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第718話

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『ルーデリア王都』

 キャロラインとルイスがまだ誰も居ない城で自室の片付けをチマチマとしていると、不意にドアが控えめにノックされた。驚いて思わずルイスが返事をすると、次の瞬間部屋に飛び込んできたのは、エイダンを抱いたライアンだ。

「父さん! 母さん!」
「ぱーぱ、まーま!」
「ライアン! エイダン!」
「二人共、早かったじゃないか!」

 キャロラインとルイスは部屋に飛び込んできた子どもたちを見て、掃除道具を投げ出して二人に駆け寄った。

「議会の者たちと一緒に戻ってきたんだ! 皆、先に屋敷を見に行くと言っていた」
「そうか、ありがとうライアン。少し離れている間に随分しっかりしたんじゃないか!? なぁ、キャロ」
「ええ。顔つきがすっかりお兄さんになったわ! 驚いた!」
「そ、そうか? 俺はまだまだ子どもだ……今回の事でそれを痛感したんだ……もっと勉強しなくてはいけないな!」

 ライアンは地上に残ったノエル達の働きをずっと見ていた。彼らは仲間であるライアンも思わず尊敬してしまう程頑張っていた。

 もしもあの時自分たちが戻らずあのまま地上に居たら、今頃どうなっていただろうか? 後から聞いた話では、アメリア達はずっと英雄の子どもたちを探していたと聞いた。それは間違いなくライアン達を人質にするつもりだったに違いない。

 人質ならまだいいが、最悪その場で殺されていてもおかしくなかったのだ。

「なんだ、本当に急に大人になったな、ライアンは」
「違うんだ、父さん。俺は自分の考えの至らなさと、不甲斐なさに絶望しかけてしまったんだ。そんな時に助けてくれたのは仲間だ。もちろん、エイダンも。俺は一人では生きられないし、自分で思っているよりもずっと何も出来ない人間だが、そんな人間のままでは次の王位など継げない。それに気付いただけなんだ」

 両親を見上げてライアンが言うと、ルイスとキャロラインはそれを聞いて何故か青ざめた。

「キャ、キャロ、これは一体誰の血だと思う?」
「わ、分からないわ……どうしましょう! 私達の子は鷹かもしれないわ!」
「ははは! 俺は間違いなく父さんと母さんの息子だぞ?」
「いや、それはそうだが……父さんでは確実にないし、母さんの血か……?」

 ルカでは無い。絶対に無い。残るはステラだとしか思えない。ルイスの言葉にキャロラインも頷く。

「きっとそうよ。ステラ様の隔世遺伝よ」
「いや、オリビアかもしれんぞ。何にしてもこれは、早めに俺たちは退位した方がいいかもしれんな……」

 何せ自他共に認める木偶の王、ルイスである。そんな事を言うルイスに、ライアンは慌てて首を振った。

「そんな事は言わないでくれ、父さん! 俺はまだまだだ。俺の心が決まるまでは父さんと母さんがこの国を守っていてくれ!」

 ヒソヒソと話し合う二人の会話を聞いてライアンが言うと、ルイスとキャロラインは苦笑いを浮かべて頷き、両手を広げる。

「難しいお話は後にして、まずはハグしてちょうだい、二人共」
「そうだな! 政など今日ぐらいは忘れよう!」

 キャロラインとルイスは二人の息子たちを代わる代わる力一杯抱きしめると、まだ片付けが終わっていない部屋の中でそれからも沢山の話をした。

 その後、いつの間にか戻ってきていたチームキャロラインに部屋を追い出されるまで、ずっと。

 一方、城下街にも少しずつ人が戻り始めた。ルイスとキャロライン、ライアンとエイダンは、城のテラスから城下を見下ろして目を細める。

「何だか懐かしい光景だな」
「ええ、本当に。落ち着いたら何かお祭りをしましょうか、ルイス」
「それはいいな! 何をする? 至る所でバーベキューをするか?」

 ルイスの言葉にライアンとキャロラインが顔を見合わせて笑った。

「それはバセット領の特権よ! と言いたい所だけれど、まだ復興にもしばらくかかるでしょうし、少しアリス達に相談してみましょう」
「ああ、それがいい。あそこにはディノも居るようだし、きっと力を貸してくれるだろうからな」

 今回はパレードなどは予定していない。もちろん騎士団の面々などには勲章の授与をするつもりだが、前回のように派手にやるのは止めておこうと思っている。何故なら、今回の戦争は全ての生物がそれぞれの場で活躍して勝ち取った戦争だったからだ。

 その代わりに全ての生物が参加できるような祭りを開催するのはどうだろう? そうすれば今日という日を記念日にして、毎年皆で祝えるのではないか。

 歴史を根底から覆した、決して忘れてはいけないとても大切な日なのだから。


『宰相さんち』
 
 カインは大きなため息を落として目の前で繰り広げられる妖精王とフィルマメントの喧嘩を、ルークを抱えて眺めていた。

「大体パパはいっつも勝手なんだよ! いくら偉大な妖精王でも、やって良い事と悪い事があるヨ!」
「わ、我とて色々と考えがあったのだ! それに、そなたがレプリカで我の魔法を模倣した事は評価しているだろう!?」
「そんな話は今はしてないノ! そもそもパパは――」
「なぁ、元々何で言い合い始めたんだっけ?」

