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番外編 『いつもの風景・1』

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 アリス達はユアンとハリーが出発したのを見送って、すぐさま行動を起こした。まずは皆に事情を説明して、いつも通りパーティーの準備を始める。

「やっぱりパーティ名は『パパおかえり』で良いと思うんだ! シンプルイズベストだよ!」
「まぁ別に何でも良いんじゃない? どうせやる事はいつものバーベキューだし」
「リー君は相変わらずだなぁ! 何かもっとこう、ないの!? パパの記憶が戻ったんだよ!?」
「それは僕だって嬉しいよ。でもさ、ユアンからしたらただの災難でしかないでしょ。あんたも知ってるでしょ? この五年間のユアンの生活をさ」
「確かにそっすよね。逆に今の状態で五年間の記憶がうっかり戻らない事を祈るしかないっすね」

 腕を組みながらオリバーが言うと、それに賛同したように頷いたのはキリだ。

「それは本当にそうです。下手をしたらユアンの人格が崩壊してしまう可能性も十分にあり得ます」
「特にアーロと母さんとの絡みね。他はまぁ良いとして、あの二人はお義父さんを溺愛してたからなぁ」

 苦笑いを浮かべてノアが言うと、流石のアリスでさえも真顔で頷く。

「出来るだけその事には触れないようにしないと! パパはもしかしたらアーロを好きだった気持ちも思い出しちゃってるかもだし!」
「珍しいね、あんたがそんな事言うの。カップリング厨どうしたの?」
「カップリング厨にも節度はありますぞ! カップリングは個人で楽しむもの! それをさも公式かのように勝手に発表するのは争いの火種になる事必須なのですぞ!」
「でもさ、あんたそのカップリングを作る為にあれこれ画策してたじゃん」
「そうです。何ならお嬢様が真っ先にその規約を破っていましたが?」
「何を言う! 拙者、そんな事をした事などありませんぞ! 芽吹いた恋の種を大事にするあまり腐らせようとした不届き者達があまりに多かった故、拙者、自ら水をやった次第! そう、たとえば君とか!」

 そう言ってアリスはビシリとリアンを指さした。

「指差すな! 僕たちの事は置いておいて、他にも色々やってたでしょ?」
「俺も今となっては感謝してるんすけど、当時は何て事言い出すんだと思ったもんっすよ」
「まぁ、どのみちアリスが手を出そうが出すまいが、落ち着く所に落ち着くように出来てるんだよ。で、話は戻すけど、そういう訳だから出来るだけユアンを刺激しないよう気をつけてね、皆」

 ノアが言うと、皆は真顔で頷いてその場を去って行く。そろそろ他の仲間達も集まってくるだろうから、準備を手分けして始めておいた方がいい。

「ノア! 領内にも連絡行き渡ったよ」
「皆すぐに広場にテントの組み立て始めるって。僕たちはこのままディノを手伝ってきてもいい? 父さま」
「ありがとう、レックス、ノエル。うん、お願いね。で、アミナスは?」
「アミナスはキャシーのバターサンドのお手伝いしに行ってる」
「でも途中でポリーさんに捕まってたから、もしかしたら病院かも」

 困ったように眉を下げるノエルとレックスを見てノアは笑って二人の頭を撫でる。

「そっか。それはもしかしたらポリーさんもバターサンド作りに駆り出されてるかもしれないね。あの人、案外頼まれると断れない人だから」

 文句を言いつつ毎度毎度手伝ってくれるポリーは、今や領内以外からも患者がやってくる程である。元々は城専属の医者だったが、引退してバセット領に完全に移住した事で、むしろ城に居た時よりも忙しくなったと嘆いていた。


 ノアの言葉にノエルとレックスは苦笑いしながら頷くと、ディノの居る広場に向かって走り去って行ってしまった。

 そんな二人の背中を見ていたアリスが、ポツリと言う。

「はぁ……私もそろそろお呼び出しがかかってるんだよね……怖いよぉ、兄さま」
「ははは! アリスは定期検診をサボるからだよ。またお野菜セット持たされたくなかったらちゃんと診てもらっておいで」
「はぁい」

 ポリーは滅多に薬を出さない。小さな病気なら食べ物で改善しろと迫ってくる。そんなポリーにアリスは毎度『肉馬鹿の為の苦いお野菜セット』という意味の分からないお野菜セットを持たされるのだ。それを一週間続けなければならない。

