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「リヒト王子様、今日はもう少し南側まで足を伸ばしてみませんか? 昨日はあまり聞けなかったエリアが残っていて」
朝早く、城の中庭でセレスはリヒトに提案する。日中の王宮内は公爵や重臣の動きが活発で、気が休まらない。そこでリヒトはなるべく外に出て、マティアス王子の情報を探す時間を作っていた。
「そうだな。あまり大人数で動くと目立つから、今日も最小限の護衛で行こう。セレス、レナ、そして俺と騎士が一人で十分だろう」
リヒトの言葉にセレスとレナはうなずく。早速、城下町へ向けて出発した。リヒトは軽装に身を包み、できるだけ王族だと分からないようにしているが、やはりその気品は隠しきれない。
「おや、リヒト王子様……ではありませんか?」
ふと声をかけられて振り向くと、そこには街の商人風の男性が立っていた。どうやらリヒトの姿を認識したらしく、丁寧に頭を下げる。
「こんなところでお会いするとは。ご公務でしょうか?」
「いや、少し用事があってね。ところで、このあたりで不審な人物や、見慣れない高貴な雰囲気の男を見かけなかったかい?」
リヒトが尋ねると、商人は首をひねる。
「うーん、最近いろいろな噂が飛び交っていて、何とも言えませんが……そういえば、数日前に“立派な身なりの若い男”を宿で見たという話を聞いたことがあります。正体は分からなかったそうですが」
「それはいつの話ですか?」
セレスが身を乗り出して問うと、商人は少し曖昧な表情を見せる。
「確か三日ほど前と言っていました。私も人づてに聞いただけなので、詳しいことまでは……」
「そうですか。ありがとうございます」
彼らにとってはほんの小さな情報でも、マティアス王子に繋がる可能性がある。リヒトは礼を述べて先へ進むことにした。
その後も、何件かの店を回りながら話を聞いていく。だが、どれも“似たような人影を見たかもしれない”程度で、決定的な証言が得られない。やがて、リヒトたちは町はずれの通りに差し掛かった。
「ちょっと休憩にしましょう。私、あそこのパン屋さんを覗いてみたいんです」
レナがそう言って指差したのは、こじんまりとしたパン屋で、香ばしい匂いが漂ってくる。セレスも疲れを感じていたので、ひとまず店に入り、パンと飲み物を頼むことにした。
店内は素朴な木のテーブルがいくつか並んでおり、昼下がりの穏やかな日差しが差し込んでいる。セレスはパンをちぎりながら、リヒトの表情を窺った。
「リヒト王子様、だいぶお疲れですよね。お屋敷の会議も忙しいんじゃないかと」
「……まぁ、実際に公爵から早期の決断を迫られている。王子不在のまま国を回すのは難しいから、とにかく継承を急げとね」
リヒトは苦い顔でパンを口に運ぶ。さすがに城の堅苦しい空気から離れ、こうして質素な店で過ごすひとときは心が安まるのかもしれない。それでも、その背負う重責は相当だろう。
パン屋の隅にいた老人が、こちらの会話を聞いていたのか、ゆっくり近づいてきた。
「もし、なにかお探しの方がいるなら、このあたりでもう一人に聞いてみるといいですよ。雑貨屋を営むソルという男で、旅人情報に詳しいんです」
「旅人情報……? 教えてくださってありがとうございます」
セレスが礼を言うと、老人は微笑んで頷く。
「もう少し先の通りにある、赤い屋根の雑貨屋です。ここのパンもたまに仕入れているので、顔なじみなんですよ」
リヒトとレナも目を輝かせる。旅人の足取りを知っていれば、マティアスと遭遇していたかもしれない。
「ありがとうございます。行ってみます」
老人に深く頭を下げ、リヒトたちはパン屋を後にする。ささやかな希望を胸に抱きながら、赤い屋根の雑貨屋へ向かう道を歩いていく。だが、その背後には護衛の騎士だけでなく、どこか別の視線を感じるような気がした。セレスは何度か振り返ったが、そこには誰もいない。
「……気のせいかな」
心の奥に嫌な予感を抱えながらも、セレスたちは先を急ぐ。もしマティアスがこの街道を通ったのなら、何らかの手掛かりが残っているはずだ。そう信じて、行動を続けるしかなかった。
