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番外編 『全ての生物に感謝と賛辞を』

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 星をかけた戦いが終わり、妖精王が開いたゲートをくぐって、全ての生物がまた星に戻ってきた。

 ソラの祝福のおかげで建物の損傷がほとんど無かったおかげで復興も驚くほど早く、全ての国民にこの星の歴史を語り終えてようやく皆が落ち着いてきた頃、ルイスとキャロラインは各国の知り合い達に連絡をとっていた。

「それでね、全ての場所でバーベキューをしようと思うの。メイリングはどうかしら?」
『そうね……私も八重に相談してみるわ。私はもう王妃という立場ではないから好きに出来ないの。でも、八重ならきっと分かってくれると思う』
「八重さんに聞いてみてくれるの? ありがとう、レヴェナ」

 スマホの相手はレヴェナだ。レヴェナはこちらへ戻ってきてすぐ、キャロラインとシエラ、そしてアーシャの元にやってきて深々と頭を下げにやってきた。

 まだ本調子ではないだろうに、それがずっと心残りだったのだ、と言って。

 けれどキャロライン達はもう知っている。レヴェナがどれほどの覚悟を持って自分を囮にし、犠牲にしたのかを。彼女こそ悪役令嬢の名が相応しいと思ったキャロラインは、その場ですぐさまスマホの番号を交換して今はもうすっかり友人だ。

『とんでもないわ。ところでそのバーベキューというのはルーデリアでは有名なの?』
「有名……そうね、一部ではとても有名ね。でもまだほとんどの国民達は知らないと思うわ」
『そうなんだ……カールも知らないかしら?』
「多分知らないと思うわ。皆で楽しみましょうね! もちろん、あなたもよ? レヴェナ」
『ありがとう……キャロライン王妃』
「王妃はいらないわ。私達、もう友達でしょう?」
『っ……うん』

 涙を堪えながらレヴェナが返事をすると、キャロラインの優しげな笑い声が聞こえてくる。

「泣かないのよ、レヴェナ。それに、私達今から楽しみなの」
『楽しみ?』
「ええ! あなたの恋が上手くいくよう、この間もアーシャとシエラと話していたのだけれどね」
『な、何の話をしているの!?』
「だって、せっかく姫に戻ったんですもの! それに年齢も釣り合うようになった訳だし、それはもう国民全員が楽しみにしているに決まっているわ!」

 そう、カールが若返ったのと同じように、レヴェナの時も巻き戻った。

 メイリングの国民達はレプリカでルカから知らされたメイリングの真実を聞いて、まずは国を元の状態に戻そうという動きになったのだという。

 王はもちろんアンソニーだ。そして王妃は八重子。ニコラが宰相で、カールはようやく子どもに戻ることが出来たと言う。

 まぁ本人は今更という感じではあるらしいが、レヴェナと対峙するときだけは年相応の対応を見せると言うので、大人のカールしか知らないキャロライン達にとっては何だか不思議な話だ。

『は、恥ずかしいわ! それに私、カールに避けられているみたいなの……』
「そうなの!? どうして?」
『分からない。分からないけれど、話しかけても前のように笑ってくれないのよ』

 泣きそうになりながらレヴェナが言うと、キャロラインは少しだけ笑う。

「大丈夫よ、レヴェナ。実はルイスもそうだったの。これは私がまだ学生の頃の話なのだけれど――」

 そう言ってキャロラインは懐かしい学生時代を思い出しながらレヴェナに自分達が体験した事も交えて今までの秘密も全て話した。

 本当は話すべきでは無かったのかもしれないが、レヴェナには知っていて欲しい。 何よりもレヴェナはアンソニーやカール達の側に居たことで、この世界は何でも起こり得るという事を身に沁みて感じているだろうから。

「ふぅ」
「随分と長話だったな」
「ルイス!」

 スマホを切ったキャロラインに、いつの間に部屋に居たのかルイスがお茶を持って声をかけてきた。

「すまない。一応声はかけたんだが、何だか重要そうな話をしていたから隣室に居たんだ。それで、レヴェナは賛成してくれたか?」
「そうだったの。ごめんなさい、すっかり夢中になってしまったわ。レヴェナはもちろん賛成してくれたわ。自分にはもう王妃の権限は無いけれど、八重さんに相談してみてくれるって」
「八重どのとの仲も良好なのか!」
「そうみたい。八重さんからしたら息子さんのお嫁さん候補ですもの。きっと仲良くなりたいに決まってるわ」

