34 / 50
第34話 仮面と素顔
しおりを挟む
「殿下、あそこの路地は少し狭いですが面白いお店があるそうです」
リオンは地元の人に教えてもらった小道を指さす。エデンは好奇心を掻き立てられた様子で、フードを直しながらその路地へ進んだ。人通りは少なく、昔からの風情を残す建物がひしめいている。
「こんな場所があるとはな。王宮では聞いたこともない」
エデンは小さく息を吐き、目を細める。ふと、古びた看板を掲げた仮面屋が目に留まった。その店先には奇妙な形の面がいくつも並んでいる。鮮やかな塗装が施され、中には怪しげな雰囲気を漂わせるものもある。
「殿下、見てください。こんな仮面、初めて見ました」
リオンが手に取ったのは、優雅な色合いの仮面。おそらく仮面舞踏会などで使われるものだろう。細かな装飾が施され、持ち手までついている。
「仮面か……俺たちには必要ないな」
エデンは皮肉っぽく笑う。日頃から王族として仮面のように表情を隠している自覚があるのかもしれない。リオンは複雑な想いでそれを聞き、少し切ない顔をする。
「殿下、もし王宮での殿下が仮面をつけているとしたら、ここではその仮面を外せるでしょうか」
すぐ隣に立つリオンの問いに、エデンは困惑気味に振り返る。人目を気にせず歩き回れる城下町でさえ、エデンは必ずどこかで王族としての自覚を手放せずにいるようだ。
「さあな。俺にも分からない。王族として生まれたからには、常に誰かの視線を意識しなければならない。それは、仮面を外すより難しいだろう」
「……僕は、殿下に仮面を外してほしいと思っています。例え少しの間でも、本当の殿下の姿を見せてくれたら嬉しい」
リオンの素直すぎる言葉に、エデンは一瞬言葉を失う。王宮で鍛えられた緊張の糸を緩めるなど、考えたこともなかった。だが、リオンの瞳はまっすぐで、エデンに嘘をつかせない力を持っているように思える。
「お前は……本当に不思議だ。俺に何かを強要するわけじゃないのに、その瞳で見つめられると、誤魔化しが通じない気がする」
エデンがそう呟くと、リオンは照れくさそうに微笑む。
「僕はただ、殿下を知りたいだけです。笑うところも、怒るところも、悲しむところも。全部を見せてほしいから」
「……俺が悲しんでいる姿など見たいか?」
エデンの言葉はどこか空虚だ。それでもリオンは、ためらわずに頷いた。
「見たいです。というより、知りたい。殿下がどんなときに悲しくて、どうすれば少しは和らげられるのか。それを知らないままで傍にいるなんて、僕にはできません」
エデンは驚きと戸惑いが入り混じった表情でリオンを見つめる。誰もが王子としての完璧さを期待し、弱みなど求めたことはなかった。だが、この青年だけは、その弱さごと受け止めたいと言っている。
「リオン……」
その呼びかけに、リオンは微笑んで小さく首を傾げる。外せない仮面があるのなら、少しだけ隙間をあけてほしい――そう訴える瞳がそこにあった。
城下町の一角。並んだ仮面が見下ろす中で、エデンは何も言わずリオンの手を取り、再び街の通りへと戻っていく。仮面を外せる日はいつか来るのか――二人はそこにささやかな希望を見出しながら、小さな冒険を続けていた。
リオンは地元の人に教えてもらった小道を指さす。エデンは好奇心を掻き立てられた様子で、フードを直しながらその路地へ進んだ。人通りは少なく、昔からの風情を残す建物がひしめいている。
「こんな場所があるとはな。王宮では聞いたこともない」
エデンは小さく息を吐き、目を細める。ふと、古びた看板を掲げた仮面屋が目に留まった。その店先には奇妙な形の面がいくつも並んでいる。鮮やかな塗装が施され、中には怪しげな雰囲気を漂わせるものもある。
「殿下、見てください。こんな仮面、初めて見ました」
リオンが手に取ったのは、優雅な色合いの仮面。おそらく仮面舞踏会などで使われるものだろう。細かな装飾が施され、持ち手までついている。
「仮面か……俺たちには必要ないな」
エデンは皮肉っぽく笑う。日頃から王族として仮面のように表情を隠している自覚があるのかもしれない。リオンは複雑な想いでそれを聞き、少し切ない顔をする。
「殿下、もし王宮での殿下が仮面をつけているとしたら、ここではその仮面を外せるでしょうか」
すぐ隣に立つリオンの問いに、エデンは困惑気味に振り返る。人目を気にせず歩き回れる城下町でさえ、エデンは必ずどこかで王族としての自覚を手放せずにいるようだ。
「さあな。俺にも分からない。王族として生まれたからには、常に誰かの視線を意識しなければならない。それは、仮面を外すより難しいだろう」
「……僕は、殿下に仮面を外してほしいと思っています。例え少しの間でも、本当の殿下の姿を見せてくれたら嬉しい」
リオンの素直すぎる言葉に、エデンは一瞬言葉を失う。王宮で鍛えられた緊張の糸を緩めるなど、考えたこともなかった。だが、リオンの瞳はまっすぐで、エデンに嘘をつかせない力を持っているように思える。
「お前は……本当に不思議だ。俺に何かを強要するわけじゃないのに、その瞳で見つめられると、誤魔化しが通じない気がする」
エデンがそう呟くと、リオンは照れくさそうに微笑む。
「僕はただ、殿下を知りたいだけです。笑うところも、怒るところも、悲しむところも。全部を見せてほしいから」
「……俺が悲しんでいる姿など見たいか?」
エデンの言葉はどこか空虚だ。それでもリオンは、ためらわずに頷いた。
「見たいです。というより、知りたい。殿下がどんなときに悲しくて、どうすれば少しは和らげられるのか。それを知らないままで傍にいるなんて、僕にはできません」
エデンは驚きと戸惑いが入り混じった表情でリオンを見つめる。誰もが王子としての完璧さを期待し、弱みなど求めたことはなかった。だが、この青年だけは、その弱さごと受け止めたいと言っている。
「リオン……」
その呼びかけに、リオンは微笑んで小さく首を傾げる。外せない仮面があるのなら、少しだけ隙間をあけてほしい――そう訴える瞳がそこにあった。
城下町の一角。並んだ仮面が見下ろす中で、エデンは何も言わずリオンの手を取り、再び街の通りへと戻っていく。仮面を外せる日はいつか来るのか――二人はそこにささやかな希望を見出しながら、小さな冒険を続けていた。
1
あなたにおすすめの小説
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。
下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。
文章がおかしな所があったので修正しました。
大国の第一王子・αのジスランは、小国の第二王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。
ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。
理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、
「必ず僕の国を滅ぼして」
それだけ言い、去っていった。
社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる