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番外編 『レックスの帰還・前編』
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暗い暗い海の底のような場所で、レックスは目を覚ました。一番に目に飛び込んできたのは、拳大の青く光る石だ。
レックスは気怠げにその石に手を伸ばすと、突然辺りに猛烈な風が吹いて景色がガラリと変わった。
水の中に出来た小さな泡みたいになったレックスの体は突然2つに分裂したかと思うと、どんどん物凄いスピードで分裂していく。
このままでは粉々になってしまう! そう思うのにその分裂を止める事はレックスには出来なかった。
少しずつ泡は数を増やし、それと同時にもう二度と元の一つに戻る事は無いのだという寂しさと、新しく増えた泡がそれぞれどんな体験をこれからするのか楽しみな気持ちが押し寄せる。
泡はその後も物凄いスピードでくっついたり離れたりを繰り返して、やがて様々な器官が出来上がっていく。
「手だ」
レックスは今しがた出来上がった物を握ったり開いたりして、石で出来ていた時とは違う、何だかしなやかな感覚に感動した。
「足」
目がまだ無いので見ることは出来ないが、感覚でどうにか指先を動かしてみる。何だか変な感じだ。
それからもどんどんレックスの体が作られていく。最初はただの泡だと思っていたのに、思わぬ場所でレックスは人が出来上がる過程を体験しているらしい。
全ての臓器と部位が揃うと、また景色が変わった。辺りを見渡すと今度は小高い丘の上に居た。ここがどこだからも分からないので仕方なくレックスはその場に腰を下ろして周りの景色を眺める。
ここは何だかとても殺風景な場所だった。辺りを見渡すと森ばかりだ。その森の中央に開けた場所があり、そのさらに真中には大きな池がある。
しばらく丘の上からその池を見つめていると、まるで早送りのように様々な動物たちがその池に吸い込まれていくのが見えた。
「あの子達、地下に居た動物だ」
池に飛び込んでいくのは地下で暮らしていた、地上では絶滅したと思われている動物ばかりだ。それらがまるで早送りのように目の前で繰り広げられている。
「あ、出てきた! あれはダイアウルフ?」
早送りで動物が池に飛び込むのが面白くて見守っていたレックスは、今しがた池から飛び出してきた大きな狼の番を見て声を上げた。池から飛び出したその狼達は、迷うこと無くそのまま森の奥に消えていく。
やがて池に飛び込む動物たちが居なくなったと思ったら、今度は森の中からボロボロの服を着た男女がキョロキョロしながら開けた場所にやってきた。
男がレックスが居る丘とは反対側にある丘を指さして何か話している。それからあっという間にその二人は丘の上に小屋のような物を建て、そこに住み始めた。
男が森で狩りをして女が森から木の実を持ち帰る。何度も何度も太陽が昇り沈む。そのうち男女の間に子どもが生まれ、その頃には広場にはポツポツとどこかからやってきた人が増え始めた。皆、思い思いの場所に小屋を建て、日々の暮らしを送り始めた。
何回目の太陽が昇ったのか、平和で笑顔の絶えないそんな場所に、森の奥から棒や槍を持った人たちがやってきた。武器を持った人たちは平和だった場所を力尽くで奪い、元々住んでいた人たちをあっさりと追い出してしまった。
レックスは立ち上がって追い出された人たちの後を追うと、追い出された人たちは全員泣いていた。戦いで怪我をした人たちも居た。一番始めにあの場所に移り住んだ男女は、あの場所を守ろうとして娘を一人残して死んでしまったようだった。
「……可哀相……」
レックスはポツリと言って一人で泣く少女に近寄って、声をかけようとしたが、どうやらこちらの姿も見えなければ声も届かないようだ。