 もしもライアンが好きな人をいつか紹介してくれたら、きっとキャロラインもあれこれを世話を焼いてしまいそうだから八重子の気持ちはとてもよく分かる。

「俺たちもそろそろ八重どのに挨拶に行かなければな。なかなか思い切った人だと聞いているが、あのアンソニー王がずっと追い続けた人だと思うと少し緊張してしまうな」
「緊張? どうして?」
「いや……ノアと被るなと思ったんだ……」
「ノアと……」
「ああ。あいつもずっとアリスを追いかけて来た奴だろ? で、そのアリスがあれな訳だ……もしかしたら八重どのも大地の化身のような人物だったらと思うと、リー君ではないが、今から胃が痛い……」

 思わず胃の辺りを抑えてそんな事を言うルイスを、キャロラインがじっと見つめて青ざめる。

「だ、大丈夫だとは思いたいけれど……分からないわね」
「そうだろう? 何百年も追いかけるような人物なんだ。キャロのような聖女なのか、アリスのような大地の化身かの二択だと俺は思う」
「それって……もしも私が八重さんのようにある日居なくなったら、何百年も追いかけてくれるって事?」

 キョトンとしてキャロラインが尋ねると、ルイスは目を丸くしてキャロラインを見つめてくる。

「当然だろう? 俺がキャロ以外の誰かで妥協すると思うか?」
「……思わない」
「そうだろう? 俺にはキャロしか居ない。キャロにも……俺だけであって欲しい」
「当然よ! それに、私は既に何度もあなたを追いかけているわ」

 拗ねたようにキャロラインが言うと、それを聞いてルイスは甘く微笑む。

「そうだったな! だが、これからはもうそういう心配もない。ようやく全てが元に戻ったんだ。むしろこれからこの星に待っているのは、栄光、未来、繁栄、進化、安寧、幸福だ。俺はそう信じている」
「そうね。私もそう信じているわ。それでルイスの方はどうだったの?」
「ああ、こっちも皆大賛成だった。前回のパレードはあくまでも王都限定だっただろう? だから地方ではさほど恩恵も無かったらしいんだ。けれど今回は星全土の規模だからどこも喜んでいたぞ」
「そう! それじゃあ皆にも相談しましょう!」

 そう言ってキャロラインが取り出したのは、秘密屋敷と書かれた妖精手帳だ。それを見てルイスも笑顔で頷いた。

 
「お疲れ様です、ルイス、キャロライン」
「シャル! もう戻ってきてたのか!」

 皆が集まるのはあのアンソニーとキャロラインの宣言以来だ。

 ルイスとキャロラインが仲間たちに連絡をして秘密屋敷に移動すると、そこには既にシャルとオリジナルアリスが二人で優雅にお茶をしていた。

 部屋を見渡すと、何だか見たことの無い調度品や窓にはレースのカーテンなどがかけてあって、あれほど殺風景だった秘密屋敷の部屋が何だか明るい雰囲気になっている。

 そんな二人を見てオリジナルアリスが立ち上がる。

「お疲れ様でした、お二人共! すぐにお茶の準備をしてきますね。あ、良かったら軽食もお出ししましょうか?」
「あ、ああ、ありがとう。軽食?」
「ええ。私達はこれから昼食をとる予定だったので。その後は庭いじりでもしようかと話し合っていた所だったんです」
「庭……弄り?」

 にこやかなオリジナルアリスの言葉にキャロラインとルイスが思わず顔を見合わせて首を傾げた。そんな二人にシャルが足を組み直して言う。

「私達の時代では何事もありませんでしたから。私達は既に半月程ここに住んでいますよ?」
「い、いつの間に!?」

 それを聞いて思わずキャロラインが目を丸くすると、そんなキャロラインを見てシャルが笑う。

「いいですね、ここ。すぐ裏に温泉もあるし、適度に田舎で気の良い人も多いし」

 今回の件でシャルの顔は完全にバレてしまったが、それでもこの土地の人達はシャルとオリジナルアリスが仲良く買い物をしていても、誰も何も言ってこない。それどころかいつもオマケをしてくれるという特典つきだ。

