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「……また失敗」
セレスは厨房の作業台で肩を落とした。小麦粉やバターの配合を微調整し、いつもより丁寧に仕込みをしてみたものの、思うような味に仕上がらない。
「セレス、集中して。ここ最近は王子様の失踪騒ぎで、あなたも疲れてるんじゃない?」
レナが心配そうに声をかける。そう言われてみれば、眠りも浅く落ち着かない日々が続いていた。寝不足のせいか手も震える。
「……そうかもしれない。でも、あの噂のせいで誰も私のお菓子を食べたがらないし、せめて新しいお菓子で名誉挽回しないと」
セレスはそう言って笑うが、その笑顔には覇気がない。城内では彼女が出した“薬草入り菓子”の話が尾ひれをつけて広まり、最近はまともな注文すら来なくなっていた。
「名誉挽回も大事だけど、無理はだめよ。私や他の侍女たちが“セレスのお菓子は安全”って説明しても、なかなか不安は消えないみたい」
「……うん。だからこそ、もっと美味しいものを作って、みんなの不信感を解きたいんだ」
セレスは小さく息をつき、もう一度粉を計量する。細かな気泡が立つようにかき混ぜるが、思い通りにならない。そもそも、こんな状況で落ち着いてお菓子づくりに集中できるはずもない。王子の行方や公爵の動向が頭から離れず、何度も手が止まってしまう。
「おや、まだこんな時間まで作業中か?」
不意にかかった声に振り向くと、そこにはダリウスが立っていた。夜の厨房に似合わない荘厳な雰囲気を纏いながら、彼は優雅に歩み寄る。
「ダリウス様、どうしてこんなところに?」
「少し魔術の実験をしていたら、こんな時間になってしまってね。廊下を通ったら明かりが漏れていたので、寄ってみたんだ」
そう言いながら、ダリウスは作業台の上にある失敗作の菓子を手に取る。そして、ためらうことなく口へ運んだ。
「……ダリウス様、それ食べても大丈夫なんですか? 味がまだまとまっていなくて」
「大丈夫だよ。味見をしなければ、改良の余地も分からない。ふむ、確かに少し苦みがあるが、香りは悪くないな」
ダリウスが微笑む。それを見たセレスの胸は少しだけ温かくなった。どんな出来でも、こうして嫌な顔ひとつせず口にしてくれるのはありがたい。
「改良点としては、生地の練りすぎかもしれない。もっとさらっと空気を含ませれば、軽い食感になるだろう」
「え、ダリウス様ってお菓子の知識もおありなんですか?」
レナが驚いて尋ねると、ダリウスは笑いながら首を振る。
「いや、魔術師は素材の特性を知るのが得意なだけだ。食材も薬草も、似たようなものだよ」
そう言われれば、確かに薬草の特徴を見抜いていたのもダリウスだった。セレスは少し納得しながら、彼にお礼を言う。
「……そうだ、レナ。地下書庫のことだけど、明日深夜に行く予定でいいのよね?」
セレスが小声で確認すると、レナもうなずく。ダリウスも口元に指を当て、念のため周囲を警戒する。
「見回りを減らす手はずは整えてある。二人が無理をしない程度に、慎重に動いてほしい」
「はい、わかりました。レナと一緒にしっかり準備します」
どこか心細いが、マティアス王子の手掛かりを得るためには避けて通れない道だ。そう思うと、不思議と湧き上がる緊張感がセレスの意識を研ぎ澄ませていく。
「さて、もう遅いから、ほどほどに休むんだよ。失敗作も次に活かせばいいさ」
ダリウスが優しく声をかけ、レナも同意するようにセレスの手を取る。セレスは言われるままに片付けを始めた。今日はこれ以上作業しても良い結果は出ないだろう。
「ありがとう。明日は絶対に美味しいものを作りたい」
小さな決意を胸に、セレスはオーブンを確かめ、道具を片付ける。いつか、またマティアス王子に喜んでもらえるようなお菓子を作るために――彼がいない今でも、その願いだけは忘れたくなかった。
