王子が気に入られなかったので、茶菓子にお腹が痛くなる薬草を混ぜて食べされたら帰ってこなくなりました。

えるろって

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1 予想外の苦み:茶菓子に仕込んだ薬草

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「……これ、私、取り返しのつかないことをしちゃったかも」

夜明け前のひんやりした厨房にて。セレスは小さなお菓子を見つめながら、頭を抱えていた。
「昨日はついノリで薬草を混ぜちゃったけど……お腹がちょっと痛くなるくらいだし、軽いお仕置き程度のはずだったのに」

自分にそう言い聞かせても、胸の奥はザワザワ不安でいっぱい。何しろ“ターゲット”は、この国の第一王子マティアス様。平民出身のセレスが名前を呼ぶのも畏れ多いお方だが、あまりに理不尽な態度が続いたので、つい思いつきで仕返しに走ってしまったのだ。



「セレス、そろそろ朝の準備……って、まだそんなに落ち込んでるの?」

厨房の扉を開けて現れたのは、侍女のレナ。セレスと同世代で、城での仕事を通じて仲良くなった友人だ。
「うん……実は昨日、王子様がお菓子を召し上がったあと、ちょっと具合が悪そうだったんだよね。もしかして私の“特製”が原因かなって……もし大事になってたらどうしようって思って」

セレスの言葉に、レナは苦笑いを浮かべる。
「どんな薬草を混ぜたかは知らないけど、お腹を壊す程度なんでしょ? 毒じゃないんなら、たぶん平気だって」
「うん、毒じゃない。ただ……苦味がきつい上に胃腸にくる成分があって、たぶん気持ち悪くはなると思う」

レナは「やれやれ」とため息をつきながら、セレスの肩を軽くポンと叩いた。
「王子様のあの態度にイラッときたのはわかるけど、仕返しはやりすぎよ。まあ、あの方だって大人だし、そのうちケロッと戻ってくるんじゃない?」

そう言われても、セレスの不安は晴れない。仕返しをした自分の行動そのものに怖さを感じ始めていた。
「……とりあえず朝食の準備を始めないと。セレスはいつもみたいにお菓子係よろしく。私も手伝うよ」
「……うん、ありがとう」

優しい友人の言葉で、セレスは少しだけ肩の力が抜けるのを感じつつ、新たに菓子作りを開始した。



朝の給仕の時間になると、セレスは城の食堂へ向かう。すでに第二王子のリヒトや一部の貴族たちは席に着いていた。……が、肝心のマティアス王子はどこにも見当たらない。
「え……マティアス様は?」

セレスが給仕係に尋ねると、思わぬ返事が返ってきた。
「さあな。夜中にふらっと出かけて、そのまま戻ってないらしいぜ」
「え、そんな……」

実は、マティアス王子が城を抜け出すのはそれほど珍しくないのだが、昨夜の様子を思い出すと、もしやあの薬草入り菓子のせいで具合が悪くなって……? という悪い妄想がグルグル頭を回り始める。



「セレス、具合でも悪いのかい?」

明るい声で話しかけてきたのは、第二王子リヒト。第一王子と違って、気さくで人当たりのいい青年だ。
「いえ、ただちょっとびっくりして……王子様が戻ってこられないって、やっぱり珍しいことですから」
「兄上は気ままな人だからね。好き勝手して家臣が困ってるの、よく見るよ」

リヒトはそう言いながら苦笑するが、セレスはとても笑える気分じゃない。もしかしたら、王子様があの菓子を食べた後に体調を崩したのかもしれないし……。



「とはいえ、今朝になっても帰らないなんて、僕もちょっと心配だな。父上も気にしているみたいだし」
「そ、そうですよね……」

うなだれるセレスを見て、リヒトは首をかしげる。どうやら何か違和感を感じたようだが、それ以上は言わず、食卓へと視線を移した。



給仕が一段落つくと、セレスは居ても立ってもいられず、レナに相談する。
「やっぱり私、マティアス様がどこに行ったのか確かめたい。もし本当に体調を崩して倒れてるなら、ちゃんと謝らないと……」
「わかるけど、むやみに動くのは危険よ。もし王子様の失踪にセレスが関わってるなんて疑われたら大事になるし」
「でも……」

セレスが何か言いかけたそのとき、廊下から重厚な足音が響き、宮廷魔術師のダリウスが姿を見せる。ゆったりと穏やかな雰囲気の裏に、得体の知れない知識量が垣間見える、不思議な人物だ。
「おや、ずいぶん慌て顔だね。何かあったのかな?」
「マティアス王子が、今朝になっても戻っていらっしゃらなくて……」

セレスが説明すると、ダリウスはまるで「うん、知ってるよ」とでも言わんばかりの微笑みを浮かべる。
「そうか。まあ、あの方なら心配はいらないと思うよ。そっとしておくのが一番かもしれないね」
「あの、ダリウス様は、王子様がどこへ行ったのかご存じなんですか?」
「さあね。私にもわからないよ。ただ一つ言えるのは、“ただのお腹トラブルが原因じゃないかもしれない”ってことだ」

その言葉に、セレスはギクッとする。まるで自分の“仕業”を見抜かれているかのようだ。



ダリウスの意味深な言い回しに、セレスはますます不安になる。
「……薬草なんて混ぜるんじゃなかった。王子様の態度に腹が立ったのも確かだけど、私、何をしちゃったのよ……」

そんなセレスの耳に、再びダリウスの柔らかな声が届く。
「結果がどうなるかは、まだわからない。君がしたことが、すべて悪いわけじゃないかもしれないよ」
「え……」

謎めいた彼の言葉に、セレスはただ困惑するばかり。このときはまだ、あの“薬草入りお菓子”が後々、国の未来をガラッと変えるきっかけになるなんて――想像もしていなかったのだ。
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