朝早く、城の中庭でセレスはリヒトに提案する。日中の王宮内は公爵や重臣の動きが活発で、気が休まらない。そこでリヒトはなるべく外に出て、マティアス王子の情報を探す時間を作っていた。
「そうだな。あまり大人数で動くと目立つから、今日も最小限の護衛で行こう。セレス、レナ、そして俺と騎士が一人で十分だろう」
リヒトの言葉にセレスとレナはうなずく。早速、城下町へ向けて出発した。リヒトは軽装に身を包み、できるだけ王族だと分からないようにしているが、やはりその気品は隠しきれない。
「おや、リヒト王子様……ではありませんか?」
ふと声をかけられて振り向くと、そこには街の商人風の男性が立っていた。どうやらリヒトの姿を認識したらしく、丁寧に頭を下げる。
「こんなところでお会いするとは。ご公務でしょうか?」
「いや、少し用事があってね。ところで、このあたりで不審な人物や、見慣れない高貴な雰囲気の男を見かけなかったかい?」
リヒトが尋ねると、商人は首をひねる。
「うーん、最近いろいろな噂が飛び交っていて、何とも言えませんが……そういえば、数日前に“立派な身なりの若い男”を宿で見たという話を聞いたことがあります。正体は分からなかったそうですが」
「それはいつの話ですか?」
セレスが身を乗り出して問うと、商人は少し曖昧な表情を見せる。
「確か三日ほど前と言っていました。私も人づてに聞いただけなので、詳しいことまでは……」
「そうですか。ありがとうございます」
彼らにとってはほんの小さな情報でも、マティアス王子に繋がる可能性がある。リヒトは礼を述べて先へ進むことにした。
その後も、何件かの店を回りながら話を聞いていく。だが、どれも“似たような人影を見たかもしれない”程度で、決定的な証言が得られない。やがて、リヒトたちは町はずれの通りに差し掛かった。
「ちょっと休憩にしましょう。私、あそこのパン屋さんを覗いてみたいんです」
レナがそう言って指差したのは、こじんまりとしたパン屋で、香ばしい匂いが漂ってくる。セレスも疲れを感じていたので、ひとまず店に入り、パンと飲み物を頼むことにした。
店内は素朴な木のテーブルがいくつか並んでおり、昼下がりの穏やかな日差しが差し込んでいる。セレスはパンをちぎりながら、リヒトの表情を窺った。
「リヒト王子様、だいぶお疲れですよね。お屋敷の会議も忙しいんじゃないかと」
「……まぁ、実際に公爵から早期の決断を迫られている。王子不在のまま国を回すのは難しいから、とにかく継承を急げとね」
リヒトは苦い顔でパンを口に運ぶ。さすがに城の堅苦しい空気から離れ、こうして質素な店で過ごすひとときは心が安まるのかもしれない。それでも、その背負う重責は相当だろう。
パン屋の隅にいた老人が、こちらの会話を聞いていたのか、ゆっくり近づいてきた。
「もし、なにかお探しの方がいるなら、このあたりでもう一人に聞いてみるといいですよ。雑貨屋を営むソルという男で、旅人情報に詳しいんです」
「旅人情報……? 教えてくださってありがとうございます」
セレスが礼を言うと、老人は微笑んで頷く。
「もう少し先の通りにある、赤い屋根の雑貨屋です。ここのパンもたまに仕入れているので、顔なじみなんですよ」
リヒトとレナも目を輝かせる。旅人の足取りを知っていれば、マティアスと遭遇していたかもしれない。
「ありがとうございます。行ってみます」
老人に深く頭を下げ、リヒトたちはパン屋を後にする。ささやかな希望を胸に抱きながら、赤い屋根の雑貨屋へ向かう道を歩いていく。だが、その背後には護衛の騎士だけでなく、どこか別の視線を感じるような気がした。セレスは何度か振り返ったが、そこには誰もいない。
「……気のせいかな」
心の奥に嫌な予感を抱えながらも、セレスたちは先を急ぐ。もしマティアスがこの街道を通ったのなら、何らかの手掛かりが残っているはずだ。そう信じて、行動を続けるしかなかった。
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