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番外編 『いつもの風景・2』

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 終戦記念日から五年、広場ではいつも以上にテントが立ち並び個人で髪飾りやアクセサリーを出店しているテント、友人と協力して水晶で取り出した食材を加工して販売するテント、自家製の野菜や果物を出店しているテントなどがひしめいていた。

「アミナス! これ持って行っておくれ!」
「うん! あ、兄さまとレックス! やっと来てくれたんだ!」

 アミナスはハンナから受け取った出来立てのキャシーのバターサンドを詰めたカゴを持って手を振ると、ノエルとレックスが駆け寄ってきた。

「遅れてごめん。森の動物達の食事用意してたんだ。ディノとルークとライアンが来たからあっちは任せてきたよ」
「今日はお祭りだから動物たちも楽しみにしてた。たまには狩りをお休みする日もあっていいと思う」
「そうだね。彼らは元々食べない時は狩りしないんだし、人間が介入しなくなった事で元々あった動物達のルールがちゃんと機能してる感じがする」
「うん。それに動物たちもいつかはスーさん達みたいに進化するかも。そうなったらきっともっと面白いと思う」

 古代動物のスー達は今やネージュで大人気だ。今までは発声方法を取り上げられ、レインボー隊を介してでなければ意思の疎通を測ることが出来なかったが、ソラの加護のおかげで彼らは昔のように会話をする事が出来るようになった。
「スーさんの野外授業は面白いって評判だよ。今は全世界から聞きに来るんだって」
「他の古代動物たちの日も好評だって。アミナス、今度一緒に行ってみない?」
「行く! 私まだスーさんのだけ聞けた事ないんだ。毎回予約がすぐに埋まっちゃうんだもん」
「それじゃあ僕も予約合戦手伝ってあげるよ。ほらアミナス、それ早く運んできて。あっちでポリーさんが怒りの髭撫でしてる」

 ノエルがそう言って広場を指差すと、そこにはポリーが足踏みをしながらこちらを睨みつけて無言で髭を撫でつけている。それを見てアミナスは血相を変えて駆け出した。

「はは、怒られてる怒られてる!」
「最近分かったんだけど、ポリーが怒るのは愛情かもしれないって思うんだ」

 ぽつりとレックスが言うと、それを聞いてノエルは顔を輝かせる。

「凄いね! そうだよ、ポリーさんは愛ゆえに叱ってくれる。あの人の愛情は怒りと直結してるんだ。それが分かるの凄い!」
「合ってたんだ。良かった。学園に居ると色んな人が居る。皆を見てると怒りにも愛情にも種類があるって分かってきた。僕はこういう事を学ばないといけなかったんだ」
「それは僕もだよ。同じ所にずっと居たんじゃ分からなかった事、一杯あるもん。レックスは学園楽しい?」
「楽しい。アミナスと同じクラスだからアミナス係になってるけど、毎日賑やかで面白い」

 レックスは約束通りとうとうアミナスと共に学園に入学を果たした。学園長の計らいでアミナスと同じクラスになったが、今はそれで良かったと思っている。

 ちなみにディノも夢だった学園の教師の座に着き、今は各国の学園の臨時講師として毎日忙しく飛び回っていた。

「課外授業が面白い。他の国と合同の異文化交流授業もこの間初めてやった」
「あれ面白いよね! とはいえ、僕はどこに行っても父さまや母さまの事聞かれるんだけどさ」

 英雄たちの子どもと言う事で、どこへ行ってもそんな扱いを受けてしまうのは仕方がないのだが、それでも時々ノエルはそれを寂しく感じる事もある。

「アミナスはそんな事ない。ノエルといっつも比べられてる。アリスにそっくりすぎるのかもしれない」
「はは、確かに」
「それに僕はノエルやレオとカイの事も凄く聞かれる。君達は確かに英雄たちの子どもだけど、あの時に君たちが大活躍した事も皆知ってる。だから余計にアリス達の事を聞く振りをして君たちと話したいんだと思う」