 カインが言うと、膝の上でルークが肩を竦めて苦笑いする。

「キャシーのバターサンドが最後の一個で、それを爺ちゃんが食べた」
「フィルのだったんだっけ?」
「うん。食べ物の恨みって怖いね。母さん今回の戦争の為に甘いもの断ちしてたから余計にさ、怒ってる」
「あー……な」

 いつもならばキャシーのバターサンドぐらいで大げさな、と言いたい所だが、フィルマメントはこの戦争が始まった辺りから、願掛けの為に大好きな甘いものを全て断っていた。それを知っているだけにカインもルークも止めることができないのだ。

 そこへようやくこちらに戻ってきたライト家の面々がやってきた。

「一体何事だ? 外まで怒鳴り声が聞こていたが」
「おっきい声だね、フィルちゃん。元気があってよろしい」

 大声で怒鳴るフィルマメントの声にロビンとルードが部屋に入ってくると、フィルマメントは途端にロビンとルードに泣きついて、妖精王を指さした。

「パパが、パパが私のバターサンド全部食べちゃったノ! ずっとずっと我慢してたのニ!」
「え……それは可哀相だよ、お祖父ちゃん」
「そうだよ。フィルちゃんすごく頑張ったのに……」

 ライリーとローリーがそう言って妖精王を見ると、妖精王は顔を引きつらせる。

「まぁまぁ! そんなフィルちゃんにお土産だよ。妖精王も、皆で食べよう。母さんとメグが沢山焼いてくれたんだ」

 そう言ってルードが机の上に大きな籠を置いた。そこには山のように積まれた焼き菓子が詰まっている。

 それを見たフィルマメントが顔を輝かせた。

「ママン達の焼き菓子! フィル、これ大好き! パパもほら、早く!」
「うむ! ああ、良い匂いだな! このバターの香りが堪らんぞ!」

 二人はさっきまで喧嘩していたのに、もうすっかりいつも通りだ。

「凄い量だな。兄貴、どしたの、これ」

 そんな二人を見てカインは苦笑いしてルークにも食べてくるよう言う。

「お母さん会の皆がね、戻ったらすぐに食べられる物を用意した方が良いんじゃなかって言って、作ってくれてたんだ。いつ戻れるか分からなかったから、日持ちしそうな焼き菓子を大量生産してくれたんだよ。それを皆で分けたんだ」
「なるほど。あっちでも皆、それぞれに頑張ってくれてたんだな」

 カインが笑うと、ルードもロビンも笑顔を浮かべてある物を背中から取り出した。

「で、俺たちはこっち!」
「うお! 生ハム原木じゃん! どうしたの!?」
「作り方を覚えた妖精たちとオルゾの三人が領民たちに声かけてくれてさ、めっちゃ作ってくれてたんだ!」
「最高かよ! ビールまで! なんだ、レプリカはどうなってんだろって心配してたけど、本当に皆、日常を続けてくれてたんだな!」
「そりゃそうだ。非日常であればあるほど、冷静になるよう問われるからな。それに何もしていない時間が長ければ悲観してしまう者も出てきてしまう」
「確かにそうだよな。でもよくこんな食材あったな」
「それに関してはディノに感謝しないと。国庫の他に、ディノが地下の不思議な食料庫の物をいつでも取り出せるようにしていてくれたんだ」

 それを聞いてカインは深く頷いて心の中でディノにお礼を言う。

 何よりもこれから不思議な水晶の開発も始まるはずだ。そうなったら、もう生き物を殺さなくても好きな食材が手に入るようになる世界がやってくるかもしれない。

 そうしたら人々はそれこそ好きな事を好きなだけ出来るようになるのではないだろうか。

「なぁ兄貴、親父」
「なんだ?」
「うん?」
「俺たちってさ、良い時代に生きてるよな」
「なんだ、突然!」
「どうしてそう思うの?」
「いやさ、これからの未来ってさ、良くなるしか無いよなって思ってさ」

 カインがビールと生ハムを片手にそんな事を言うと、ロビンとルードも深く頷いた。

「そうだな。一番の脅威を乗り越えたんだ。もう何も怖くないな」
「言えてる。一番最低の所を見たから、もう上がるしか無いね」
「だよな! うん、やっぱこれから良い時代始まるわ! ほら、食おうぜ! 後片付けなんか後だ後!」

 そう言ってカインがグラスをもちあげると、皆がそれぞれ飲み物を持ち上げた。ちょうどそこに追加の焼き菓子を持ってきたサリーとメグ、オスカーとマーガレットとライト家の動物たちがやってくる。

 皆が集まったのを見て、カインは声を張り上げた。

「未来に乾杯!」

 と。
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