 それを聞いてルイスとキャロラインは顔を見合わせて肩を竦めて笑った。

「それで何やら調度品が増えていたのか!」
「このレース綺麗ね。とても繊細だわ」

 キャロラインがカーテンに近寄って言うと、オリジナルアリスが誇らしげに胸を張った。

「実はこれ、私の弟の作品なんです! キリって言うんですけど」
「キリ? あ! そう言えばそちらではあなたとキリは姉弟なのよね。そちらのキリも編み物が得意なの?」
「はい! というよりも、シャルに聞いた限りうちの弟をベースにしているんだと思います。今のキリの設定は」
「なるほど……」

 何かに納得したようにキャロラインが頷くと、そんなキャロラインにオリジナルアリスはにっこりと微笑んで言う。

「ですが、設定は個性のようなものですから。こちらのキリも弟のキリも、ただ編み物が大好きなだけです」
「そうね。そうだわ。設定はただの趣味や嗜好だものね。そんなの、誰だって被り得るわ」

 レヴェナに学生時代の話をしたからか、設定という単語を聞いて身構えてしまったキャロラインにオリジナルアリスがフォローしてくれて安堵の息をつく。そんなキャロラインの背中に慰めるようにルイスが手を回してくれた。

「もうここはお前たちの屋敷だな! しかしこれは見たことが無い焼き物だな。青がとても綺麗だ」
「これはですね、私達の時代で流行っている――」

 調度品を褒められてシャルがいそいそとその解説をしようとしたその時、部屋が光った。それに続いてアリスの声が聞こえてくる。

「やぁやぁやぁ! アリスが来たゾ!」
「アリス、まだ縫ってる最中なんだからジッとして! ゴブリン達が困ってるでしょ!」

 ドレスのあちこちに小さなゴブリン達をくっつけたまま屋敷に移動したアリスにノアが言うと、さらに後ろからキリが針と糸を持ったまま真顔で言う。

「ノア様、お嬢様のドレスをもういっそ肌に直接縫い付けても構わないでしょうか?」
「それは流石に止めてあげて、キリ」
「なんだ、ドレスの修復中だったのか?」
「そうなんだよ。さっきまでアリスは森の大掃除に行ってたんだけど、帰ってきたらこれが見事にボロボロでね。もういっそ雑巾にするか縫い直すかどうかって相談してたとこだったんだ」
「ドレスが雑巾になるなんて、よほどですね。森はそんなにも酷かったのですか?」

 呆れたようにシャルが言うと、キリはゆっくりと首を振った。

「全く。森には何の被害もありませんでした。ありませんでしたが、お嬢様のせいで被害が出たのです。やはりこの人が一番の厄災です」
「なるほど。まぁ、今更アリスのやる事で驚きもしませんけどね」

 すっかりアリスの奇行に慣れてしまったシャルが言うと、キリも頷く。そこへ続々と仲間たちが集まりだした。


 ルイスとキャロラインに星全土で開催されるバーベキューの話を聞いて手を叩いて喜んだのはアリスとカインだけで、他の皆は何とも言えない顔をしていた。

「お姫様もちょっとコイツに感化されすぎなんじゃないの?」
「そっすよ、キャロライン。いつも冷静なのに、どうしたんすか?」
「私は冷静よ。ただ、今回は本当に皆の力で勝ち取った勝利だから、ちゃんと皆にも還元したかったの」
「いいんじゃね? 前回はあくまで盛り上がったのは王都だけだったし、今回は皆参加したんだから、全員で祝うのは今後の団結にも繋がると思う」

 ルイスとキャロラインの意見に賛成したカインだったが、そんなカインにノアが言う。

「それは分かるよ。僕もうちの領地では何かしようと思ってたから。でもさ、食材はどうするの? うちみたいに各自持ちよるの? だとしたら各地で相当差が出るよ? それとも国庫から全て賄う? これからの備蓄をここで使うのはどうかと思うんだけど?」
「しまった! そこの問題を考えていないかった!」
「本当だわ! ど、どうしましょう!? ルイス!」
「はぁ……これだから王族は。金銭感覚とかそういうのが麻痺してんだよね」
「リー君! シッすよ! この二人は悪気があった訳じゃないんすから」
「それは分かってるよ。でもさ、そういうとこだよ! 二人、いや、三人とも! ちゃんと庶民の生活見なよ!?」
「ご、ごめんなさい」