 真顔でレックスがそんな事を言うと、ノエルは泣きそうな嬉しそうな顔をして笑った。

「そっか……そうなのかな? ありがとう、レックス」
「ううん。そう思っただけだけど。あ、大変。ポリーがこっちに来る」
「え? うわ、ヤバい! レックス、僕たちも手伝お!」
「うん」

 のっしのっしとこちらに大股で歩いてくるポリーに気付いてレックスがノエルの袖を引っ張ると、ノエルは慌てた様子で苦笑いを浮かべて歩き出す。

 その後姿を眺めながらレックスは知らぬ間に微笑んでいた。
 

 朝から世界金融一括システムの定期メンテナンスをしていたオズワルドは、核で留守番をしていたリーゼロッテを迎えに行き、バセット領に向かっていた。

 その道中でバセット領の森の中であちこちに肉や野菜をばら撒いているディノとルーク、そしてライアンを見つけ、地上に舞い降りた。

「よぉ、来たぞ」
「オズじゃないか! リゼも! 手伝ってくれるのか!」

 空からやってきたオズワルドとリーゼロッテに駆け寄ったライアンは、目を白黒させているリーゼロッテに野菜が詰まったカゴを持たせる。

「え? え?」

 何が何だかよく分からないまま野菜カゴを持たされたリーゼロッテが首を傾げると、オズワルドが白い目をライアンに向けた。

「いや、見つけたから下りてきただけだけど」
「なに!? まぁいい。では手伝ってくれ。リゼは俺と一緒に草食獣に食事を配るぞ。オズは肉食獣を頼む」
「何なんだよ、一体」

 突然「ユアンの記憶が戻ったよパーティーするよ。全員バセット領に集合!」などという訳の分からないメッセージが届いたからこうしてやってきた訳だが、どうやら早く来すぎたようだ。

「仕事内容は簡単だ! さあ、これを出来るだけ遠くに投げてくれ」

 ライアンはそう言ってカゴの中の野菜を森の奥に投げ込む。それを見てリーゼロッテがおかしそうに真似しだした。

「今日はパーティーだから動物たちにもお裾分け?」
「ああ! 毎度のことだが、そろそろオスカーと父さんが来るだろうから、それまで頼む」
「……仕方ないな。で、肉食獣はあっち側か?」
「ああ! ルークとディノがいるから行ってやってくれ」
「分かった」

 オズワルドはそう言ってさらに森の奥に進むと、そこにはルークに戯れ付く一際大きなダイアウルフが居た。

「ほぼ襲われてるな」

 ダイアウルフに押し倒されているルークを見下ろしながらオズワルドが言うと、ルークはダイアウルフのお腹の下から手だけ振って叫んだ。

「オズ! ちょっとこの子どかせて! あげるから! ちゃんと皆の分あるから!」
「仕方ないな。ほら、ちょっとお前下りろ。そんな事してたらいつまで経っても食べられないぞ」

 オズワルドが言うと、ダイアウルフはようやくルークの上から飛び退いた。

「ははは。皆もパーティーの日は浮足立っているんだ。楽しいという気持ちが伝わってくるぞ」
「ディノは動物の気持ち分かるの?」

 首を傾げてルークが尋ねると、ディノは頷く。

「分かるとも。私はこの大地が育んだ鉱石から生まれたんだ。全ての生命と密接な繋がりがある。美味しいか? そうか、それは良かった」

 目を細めて渡した肉に食らいつく動物たちを見ながらディノは尻尾を大きく揺らした。

「エネルギーの消費も上手くいってるみたいだな」

 嬉しそうなディノに背後からオズワルドが肉を放り投げながら言うと、ディノは振り返って頷いた。

「ああ。生物が動けばそこには必ずエネルギーが生まれる。それを今まで持て余していたが、そのエネルギーを水晶で食料に変換して消費する事で、星のエネルギーは正しく循環されているよ」
「ああ、そうみたいだ。どこにもエネルギーが停滞して淀んでる場所が無い。アランが開発した電力にも回してるんだろ?」
「そうなんだ。アリスが作った乾電池の応用だが、電気が普及しだしたのは大いなる前進だな」

 リセット前の世界に徐々に近づいてきた事に最初は複雑だったディノだったが、トップがあの戦争を切り抜けた人たちばかりで構成されているので、ディノの心配など早い段階で杞憂に終わった。