「何とか出来ないのかな……このままじゃあんまりだ。まるで……僕たちみたいだ」
妖精王の加護が無くて地下にしか住めなかったレックスの先祖たち。ずっと平和で幸せだったのに、気がつけば地下を乗っ取ろうとされたり地上の争いに巻き込まれたりした。
この少女がそんな自分と重なって、レックスは思わずポケットの中に入っていた拳大の賢者の石を握りしめていた。その時だ。
「そこに居るのは誰!?」
突然少女が振り返った。驚いたレックスは思わず息を飲んだけれど、少女もまたレックスを見て驚いたように目を見張る。
「アミナス……?」
少々の事では動じないレックスがこんなにも驚いたのには理由がある。少女があまりにもアミナスにそっくりだったのだ。
「アミナス? 私の名前はエルシーよ。あなたは?」
「エルシー……僕、僕はレックス」
「……ふぅん。あなたも一人?」
「いや、僕は一人じゃない。今は……一人だけど」
正直にレックスが言うと、エルシーは小さく笑って頷いた。アミナスとそっくりのエルシーだが、こうやって話してみると全然違う。
「ずっと、君を、君たちをあの丘の上から見てた。あの武器を持った人たちから君たちが逃げる所も、君のご両親が最後まで勇敢だったのも」
レックスの言葉にエルシーは目を最大まで見開いて、次の瞬間、大粒の涙をこぼす。
「逃げるしかなかったのよ。両親はあの村を本当は守りたかったんだろうけど、皆の命を救う方を選んだ。自分たちを犠牲にして」
「うん、知ってる。君が生まれた時、君の両親はそれはもう嬉しそうだったんだ。僕もこのまま幸せになるんだろうって思ってた。でも、いつの時代もああいう輩はいる。ねぇ、僕についてきて」
そう言ってレックスは森の奥に向かってどんどん歩き出した。その後ろをすっかり泣き止んだエルシーが訝しげについてくる。
この時にはもうレックスには全てが分かっていた。ここはかつてのバセット領だ。そして、このエルシーこそがバセット家の先祖なのだと言う事に。
ここでエルシーと繋がったのは、きっとこれがレックスの役目だったからに違いない。レックスは自分にそう言い聞かせて森の中をズンズン歩く。
「ねぇ、どこへ行くの? この奥へは行っちゃいけないって言われてるのよ?」
「そうなの?」
「ええ。この森にはとてつもなく大きな狼が住んでいて、森に入ってきた人たちを食べてしまうって」
「そんな訳ない。ダイアウルフはそんな事はしないよ。それに、この森の動物たちは皆、友人だ。僕を信じて」
そう言ってレックスはさらに森の奥に入っていく。
どれぐらい歩いただろうか。周りから、低い唸り声が聞こえてきた。その声を聞いて、エルシーがすぐさまレックスの後ろに隠れてガタガタと震えだす。
そんなエルシーを庇うようにレックスはエルシーを背中に隠すと、賢者の石を掲げて声を張り上げた。
「皆、よく聞いて。この森の掟を聞いて。この森は他の森とは違う。人間も、狼も、クマも、魚も妖精も、全ての生物を受け入れてくれる寛大な土地だ。その代わり、ルールがある。食べないのに殺さない。たとえ違う種族であっても困っている時は助け合わなければならない。この掟を破った者は、誰であろうともこの土地から追放される」
そこまで言ってレックスはくるりとエルシーを振り返った。
「そして、人間はこの森を守るために尽力しなければならない。出来る?」
エルシーはレックスの目をじっと見つめてゴクリと息を呑んだ。レックスの周りに、狼やクマ、妖精がいつの間にか集まってきていたのだ。
エルシーは戸惑った目でレックスを見上げ、震える声で呟いた。
「あなたは……誰なの?」
「僕……僕は、叡智のドラゴンの息子だ」
「叡智の……ドラゴン……もしかしてドラゴンの始祖の息子?」