セレスは厨房の作業台で肩を落とした。小麦粉やバターの配合を微調整し、いつもより丁寧に仕込みをしてみたものの、思うような味に仕上がらない。
「セレス、集中して。ここ最近は王子様の失踪騒ぎで、あなたも疲れてるんじゃない?」
レナが心配そうに声をかける。そう言われてみれば、眠りも浅く落ち着かない日々が続いていた。寝不足のせいか手も震える。
「……そうかもしれない。でも、あの噂のせいで誰も私のお菓子を食べたがらないし、せめて新しいお菓子で名誉挽回しないと」
セレスはそう言って笑うが、その笑顔には覇気がない。城内では彼女が出した“薬草入り菓子”の話が尾ひれをつけて広まり、最近はまともな注文すら来なくなっていた。
「名誉挽回も大事だけど、無理はだめよ。私や他の侍女たちが“セレスのお菓子は安全”って説明しても、なかなか不安は消えないみたい」
「……うん。だからこそ、もっと美味しいものを作って、みんなの不信感を解きたいんだ」
セレスは小さく息をつき、もう一度粉を計量する。細かな気泡が立つようにかき混ぜるが、思い通りにならない。そもそも、こんな状況で落ち着いてお菓子づくりに集中できるはずもない。王子の行方や公爵の動向が頭から離れず、何度も手が止まってしまう。
「おや、まだこんな時間まで作業中か?」
不意にかかった声に振り向くと、そこにはダリウスが立っていた。夜の厨房に似合わない荘厳な雰囲気を纏いながら、彼は優雅に歩み寄る。
「ダリウス様、どうしてこんなところに?」
「少し魔術の実験をしていたら、こんな時間になってしまってね。廊下を通ったら明かりが漏れていたので、寄ってみたんだ」
そう言いながら、ダリウスは作業台の上にある失敗作の菓子を手に取る。そして、ためらうことなく口へ運んだ。
「……ダリウス様、それ食べても大丈夫なんですか? 味がまだまとまっていなくて」
「大丈夫だよ。味見をしなければ、改良の余地も分からない。ふむ、確かに少し苦みがあるが、香りは悪くないな」
ダリウスが微笑む。それを見たセレスの胸は少しだけ温かくなった。どんな出来でも、こうして嫌な顔ひとつせず口にしてくれるのはありがたい。
「改良点としては、生地の練りすぎかもしれない。もっとさらっと空気を含ませれば、軽い食感になるだろう」
「え、ダリウス様ってお菓子の知識もおありなんですか?」
レナが驚いて尋ねると、ダリウスは笑いながら首を振る。
「いや、魔術師は素材の特性を知るのが得意なだけだ。食材も薬草も、似たようなものだよ」
そう言われれば、確かに薬草の特徴を見抜いていたのもダリウスだった。セレスは少し納得しながら、彼にお礼を言う。
「……そうだ、レナ。地下書庫のことだけど、明日深夜に行く予定でいいのよね?」
セレスが小声で確認すると、レナもうなずく。ダリウスも口元に指を当て、念のため周囲を警戒する。
「見回りを減らす手はずは整えてある。二人が無理をしない程度に、慎重に動いてほしい」
「はい、わかりました。レナと一緒にしっかり準備します」
どこか心細いが、マティアス王子の手掛かりを得るためには避けて通れない道だ。そう思うと、不思議と湧き上がる緊張感がセレスの意識を研ぎ澄ませていく。
「さて、もう遅いから、ほどほどに休むんだよ。失敗作も次に活かせばいいさ」
ダリウスが優しく声をかけ、レナも同意するようにセレスの手を取る。セレスは言われるままに片付けを始めた。今日はこれ以上作業しても良い結果は出ないだろう。
「ありがとう。明日は絶対に美味しいものを作りたい」
小さな決意を胸に、セレスはオーブンを確かめ、道具を片付ける。いつか、またマティアス王子に喜んでもらえるようなお菓子を作るために――彼がいない今でも、その願いだけは忘れたくなかった。
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