 ちなみにノアはいつも『ストレス軽減安眠食』というのをもらってきている。

「お二人共ポリーさんにお世話になりすぎなのです。俺のように毎日ミアさんの為の栄養価を考えて食事を作っていれば、そんな事にはなりません」

 シレっとそんな事を言うと、アリスとノアはキリを凝視してくる。

「何言ってんの!? 言っとくけどあんたの『減らず口がマイルドになる性格改善セット』がいっちばんヤバいからね!?」
「そうだよ、キリ。それはもう人格改善しろって言われてるんだよ?」
「あんなもので性格が変わるのであれば、誰も苦労などしません。確かに食べた後は満たされた気持ちになりますが、ゴリ、お嬢様の顔を見た途端いつも通りの俺に戻りますから」
「それはもう、こいつと離れるしかないね」

 それを聞いて憐れむような視線を向けたリアンに、キリは深く頷く。

「俺もそう思いますが、何の因果かこれから永遠に同じ場所に生まれ変わるようなので、もう諦めました」
「潔良いっすね……俺はまだ無理っす……」

 学生の頃から、アリス達に目をつけられて以来本当に、本っ当に苦労しっぱなしの人生だった。確かにアリス達に感謝はしているけれど、それ以上に苦い思い出が多すぎる。

「あなた達、こんな所に居たの?」
「キャロライン様ぁ! ようこそおいでくださいました!」

 なんの前触れもなく突然現れたキャロラインを見て、アリスはいつものようにキャロラインに飛びついた。そんなアリスにキャロラインも慣れてしまったようで、もう文句の一つも言わない。

「あら、アリスからそんなまともな挨拶が出るだなんて思いもしなかったわ。それからルイスとカインは少し遅れてくるわ。フィルとルークは一緒に来たんだけど……到着した途端にどこかへ行ってしまったのよ。それで、何の話をしていたの?」

 ユアンの記憶が戻ったとディノから連絡があり、続いてすぐに「お祝いをするよ!」というメッセージをアリスから受け取ったキャロラインは、早々に執務を終わらせてフィルマメントと子どもたちと共にバセット領へやって来たけれど、バセット領に到着するなり自由な二人はさっさとどこかへ消えてしまった。

「えっとですね、パパの記憶が戻ったのはいいけど、この五年間の記憶を今思い出したら大変だから、あんまり刺激しないようにしようねって話をしてたんです!」
「それはそうね……万が一にもユアンが未だにアーロに好意を持っていたとしたら辛いだろうし」
「辛いって言うか恥ずかしい、じゃね? よ! おまたせ」
「遅れてすまない! 少しメンテナンスに手間取ってしまってな! やはりオズとアランの魔法は素晴らしいぞ!」

 世界が変わったことで人々の生活のあり方もガラリと様変わりをした。

 最初はあの不思議な水晶から始まり、それに先駆けてメイリングが超大胆な施策を施した事で、メイリングは他国も驚くような発展を遂げたのだ。そしてその施策は今はもう全世界に広がっているが、それを管理する為に必要なのが定期的なメンテナンスである。

「お疲れ様、二人とも。ところでそのアランとオズは一緒じゃないの?」
「ああ。二人は一旦戻ってチビアリスとリゼを連れてくると言っていたぞ。俺たちは先に準備をしてしまおう。それからラルフ王から連絡が入ったぞ。ユアンは今メイリングを出たそうだ」
「分かった。それじゃあ兄さん達に出来るだけお義父さんを足止めするよう言っておくよ」

 言いながらノアがラルフにメッセージを送っていると、上空に突然影が差した。ふと顔を上げると、そこにはシャルがオリジナルアリスを抱きかかえて浮かんでいる。

「皆さん、お疲れ様です。おや? エルシーは?」
「ユアンにくっついてお出かけ中。悪いね、毎回こちらに来てもらって」
「別に構いませんよ。ついでに観測者さんのパソコンのシステム強化をしていくつもりです。うまくいっていますか? あの施策は」
「ぼちぼちね。まぁまだ始まって二年だから何とも言えないけど、うちの領地でも驚くほど店が増えたよ。やっぱり皆、本当にやりたい事は別にあったんだなって思ってる」

 言いながらノアは領内を見渡した。広場に色とりどりのテントがぎゅうぎゅうに並んでいるのが見える。

「うちもですよ。城下町は以前とさほど変わりませんが、田舎の方に行けば行くほどそれは顕著ですね」
「シャルル! いつ来たの? シエラは?」
「シエラは先に広場を手伝いに行くそうです。アリスの会が発動したようですよ」
「え? 私何にも発動してないけど……」
「はは、多分発動したのはポリーさんでしょう。バターサンドが追いつかないと言う嘆きのメッセージが届いたそうです」
「……だからミアさんとハンナも先に広場に行ってしまったのですね。納得しました」