「ディノを知ってるの?」
「知ってるわ! 毎晩パパとママが話してくれたもの! その昔、神はドラゴンの始祖と共にこの世界を創ったんだって。だからドラゴンは他の生物よりもずっと硬くてずっと強い。ドラゴンにしか入れない場所がこの世界には沢山あるんだって!」
「驚いた。この頃にはまだディノの話は地上にも残ってたのか。ディノは未来を見通す。この土地は君が治めるべきだ。その為には今僕が言った事を実行しなければならない。君にそれが出来る?」
「出来るわ! 未来永劫、たとえ世界がどれほど変わっても、この土地は変わらない! 私は、私達は皆、仲間よ。ずっと、永遠に!」
エルシーはそう言って周りを見渡した。不思議な事にそう叫んだ途端、動物たちの考えている事が何となく理解できたような気がしてくる。
言葉がはっきりと分かる訳ではないけれど、何故か何を言いたいかが伝わってくるのだ。どうやらそれは動物の方もだったようで、気がつけばエルシーの足元に子熊が恐る恐る近寄ってきていた。
「うん、約束だよ。それから、ここで僕と出会った事は誰にも内緒だ」
「分かったわ。でも、私に村の人達を説得出来るかな」
「出来る。僕の知ってる君の子孫は、どんな時でも絶対にめげない。それに、君の両親が受け入れた人たちだ。信じてあげて」
レックスが言うと、エルシーはコクリと頷いて駆け出した。そんなエルシーを見送ってレックスはもう一度石を握りしめて静かに言う。
「君たちもあの子をお願いね。何百年後も君たちはずっとこの土地をあの子の家族と共に守ることになる。ここは今よりもずっと豊かで優しい土地になるよ。約束する」
レックスの言葉を動物や妖精たちが静かに聞いていた。すると、森のさらに奥から大きなダイアウルフの番がのっそりと姿を現す。
「君たちがこの森の王だね。君たちの子孫もこの土地をずっと守り続け、数百年後には世界のあちこちで活躍する事になるよ。皆、誰も欠けずに幸せになる。これは予言じゃない。もう決まっている事なんだ。君たちはもう地下には戻らない。全ての生物はいずれ自由になる」
「うぉう」
ダイアウルフは一声静かに鳴いてレックスに頭を垂れた。それを見たレックスは安心したように頷いて森を去ると、またあの丘に戻る。
するとどうだろう。何かのスイッチが入ったかのように、また景色が物凄いスピードで流れ出した。
エルシーは森の入口で村人たちと何か話し合っていたかと思うと、突然村を出て行ってしまった。
やはりレックスでは説得は出来なかったかと思いながら眺めていると、何回目かの太陽が昇った時、顔に擦り傷を沢山つけたエルシーと、倍以上に膨れ上がった村人達が手に武器を持って森に戻ってきたのだ。
「ああ、ちゃんとエルシーは約束を守ってくれたんだ!」
思わずレックスは目の前の光景を見て声を上げた。
戻ってきたエルシーは森に向かって何かを叫んだ。それと同時に森の奥から沢山の動物たちが駆け出してくる。その動物たちを引き連れて、エルシーと村人たちは広場になだれ込んだ。
太陽が二回昇り、村人達が広場の真ん中で捕まえた略奪者達を縛り上げると、その前でエルシーが略奪者達に向かって叫ぶ。
「私は! 誰も! 何も! 殺さない! ここは始祖が守る生物達の楽園! この掟に従えないのなら、二度とこの地に戻るな! 愚かな者共よ!」
「……かっこいい」
アミナスもアリスも事あるごとに芝居がかるが、どうやらその血はエルシーから脈々と受け継がれていたようだ。
感心したようにレックスが呟いた途端、景色はまた早送りのように飛ぶ。その間に何度もバセット領は侵略者に襲われたが、その度にバセット家の人をリーダーに領民と森の動物達が協力してバセット領を守り続けた。
やがて王政が出来上がり、バセット領の特異性を知った当時の王は、バセット家に男爵の位を授けた。