 若返って可愛くなったリアンに叱られて三人はしょんぼりと頭を下げる。そんな三人にシャルがニコッと笑った。

「いえ、悪くないかもしれません。もしかしたらこれは良い機会かもしれませんよ?」
「シャル?」

 シャルの言葉にノアが首を傾げると、シャルは誰かに連絡を取った。そしてやってきたのは、オズワルド、妖精王、観測者、ディノだ。

「ちょっとちょっと~何か面白そうな事始めるらしいじゃない! 混ぜなさいよ!」

 観測者は無理やりオリバーの隣にグイグイ座り込むと、ニコニコしながら言った。そんな観測者を見てディノが苦笑いする。

「私も呼んでくれるとは思わなかったな。ありがとう」
「いえいえ、あなたにも是非手を貸して欲しいので」

 嬉しそうに尻尾を振るディノの頭と背中には小さくなった古代妖精達がしっかりとしがみついている。どうやら彼らは魔力が戻ってからもこの姿で生活しているらしい。そのすぐ側を飛び回るのはヴァニタスだ。

「我にも何か出来るか? エネルギーを回収しようか!?」
「いや、まだそんな回収して回るほどエネルギーないでしょ? ていうかシャル、皆呼び出して何するつもり?」

 ノアの言葉にシャルは頷いて今しがた呼び出した四人を見て口を開いた。

「これから大規模なバーベキューを地上でする予定なんです。その時にあの次世代の叡智を周知させるのに丁度良いかと思うのですが、どうでしょう?」
「それはあれか? あの水晶か?」
「ちょっと待ってちょうだい。あれはあくまでも食材をコピーするものよ?」

 妖精王と観測者の言葉にシャルが頷くと、二人は顔を見合わせて首を傾げる。

「だからこそですよ。今は戦争のせいであの水晶は恐ろしい物だという印象が皆に染み付いてしまいました。それを覆すには、あの水晶の本当の使い方を示すべきです。でなければいつまで経っても世界は発展しませんよ」
「まぁ、それは一理あるかもね。いつまでも小出しにしてたんじゃ埒があかない。その間にまたスチュアート家みたいなのが現れないとも限らない。だったらいっそ、一斉に周知させた方がいいかもね」
「あれは武器じゃない。本来は人々の役に立つように作られた物。でも、個人が持つにはまだ早いだろ」

 ついこの間まで送っていた生活を、急に変えろというのは無理がある。

 オズワルドが言うと、妖精王も観測者も頷いた。

「それにあれはまだ量産出来ないわ。技術の問題ではなくて、時間の問題なんだけど」

 水晶に大地のエネルギーを蓄える為にはそれなりの時間がかかる。そんな初歩的な問題に答えを出したのは――。

「なるほど。では、あの時のゲートの部品を使うのはどうだい?」
「アンソニー王! 来てくれたのか!」

 突然現れたアンソニーにルイスが思わず顔を綻ばせて立ち上がると、アンソニーは笑顔で答えた。

「ああ。レヴェナから面白い話を聞いてね。ニコラに是非行って話を聞いてこいと追い出されてしまったよ」
「流石はニコラさんですね。アンソニー王の言う部品とは、あのゲートに使った部品ですか?」
「そう。君が作ってくれたあの部品だ。あれはエネルギーを効率よく吸収するだろう?」

 アランが苦労して作った部品は今もアンソニーと八重子の自室にある箱に埋め込まれていて、そこには毎日のように姉妹星に居る八重子の家族から手紙が届く。

 その手紙が嬉しいのか、今は靖子とカールが一生懸命、字(日本語)の練習をしているのが微笑ましいアンソニーと八重子だ。

「まぁ、あれならさほどの時間はいらないと思うけど……オズが言うようにあれはまだ個人で持つには荷が重すぎないかしら?」
「個人で持つには、ね」

 それまで黙って話を聞いていたノアがポツリと言うと、アリスが顔を輝かせた。

「兄さま、何か思いついたの!?」
「何でそんな嬉しそうなの?」
「え? だって、食料をコピーするって凄いよ! 一回使ってみたけど、本当にお肉がドーンって出てくるんだよ!」
「いつ使ったの?」
「え? 絵美里が私に水晶投げつけてきた時だけど?」
「ん? 僕聞いてないよ?」
「だって、言ってないもん。絵美里は多分私を殺そうとして投げつけてきたんだろうけど、あれでそんな事出来ないしそれ言ったら兄さまきっと魔王様が降臨しちゃうなって思って黙ってたんだよ! テヘペロ!」