 いつの間にやらアリスの秘密の会は自我を持って動いているらしいと言う事に気付いたキリが眉根を寄せると、そんなキリの肩をノアが笑顔で叩いてくる。

「まぁ別にいいじゃない。悪用しそうな人なんて誰も居ないよ。でも、呼び出された人たちが一心不乱になって皆でキャシーのバターサンド作ってると思うと面白いね!」

 笑いながらそんな事を言うノアに、仲間たちは一斉に白い目を向けてくる。

「それよりもなんちゃって妖精さ、田舎の方が顕著ってどういう意味?」
「元々城下町には夢を叶えようと一念発起して集まった方々が多かったのですが、田舎では資金が無くて夢を諦めた人も多かったようで、資金の問題が無くなった時点でその夢を叶えようとする人たちが増えてきたんですよ。そのおかげで今までどうしても貧困だった地域も活性化されて、人が流れるようになりました。あとは配布貨幣の回収で税は賄えるので、結果税収も上がりましたよ」
「それはうちもだな。配布だけで足りない分は稼げば良い。そこに税がかからないから、頑張れば頑張った分だけ丸々手取りになるのは大きかったようだ」
「今やルークぐらいの子が店開いてるもんな~。マジで凄い時代になったもんだ!」

 カインはにこやかに言って目を細めた。そんなカインにアリスが腰に手を当てて言う。

「本来ならこうあるべきだったんですよ! 上とか下とか関係なく、やりたい事をやる! それが普通だったんです! それをどっかのお馬鹿達だけで世界を回そうとするから変な事になってただけで! そこが居なくなれば! 世界はこんなにも楽しくて美しい!」
「アリスの言う通りだね。人が増えれば税収も増えるシステムになってるし、ぶっちゃけお釣りくるでしょ? 色んな公共事業にまわしてもさ」
「そうなんだ! 皆、案外配布貨幣を使わないんだな」

 苦笑いをしてルイスがノアの質問に答えると、ノアは当然だとでも言いたげに頷く。

「最初は皆喜んで使っただろうけどね。そもそも配布の分は上限が限られてるし、自分たちの生活ペースが分かってくると、案外そこまでいらないなってなるもんなんだよ。そうしたら今度は大きな物が欲しくなる。家とか土地とか高級品とかそういうの。でね、配布貨幣によって日々の生活の心配はしなくて良くなったんだから、それじゃあ次は高級品や大きな買い物をする為にどうせなら夢見た仕事をしてそれを叶えようとする。生活水準が安定してくると、大抵配布分はあまる。で、税収は増えるって算段だよ」

 あれから世界は金銭という価値観が消えた。全世界の通貨が統一されたのだ。今までは各国の通貨の価値はそれぞれに違ったが、それを取っ払ったことで全ての国で同じ通貨で買い物をする事ができるようになった。

 ノアの言葉を聞いてリアンが言う。

「どうなる事かと思ったけどね、最初は。でも案外上手くいってんだね、どこの国も」
「そうなの。私達も最初はインフラを無料にするなんて考えられなかったんだけど、余った配布貨幣を回収してみたら全然大丈夫だったんだもの。驚いたわ」
「さっきノアも言ったけど、公共事業も十分賄えてる。今までの金銭問題は一体何だったんだよってぐらいに」
「それは本当にそうです。一体何故あんなにも財政難だったのでしょうね……不思議でしょうがないですよ」
「それは簡単じゃん。誰かがどっかで流れを止めてたってだけでしょ?」
「リー君の言う通りっすね。キャスパーみたいな奴がそこら中にゴロゴロしてて、流れを滞らせてただけっす」
「そう考えると、あの方たちはやはり世界の病巣のようなものだったのでしょうね」
「まぁ、元々お金なんて何の裏付けも無かったしね。誰かの欲のせいでそれに踊らされてただけ。でもそれが一斉にフラットな状態に戻ったからこそ出来た事だよ。あとはやっぱりあの水晶だろうね」

 古代の叡智と呼ばれるあの水晶のおかげで、今や食料に留まらず様々な事が出来るようになった。その為の研究施設まで出来たぐらいだ。ちなみにその筆頭はもちろんクラーク家である。

「星に溜まったエネルギーを皆で使って幸せになる! 私達も他の種族も星も!」
「お花畑もここまで来れば天晴ですが、まぁ実際その通りですね。配布貨幣のおかげで旅行の需要も高まり、特産物の売れ行きも好調です」

 その為にキャシーのバターサンドがアホほど売れてしまった訳だが、それはまた別のお話である。

「医療も随分発展しましたし、これからもっと住みよい世界になるのでしょう。私達はその為に戦いここに居るのです。これからも皆さん、よろしくお願いしますね」

 シャルルが言うと、仲間たちもそれに釣られたかのように互いに声を掛け合って頭を下げる。

 何の憂いも無い未来が、ようやくやってきたのだ。
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