 この状態が果たしていつまで続くかは分からないが、どんな技術も使い手次第だという事を改めて悟ったディノだ。

「古代とは違うか? 今の世界のあり方は」
「違うな。古代でも全世界が足並みを揃えた事は無かった。そういう意味では、今回の世界のあり方はこの星が始まって以来初めての事だ。私はとても期待しているよ」

 そう言ってディノが微笑んだその時、突然頭上から声が聞こえてきた。

「我もこれからの星の進化に期待しているぞ!」
「妖精王! あなたもパーティーの参加に?」
「うむ! 面白そうな場所に我アリ! と言って喜び勇んで来たのだが、広場でアリスにお前たちがなかなか戻らないから様子を見てきてやってくれと言われてな。オスカーとカインのコンビは手際良く動物達に食事を配って既に広場に戻っているぞ」
「そうだったか。では私達も急ごう」

 ディノはそう言ってカゴを目の前に置いて手を翳した。すると、その途端に強い風が舞い上がり、器用にカゴの中の肉だけを巻き上げて森のあちこちに散らばっていく。

「最初からそうすりゃ早かっただろ?」

 呆れたようにオズワルドが言うと、ディノは申し訳無さそうに笑って頭をかく。

「少し交流をしようと思ったのだ。彼らも等しく星の生物だからな」
「お前は相変わらずだな」

 オズワルドはそう言ってディノと同じように魔法を使って森全体に動物たちの食料をまいた。

 気がつけば森のあちこちから妖精たちが嬉しそうにバセット領に向かってお喋りをしながら歩いていく。

「うむ、皆楽しそうだ!」

 妖精達の元締めであもある妖精王が喜ぶと、そこにこんな声が聞こえてきた。

「えっ!? ルーチェ様とうとう結婚すんの!?」
「なに!? おい、今のは一体どういうことだ!?」

 そんな声が聞こえてきた途端、妖精王は驚いてその言葉を発した妖精に飛びかかる。

「ひっ! よ、妖精王!? 何故こちらに?」
「そんな事はどうでも良い! ルーチェが結婚だと!? 一体どこの誰とだ! 我は何も聞いていないぞ!」
「え!? いや、そういう噂が流れていまして、その……ぼ、僕も詳しい事は何も!」
「また我に隠し事か! ルーチェまで……そうか……うぅ……」
「喜んでやれよ。ずっと心配してただろ?」
「そうだぞ、妖精王。複雑な気持ちは分かるが、応援してやるべきだと私も思う」
「そなた達、他人事だと思って……言っておくが、我が子が親離れをするのは想像を絶するほどの悲しさと寂しさに襲われるのだぞ!」
「……大袈裟なやつだな。別に縁が切れる訳じゃないだろ? むしろ家族が増えるんだから喜ばしいだろうが」
「私もオズと同意見だな」
「そんな正しい意見は聞きたくないのだ! 我は! 寂しい! あと、相手によっては非常に困るだろうが! どうする!? 自分の子がノアやアリスのような者と結婚したら!」

 想像するだけでゾッとする訳だが、そんな妖精王の言葉にオズワルドもディノも黙り込んだ。ディノに至っては少しだけ青ざめている。

「俺なら絶対に阻止する。どうせならリー君の所とかモブの所とかがいい」
「レックスは……多分アミナスに好意を寄せているのだ……そうか、今からそういう覚悟も必要なのか……」
「ま、まぁそれは大変だな。元気をだせ、ディノ!」

 ポツリと言ったディノに妖精王は笑いを噛み殺しながら慰めたが、妖精王はまだ知らない。ルーチェの相手がノアの兄のセイだと言う事を。

「とりあえず我らも戻るぞ! ライアンとリゼを回収しに行こう」
「ああ、そうだな。何だか広場が騒がしくなってきたみたいだし」

 どこからともなく聞こえてくる歓声にオズワルドが視線を上げると、ディノは尻尾を振って頷いて空を見上げた。

 そんな三人の頭上を、ドンとスキピオ、そしてその子どもたちが優雅にバセット領に向かって泳いで行った。
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