 できる限りノアに汚れ役をさせたくないアリスだ。もしもあの時の事を素直に伝えていたら、きっとノアは怒り狂って絵美里をアメリアのようにこの世界から消してしまっていたに違いない。

 それを聞いたノアは苦笑いを浮かべて何かに納得したように頷いた。

「そっか。まぁ絵美里の件は聞かなかった事にしておくよ。で、使ってみたんだ? どうだった?」
「だから! 一瞬でお肉ドーンだった!」

 そう言ってアリスは手で大きな丸を作ってノアに見せた。それを見てノアは頷く。

「なるほど。一瞬なんだ。だったら丁度いいかも。何も全員が持たなくても良いんだよ。一つの街、村、もしくは何百メートル毎にその水晶があればそれで」
「どういう事だ?」

 思わず妖精王が尋ねると、ノアはニコッと笑う。

「各自そこに欲しい食材を受け取りに行けば良いって事。下手に持ち運べるから悪用しようとする人たちが出るんだよ。それに、その水晶もディノを通してもらえば、動かしたかどうかが分かるんじゃない?」
「それで私を呼んだのか。もちろん出来る。私が作った鉱石の部屋から削り出した物であればな」
「シャルが言ったのはこういう事でしょ? まずは使い方を知ってもらう。いずれはそりゃ個人で持つようになるかもしれないけれど、まずは地域、そして一家に一台っていうのが理想かな」
「そうです。そうすればそのうちあの水晶の恐怖は薄れるでしょう?」

 本来は相当役立つ物のはずなのだ。そしてそれは全ての人が平等に使えるべきである。生活に差が出るからいざこざが起きるのだ。

 シャルの言葉に呼び出された妖精王達は皆、腕組をして考え込んでいた。

「俺は賛成だ。そうしたら林檎とかわざわざ探しに行かなくてもそこから受け取れるんだろ?」
「そうだね。でもクッキーとか料理はまだ無理だよ? あれでコピー出来るのは今のところは食材だけらしいから」

 それにそれをいきなりしてしまうと、そこら中の飲食店が消え去ってしまう。少しずつ段階を踏んで開放していくのが重要だ。

 ノアの言葉にオズワルドは頷いてちらりとアリスを見た。

「食材持ってったら菓子焼いてくれる?」
「いいよ!」
「オズ、それは危険です。お嬢様のお菓子は美味しい物も多いですが、それと同じぐらいヤバいのも多いです」
「ちょっと! 私はヤバい物なんて作った事ないんだけど!?」
「歯折れクッキーなどという赤ん坊用の恐ろしいお菓子を開発しておいて、よくそんな事が言えますね?」
「あとあれ、爆弾マフィン! あれさ、ちょっと大きい石だよね!?」

 何かを思い出したリアンが身を乗り出すと、それを聞いてノアが注釈を付け加えてくる。

「でも一部の人には何故か絶大な人気があるんだ。だから不思議だよね、アリスのお菓子」
「地味にうちの領地でも人気なんです! 赤ちゃんの歯折れクッキーは定期的に購入希望者がいますよ!」

 胸を張ってライラが嬉しそうに言うと、それを聞いてキリが呆れたような顔で言う。

「まぁ味は良いので。なので、もしも菓子類を所望するのであれば、アーロに頼むのを提案します。彼はお菓子類も得意ですから」
「そうなの? それじゃあそうする。という訳で俺は賛成」
「そ、そなた菓子の為だけに……我は反対だ。いきなりそんな事をすれば、確実に混乱を招くからな!」
「そうねぇ……私も妖精王の意見に賛成かしら。結局持ち運べなかろうが関係ないのよ。悪用する人は必ずするもの」
「妖精王と観測者の意見も分かるが、私は賛成だ。私はあの水晶が使われていた時代を直接見ていた。それこそ悪用され始めたのは、一部の貴族たちがその技術を独り占めしようと画策したからで、そこに至るまでの年月はリセット後から現代よりもずっと長い。今回のように無事に星の危機を乗り越えた今の世代の生物は、間違いなくそんなミスは侵さないだろう?」

