王子が気に入られなかったので、茶菓子にお腹が痛くなる薬草を混ぜて食べされたら帰ってこなくなりました。

えるろって

文字の大きさ
11 / 30

11

しおりを挟む
「……また失敗」

セレスは厨房の作業台で肩を落とした。小麦粉やバターの配合を微調整し、いつもより丁寧に仕込みをしてみたものの、思うような味に仕上がらない。

「セレス、集中して。ここ最近は王子様の失踪騒ぎで、あなたも疲れてるんじゃない?」

レナが心配そうに声をかける。そう言われてみれば、眠りも浅く落ち着かない日々が続いていた。寝不足のせいか手も震える。

「……そうかもしれない。でも、あの噂のせいで誰も私のお菓子を食べたがらないし、せめて新しいお菓子で名誉挽回しないと」

セレスはそう言って笑うが、その笑顔には覇気がない。城内では彼女が出した“薬草入り菓子”の話が尾ひれをつけて広まり、最近はまともな注文すら来なくなっていた。

「名誉挽回も大事だけど、無理はだめよ。私や他の侍女たちが“セレスのお菓子は安全”って説明しても、なかなか不安は消えないみたい」

「……うん。だからこそ、もっと美味しいものを作って、みんなの不信感を解きたいんだ」

セレスは小さく息をつき、もう一度粉を計量する。細かな気泡が立つようにかき混ぜるが、思い通りにならない。そもそも、こんな状況で落ち着いてお菓子づくりに集中できるはずもない。王子の行方や公爵の動向が頭から離れず、何度も手が止まってしまう。

 

「おや、まだこんな時間まで作業中か?」

不意にかかった声に振り向くと、そこにはダリウスが立っていた。夜の厨房に似合わない荘厳な雰囲気を纏いながら、彼は優雅に歩み寄る。

「ダリウス様、どうしてこんなところに?」

「少し魔術の実験をしていたら、こんな時間になってしまってね。廊下を通ったら明かりが漏れていたので、寄ってみたんだ」

そう言いながら、ダリウスは作業台の上にある失敗作の菓子を手に取る。そして、ためらうことなく口へ運んだ。

「……ダリウス様、それ食べても大丈夫なんですか? 味がまだまとまっていなくて」

「大丈夫だよ。味見をしなければ、改良の余地も分からない。ふむ、確かに少し苦みがあるが、香りは悪くないな」

ダリウスが微笑む。それを見たセレスの胸は少しだけ温かくなった。どんな出来でも、こうして嫌な顔ひとつせず口にしてくれるのはありがたい。

「改良点としては、生地の練りすぎかもしれない。もっとさらっと空気を含ませれば、軽い食感になるだろう」

「え、ダリウス様ってお菓子の知識もおありなんですか?」

レナが驚いて尋ねると、ダリウスは笑いながら首を振る。

「いや、魔術師は素材の特性を知るのが得意なだけだ。食材も薬草も、似たようなものだよ」

そう言われれば、確かに薬草の特徴を見抜いていたのもダリウスだった。セレスは少し納得しながら、彼にお礼を言う。

 

「……そうだ、レナ。地下書庫のことだけど、明日深夜に行く予定でいいのよね?」

セレスが小声で確認すると、レナもうなずく。ダリウスも口元に指を当て、念のため周囲を警戒する。

「見回りを減らす手はずは整えてある。二人が無理をしない程度に、慎重に動いてほしい」

「はい、わかりました。レナと一緒にしっかり準備します」

どこか心細いが、マティアス王子の手掛かりを得るためには避けて通れない道だ。そう思うと、不思議と湧き上がる緊張感がセレスの意識を研ぎ澄ませていく。

 

「さて、もう遅いから、ほどほどに休むんだよ。失敗作も次に活かせばいいさ」

ダリウスが優しく声をかけ、レナも同意するようにセレスの手を取る。セレスは言われるままに片付けを始めた。今日はこれ以上作業しても良い結果は出ないだろう。

「ありがとう。明日は絶対に美味しいものを作りたい」

小さな決意を胸に、セレスはオーブンを確かめ、道具を片付ける。いつか、またマティアス王子に喜んでもらえるようなお菓子を作るために――彼がいない今でも、その願いだけは忘れたくなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました

ゆっこ
恋愛
 ――あの日、私は確かに笑われた。 「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」  王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。  その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。  ――婚約破棄。

処理中です...