時代がどんどん代わっていくのに、バセット領は何も変わらない。エルシーの教えは、今もちゃんと受け継がれている。
レックスは気怠げにその石に手を伸ばすと、突然辺りに猛烈な風が吹いて景色がガラリと変わった。
水の中に出来た小さな泡みたいになったレックスの体は突然2つに分裂したかと思うと、どんどん物凄いスピードで分裂していく。
このままでは粉々になってしまう! そう思うのにその分裂を止める事はレックスには出来なかった。
少しずつ泡は数を増やし、それと同時にもう二度と元の一つに戻る事は無いのだという寂しさと、新しく増えた泡がそれぞれどんな体験をこれからするのか楽しみな気持ちが押し寄せる。
泡はその後も物凄いスピードでくっついたり離れたりを繰り返して、やがて様々な器官が出来上がっていく。
「手だ」
レックスは今しがた出来上がった物を握ったり開いたりして、石で出来ていた時とは違う、何だかしなやかな感覚に感動した。
「足」
目がまだ無いので見ることは出来ないが、感覚でどうにか指先を動かしてみる。何だか変な感じだ。
それからもどんどんレックスの体が作られていく。最初はただの泡だと思っていたのに、思わぬ場所でレックスは人が出来上がる過程を体験しているらしい。
全ての臓器と部位が揃うと、また景色が変わった。辺りを見渡すと今度は小高い丘の上に居た。ここがどこだからも分からないので仕方なくレックスはその場に腰を下ろして周りの景色を眺める。
ここは何だかとても殺風景な場所だった。辺りを見渡すと森ばかりだ。その森の中央に開けた場所があり、そのさらに真中には大きな池がある。
しばらく丘の上からその池を見つめていると、まるで早送りのように様々な動物たちがその池に吸い込まれていくのが見えた。
「あの子達、地下に居た動物だ」
池に飛び込んでいくのは地下で暮らしていた、地上では絶滅したと思われている動物ばかりだ。それらがまるで早送りのように目の前で繰り広げられている。
「あ、出てきた! あれはダイアウルフ?」
早送りで動物が池に飛び込むのが面白くて見守っていたレックスは、今しがた池から飛び出してきた大きな狼の番を見て声を上げた。池から飛び出したその狼達は、迷うこと無くそのまま森の奥に消えていく。
やがて池に飛び込む動物たちが居なくなったと思ったら、今度は森の中からボロボロの服を着た男女がキョロキョロしながら開けた場所にやってきた。
男がレックスが居る丘とは反対側にある丘を指さして何か話している。それからあっという間にその二人は丘の上に小屋のような物を建て、そこに住み始めた。
男が森で狩りをして女が森から木の実を持ち帰る。何度も何度も太陽が昇り沈む。そのうち男女の間に子どもが生まれ、その頃には広場にはポツポツとどこかからやってきた人が増え始めた。皆、思い思いの場所に小屋を建て、日々の暮らしを送り始めた。
何回目の太陽が昇ったのか、平和で笑顔の絶えないそんな場所に、森の奥から棒や槍を持った人たちがやってきた。武器を持った人たちは平和だった場所を力尽くで奪い、元々住んでいた人たちをあっさりと追い出してしまった。
レックスは立ち上がって追い出された人たちの後を追うと、追い出された人たちは全員泣いていた。戦いで怪我をした人たちも居た。一番始めにあの場所に移り住んだ男女は、あの場所を守ろうとして娘を一人残して死んでしまったようだった。
「……可哀相……」
レックスはポツリと言って一人で泣く少女に近寄って、声をかけようとしたが、どうやらこちらの姿も見えなければ声も届かないようだ。
「何とか出来ないのかな……このままじゃあんまりだ。まるで……僕たちみたいだ」
妖精王の加護が無くて地下にしか住めなかったレックスの先祖たち。ずっと平和で幸せだったのに、気がつけば地下を乗っ取ろうとされたり地上の争いに巻き込まれたりした。