 ディノの言葉に観測者は黙り込むが、妖精王は目を丸くした。

「そうなのか?」
「ああ。この技術は元々初代妖精王が持ち込んだ技術だが、それを最初に貴族に渡したんだ。そして、その者達があの水晶を管理していた。そうだな……分かりやすく言うならアリスの作った懐中電灯と同じで、水晶は充電式なのだ。充電をする為に必ず定期的に貴族の元へ行かなければならない。そうする事で間違いが起こらないように、との配慮だったんだ。最初は」
「ディノの言う通りよ。でも、結果的にはそれが最大の間違いだったの。まとめる人が居ないと悪用されるんじゃないかって思ってたら、まとめる人が欲に負けちゃった最悪のパターンなのよ」
「……そうだったのか……」

 リセット前の星の事などほとんど知らない妖精王がそれを聞いて項垂れると、おもむろにアリスが立ち上がって言った。

「だからだよ! 地位とかそういうのは必要だよ。まとめる人も大事! でも、技術は別だよ! 皆の生活が豊かになる技術は誰かにまとめさせないで、皆に均等に配る! それが最善なんだよ!」
「アリスの言う通り、リセット前の最大の過ちは一部の人間だけを過大評価しすぎて任せっきりになった事だよ。だから街の至る所に置く、一家に一台普及する、それが正解。だって、誰も冷蔵庫を悪用しようだなんて思わないでしょ?」
「まぁ、悪用のしようもないしな。しかし一歩間違えたら次元が開くのだろう? それは危険だぞ?」
「あら、それは大丈夫よ! アメリアが持っていた水晶はスチュアート家が勝手に改造したものだもの。そうよね? ヴァニタス」

 そう言って観測者がギロリとヴァニタスを睨むと、ヴァニタスは小さな体をさらに小さくして丸まった。

「そうだ……我はすっかり信用していたのだ。聖女を守るあの家の事を。だから言われるがままに水晶の鍵を外す方法を教えてしまった。まさかそれを聖女の子孫に解除させてあんな物を創り出すなどとは思ってもいなかったのだ!」
「もしかしてその聖女が数少ない天罰を受けた人?」
「そうだ。当時の聖女は今のスチュアート家の息子と恋仲だった。大方甘言に負けたのだろうが、その後すぐに天罰が下り彼女はあの家を出たのだ。それから市井で普通に結婚をして子孫を残した」
「なるほど……その子孫がまたスチュアート家に見つかっちゃったって事か。で、最終的には聖女に成り代わったって事? 挙げ句に聖女の末裔はもう本当に居なくなっちゃったって事?」

 リアンの言葉にヴァニタスはカーペットに蹲ったまま頷く。そんなヴァニタスにキャロラインが声をかけた。

「頭を上げてちょうだい、ヴァニタス。あなたは初代の記憶を持っているかもしれないけれど、初代本人ではないのだから。あなたが初代の記憶でそんな顔をする必要は無いのよ」
「うぅ……キャロ……やはり、聖女というのは血で継ぐものではないのだな……」

 キャロラインの優しい言葉にヴァニタスはポツリと言う。

 ヴァニタスと融合して正しく浄化されたヴァニタスは、自分がどれほど盲目になっていたかをようやく理解した。それと同時に自己嫌悪で一杯になるが、キャロラインの言葉に少しだけ救われた気がする。

「当然です。遺伝などという物は、あくまでも身体的な部分だけなのですから。その人の思想や嗜好は遺伝ではありません。あなたは少し生物の進化を見くびっていたようです」
「ぅぐ……」
「キリ、止めたげて。もうヴァニタスの命はもうほぼゼロだよ。それに、それを全て解決するのは簡単な話だよね。全員に行き渡るぐらい量産が出来るようになったらそれまでの場所を充電所にすれば良いだけだし、それまでは皆が、もちろん王族さえもそこに食材をもらいに行けばいいってだけの話なんだから」
「そうね。私もそう思うわ。それにそれが出来れば最低限飢える人は居なくなる」
「そうだな……それはメリットとしては大きいな」

