゾ!」
「……それが怖いんだが」

 ポツリと言ったエリスを見てティナが声を出して笑い出した。

「ははは! あとアミナスも居るしな。それに第三のアリスになるだろう約束された第三子も生まれるんだ。エリス、私達も腹をくくろう」
「それは助かります。流石に俺たちだけでは制御出来ないだろうと不安に思っていたので」
「そうだね……あの時は喜んだけど、AMINASは確実にアリスに似るだろうからね」
「そなの?」
「うん。だって、彼女は僕の好みを熟知してるから。既にその片鱗あったでしょ?」

 不思議そうに尋ねてくるリアンにノアが言うと、それを聞いてリアンは途端に顔を歪める。

「しばらくバセット領に近寄らないようにしよ」
「俺も近づかないっす」
「ははは、二人とも面白いこと言うね? 言っておくけど毎週ある新商品の開発会議はうちだから。君たちは嫌でもこれから一生毎週うちに来る事になるから」
「そうです。いい加減諦めてください、お二人共。ソラからも言われたでしょう? 俺たちの縁は永遠にこの二人に振り回されるのです」
「……最悪だよ」
「祝福どころか、最早呪いっすね……」

 ため息を落としたリアンとオリバーを見て皆が笑う。

 これからも辛い事、悲しい事は沢山あるだろう。

 けれど、それ以上に嬉しい事や楽しい事も多いはずだ。

「ところで次に集まる時はあそこでいいんすよね?」
「ああ! あの秘密屋敷に集合だ! また連絡する。行こうか、キャロ」
「ええ。戻ったら大忙しよ、ルイス。まずはライアンとエイダンを抱きしめないと!」
「では僕たちもそろそろ行こうか。皆が戻ってくるのに王が不在では困るだろうしね」
「大丈夫なんじゃない? 今まで居なかった訳だし。あ! でもレヴェナとカールの再会は見たいな! よし、戻ろう」
「や、止めてください! 叔父さん、本当に止めて!」
「ははは! 今のカールを見たら八重も喜ぶだろうな。では皆、何かあったらまたいつでも声をかけてくれ。本当に世話になったね。ありがとう」

 アンソニーの言葉に皆は静まり返った。ようやく長かったアンソニー達の戦争が終わったのだ。他にも色々と感謝の言葉はあるというのに、一番単純な「ありがとう」という言葉しか浮かんでこない。

 彼らは仲間だ。多分、アンソニーにとっては最後の仲間になる。今まで沢山の仲間たちを見送ったけれど、今度はようやく自分が見送られる側になるかもしれない。

 アンソニーの言葉を正しく理解したのか、仲間たちは無言で頷いた。その目にはもう明るい未来しか映ってはいない。

「さあ、私達もそろそろ帰りましょう! それぞれの場所へ!」

 ライラの言葉に仲間たちは無言で頷いてしっかりと顔を見合わせる。

「それじゃあまたね、皆! 次会う時はバーベキューだゾ!」 

 アリスが言うと皆が苦笑いをして頷き、それぞれの場所へ戻って行く。



 ポツンと最後まで残ったのはバセット三兄妹だ。ミアは気を利かせて先にアーロ達と戻ってくれた。

 アリスが何気なくノアとキリの手を取ると、二人は何も言わずに握り返してくれる。

 ルーデリアの広場にポツンと残ったアリスはポツリと呟いた。

「皆、行っちゃった」
「そうだね。どうしたの? アリス。寂しいの?」
「……どうだろ。何か、急にポツンってなった感じ。寂しいのかな?」
「俺は清々していますが」
「あんたはね! 大体いっつも清々してるでしょ!」
「失礼な。俺が清々しているのは、あなたが自業自得でギャフンと言っている時だけですよ」
「キー! いい加減もうちょっと情緒を学びなさいよ!」
「まぁまぁ、二人共。君たちは本当に、何があってもどこに行っても変わらないね。凄く安心するよ」

 そう言ってノアが珍しく邪気の無い笑みを浮かべると、アリスとキリは互いに顔を見合わせて次の瞬間には「フン!」と言ってそっぽを向く。

「ははは! 二人とも明日からまたずっと一緒なんだからそんな顔しないの! ほら、僕たちも戻ろう。子どもたちがきっと待ってるよ」
「そうでした。お嬢さま、寂しがっている場合ではありません。我々にはまだやる事が山程ありますよ」 

 キリは言いながら妖精手帳に「バセット領」と書きつける。

「そうだった! 行こ! 兄さま、キリ!」

 そう言ってアリスは二人の手を強く握ると、目の前が白くボヤけだす。

 アリスは二人の手を強く握りながら、そっと目を閉じてこれから始まる太陽のような黄金に輝く未来に思いを馳せていた。
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