この少女がそんな自分と重なって、レックスは思わずポケットの中に入っていた拳大の賢者の石を握りしめていた。その時だ。
「そこに居るのは誰!?」
突然少女が振り返った。驚いたレックスは思わず息を飲んだけれど、少女もまたレックスを見て驚いたように目を見張る。
「アミナス……?」
少々の事では動じないレックスがこんなにも驚いたのには理由がある。少女があまりにもアミナスにそっくりだったのだ。
「アミナス? 私の名前はエルシーよ。あなたは?」
「エルシー……僕、僕はレックス」
「……ふぅん。あなたも一人?」
「いや、僕は一人じゃない。今は……一人だけど」
正直にレックスが言うと、エルシーは小さく笑って頷いた。アミナスとそっくりのエルシーだが、こうやって話してみると全然違う。
「ずっと、君を、君たちをあの丘の上から見てた。あの武器を持った人たちから君たちが逃げる所も、君のご両親が最後まで勇敢だったのも」
レックスの言葉にエルシーは目を最大まで見開いて、次の瞬間、大粒の涙をこぼす。
「逃げるしかなかったのよ。両親はあの村を本当は守りたかったんだろうけど、皆の命を救う方を選んだ。自分たちを犠牲にして」
「うん、知ってる。君が生まれた時、君の両親はそれはもう嬉しそうだったんだ。僕もこのまま幸せになるんだろうって思ってた。でも、いつの時代もああいう輩はいる。ねぇ、僕についてきて」
そう言ってレックスは森の奥に向かってどんどん歩き出した。その後ろをすっかり泣き止んだエルシーが訝しげについてくる。
この時にはもうレックスには全てが分かっていた。ここはかつてのバセット領だ。そして、このエルシーこそがバセット家の先祖なのだと言う事に。
ここでエルシーと繋がったのは、きっとこれがレックスの役目だったからに違いない。レックスは自分にそう言い聞かせて森の中をズンズン歩く。
「ねぇ、どこへ行くの? この奥へは行っちゃいけないって言われてるのよ?」
「そうなの?」
「ええ。この森にはとてつもなく大きな狼が住んでいて、森に入ってきた人たちを食べてしまうって」
「そんな訳ない。ダイアウルフはそんな事はしないよ。それに、この森の動物たちは皆、友人だ。僕を信じて」
そう言ってレックスはさらに森の奥に入っていく。
どれぐらい歩いただろうか。周りから、低い唸り声が聞こえてきた。その声を聞いて、エルシーがすぐさまレックスの後ろに隠れてガタガタと震えだす。
そんなエルシーを庇うようにレックスはエルシーを背中に隠すと、賢者の石を掲げて声を張り上げた。
「皆、よく聞いて。この森の掟を聞いて。この森は他の森とは違う。人間も、狼も、クマも、魚も妖精も、全ての生物を受け入れてくれる寛大な土地だ。その代わり、ルールがある。食べないのに殺さない。たとえ違う種族であっても困っている時は助け合わなければならない。この掟を破った者は、誰であろうともこの土地から追放される」
そこまで言ってレックスはくるりとエルシーを振り返った。
「そして、人間はこの森を守るために尽力しなければならない。出来る?」
エルシーはレックスの目をじっと見つめてゴクリと息を呑んだ。レックスの周りに、狼やクマ、妖精がいつの間にか集まってきていたのだ。
エルシーは戸惑った目でレックスを見上げ、震える声で呟いた。
「あなたは……誰なの?」
「僕……僕は、叡智のドラゴンの息子だ」
「叡智の……ドラゴン……もしかしてドラゴンの始祖の息子?」
「ディノを知ってるの?」
「知ってるわ! 毎晩パパとママが話してくれたもの! その昔、神はドラゴンの始祖と共にこの世界を創ったんだって。だからドラゴンは他の生物よりもずっと硬くてずっと強い。ドラゴンにしか入れない場所がこの世界には沢山あるんだって!」