 誰も殺さない国を目指すルイスはキャロラインの言葉に大きく頷く。

 そんな中でもやっぱり妖精王はまだ頭を捻っている。

「妖精王、何がそんなに心配なのです?」

 シャルルの言葉に妖精王はハッとして顔を上げる。

「いや、心配というか、そうすると今度は生物が増えすぎやしないかと思ったんだ。下手に全てをそれで賄うようにしてしまうと、生物が爆発的に増えてしまうだろう?」
「それは……そうですね。ですが、今のままでは人間ばかりが増えてしまうのもまた事実です。そこらへんはどうなのです?」

 アランの言葉に手を上げたのはアリスだ。

「はいはいはーい! むやみに増やさない! これに尽きると思います! 例えばお肉ね! それがあれば牛を殺す事は無い訳だからミルクに専念すればいいし、鶏もそう! 卵専用の子達を育てればいい! もちろん食材としては水晶からミルクも卵も受け取れるけど、牛とか鶏が食べてるご飯とかでミルクや卵の味わいは違うし、野菜とかもそうだよね? そういうのは水晶には出せないでしょ?」
「そうね。水晶はあくまでも卵やミルクを構成している栄養を構築するだけのものよ。繊細な味までは設定出来ないわね」
「でしょ!? で、豚さんは牙なんてアクセサリーに加工出来るし、鼻が良いから特殊なキノコとか見つけてくれるよ! 多分教えればキノコ以外も探すことが出来る。食肉以外にもあの子達にはやるべき事がある! 他の子達もそう。一部の数が増えすぎるのは天敵が居ないからで、それは人間の都合で一部の生物を淘汰したり無理やり増やしたりしたらだよ。だから! 私は新しい世界では他の生物たちとの共存を目指したいと思います! 棲み分け大事!」
「まぁ、コイツの言う事は一理あるよね。人間の生活脅かすからっていちいち退治してたらきりないし、一番ヤバい生物は既にバセット領に隔離されてんじゃん。それに常に天敵が側にいるし。共存は大事だよ。どんな世界でもさ」

 そう言ってリアンはちらりとノアとキリを見た。アリスの唯一の天敵は、常にアリスのやることに目を光らせている。

「ねぇねぇリー君、それって何の事言ってる??」

 アリスがキョトンとしてリアンに尋ねると、リアンは鼻で笑って言う。

「え? アリス・バセットていう珍種の話だよ?」
「やっぱりね! そうだと思った! 私は退治されるほど悪さしてないよ!」
「どうだかね。一方では有益だけど、違う方から見たらあんた、厄災以外の何物でもないからね?」
「酷い! 心友にこんな暴言! でも私知ってるんだ。こんな事言いながらもリー君は私の事大好きだってね!」
「……僕のどこにそんな要素があると思うの?」
「リー君! それ以上考えないんすよ! 何を言われても良い方に受け取るポジティブモンスターの言うことは真に受けちゃ駄目っす!」

 いつだって胃薬が手放せないリアンをオリバーが小突くと、リアンは苦虫を潰したような顔をして頷く。

「とにかく、そんな訳だから色々と丁度良い機会なんじゃない? もしそれが上手く行けば色々変更しないといけない所も出てくると思うけど、新世界の為にも一つずつ決めていこう。とりあえず今回は試験的にあの水晶を置いてみるって事でいい?」

 ノアがニコッとわらって言うと、仲間たちは黙り込んで曖昧に頷いた。

「やはりノア様が世界を治めているのでは?」

 ポツリとそんな事を言うキリに、ノアが笑顔のまま言う。

「違うよ、キリ。世界を治めているのは実質アリスだよ。だって、僕はアリスが喜ぶ事しかするつもりないからね!」
「……そんな自信満々にお花畑全面支援宣言をされても困るのですが……」

 呆れたキリに仲間たちが心の中で賛同する中、こうしてあの水晶の正しい使い道と、新しい時代に向けての下準備が出来上がったのだった。
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