「驚いた。この頃にはまだディノの話は地上にも残ってたのか。ディノは未来を見通す。この土地は君が治めるべきだ。その為には今僕が言った事を実行しなければならない。君にそれが出来る?」
「出来るわ! 未来永劫、たとえ世界がどれほど変わっても、この土地は変わらない! 私は、私達は皆、仲間よ。ずっと、永遠に!」
エルシーはそう言って周りを見渡した。不思議な事にそう叫んだ途端、動物たちの考えている事が何となく理解できたような気がしてくる。
言葉がはっきりと分かる訳ではないけれど、何故か何を言いたいかが伝わってくるのだ。どうやらそれは動物の方もだったようで、気がつけばエルシーの足元に子熊が恐る恐る近寄ってきていた。
「うん、約束だよ。それから、ここで僕と出会った事は誰にも内緒だ」
「分かったわ。でも、私に村の人達を説得出来るかな」
「出来る。僕の知ってる君の子孫は、どんな時でも絶対にめげない。それに、君の両親が受け入れた人たちだ。信じてあげて」
レックスが言うと、エルシーはコクリと頷いて駆け出した。そんなエルシーを見送ってレックスはもう一度石を握りしめて静かに言う。
「君たちもあの子をお願いね。何百年後も君たちはずっとこの土地をあの子の家族と共に守ることになる。ここは今よりもずっと豊かで優しい土地になるよ。約束する」
レックスの言葉を動物や妖精たちが静かに聞いていた。すると、森のさらに奥から大きなダイアウルフの番がのっそりと姿を現す。
「君たちがこの森の王だね。君たちの子孫もこの土地をずっと守り続け、数百年後には世界のあちこちで活躍する事になるよ。皆、誰も欠けずに幸せになる。これは予言じゃない。もう決まっている事なんだ。君たちはもう地下には戻らない。全ての生物はいずれ自由になる」
「うぉう」
ダイアウルフは一声静かに鳴いてレックスに頭を垂れた。それを見たレックスは安心したように頷いて森を去ると、またあの丘に戻る。
するとどうだろう。何かのスイッチが入ったかのように、また景色が物凄いスピードで流れ出した。
エルシーは森の入口で村人たちと何か話し合っていたかと思うと、突然村を出て行ってしまった。
やはりレックスでは説得は出来なかったかと思いながら眺めていると、何回目かの太陽が昇った時、顔に擦り傷を沢山つけたエルシーと、倍以上に膨れ上がった村人達が手に武器を持って森に戻ってきたのだ。
「ああ、ちゃんとエルシーは約束を守ってくれたんだ!」
思わずレックスは目の前の光景を見て声を上げた。
戻ってきたエルシーは森に向かって何かを叫んだ。それと同時に森の奥から沢山の動物たちが駆け出してくる。その動物たちを引き連れて、エルシーと村人たちは広場になだれ込んだ。
太陽が二回昇り、村人達が広場の真ん中で捕まえた略奪者達を縛り上げると、その前でエルシーが略奪者達に向かって叫ぶ。
「私は! 誰も! 何も! 殺さない! ここは始祖が守る生物達の楽園! この掟に従えないのなら、二度とこの地に戻るな! 愚かな者共よ!」
「……かっこいい」
アミナスもアリスも事あるごとに芝居がかるが、どうやらその血はエルシーから脈々と受け継がれていたようだ。
感心したようにレックスが呟いた途端、景色はまた早送りのように飛ぶ。その間に何度もバセット領は侵略者に襲われたが、その度にバセット家の人をリーダーに領民と森の動物達が協力してバセット領を守り続けた。
やがて王政が出来上がり、バセット領の特異性を知った当時の王は、バセット家に男爵の位を授けた。
時代がどんどん代わっていくのに、バセット領は何も変わらない。エルシーの教えは、今もちゃんと受け継がれている。
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