王子が気に入られなかったので、茶菓子にお腹が痛くなる薬草を混ぜて食べされたら帰ってこなくなりました。

えるろって

文字の大きさ
12 / 30

12

しおりを挟む
「リヒト王子様、今日はもう少し南側まで足を伸ばしてみませんか? 昨日はあまり聞けなかったエリアが残っていて」

朝早く、城の中庭でセレスはリヒトに提案する。日中の王宮内は公爵や重臣の動きが活発で、気が休まらない。そこでリヒトはなるべく外に出て、マティアス王子の情報を探す時間を作っていた。

「そうだな。あまり大人数で動くと目立つから、今日も最小限の護衛で行こう。セレス、レナ、そして俺と騎士が一人で十分だろう」

リヒトの言葉にセレスとレナはうなずく。早速、城下町へ向けて出発した。リヒトは軽装に身を包み、できるだけ王族だと分からないようにしているが、やはりその気品は隠しきれない。

 

「おや、リヒト王子様……ではありませんか?」

ふと声をかけられて振り向くと、そこには街の商人風の男性が立っていた。どうやらリヒトの姿を認識したらしく、丁寧に頭を下げる。

「こんなところでお会いするとは。ご公務でしょうか?」

「いや、少し用事があってね。ところで、このあたりで不審な人物や、見慣れない高貴な雰囲気の男を見かけなかったかい?」

リヒトが尋ねると、商人は首をひねる。

「うーん、最近いろいろな噂が飛び交っていて、何とも言えませんが……そういえば、数日前に“立派な身なりの若い男”を宿で見たという話を聞いたことがあります。正体は分からなかったそうですが」

「それはいつの話ですか?」

セレスが身を乗り出して問うと、商人は少し曖昧な表情を見せる。

「確か三日ほど前と言っていました。私も人づてに聞いただけなので、詳しいことまでは……」

「そうですか。ありがとうございます」

彼らにとってはほんの小さな情報でも、マティアス王子に繋がる可能性がある。リヒトは礼を述べて先へ進むことにした。

 

その後も、何件かの店を回りながら話を聞いていく。だが、どれも“似たような人影を見たかもしれない”程度で、決定的な証言が得られない。やがて、リヒトたちは町はずれの通りに差し掛かった。

「ちょっと休憩にしましょう。私、あそこのパン屋さんを覗いてみたいんです」

レナがそう言って指差したのは、こじんまりとしたパン屋で、香ばしい匂いが漂ってくる。セレスも疲れを感じていたので、ひとまず店に入り、パンと飲み物を頼むことにした。

 

店内は素朴な木のテーブルがいくつか並んでおり、昼下がりの穏やかな日差しが差し込んでいる。セレスはパンをちぎりながら、リヒトの表情を窺った。

「リヒト王子様、だいぶお疲れですよね。お屋敷の会議も忙しいんじゃないかと」

「……まぁ、実際に公爵から早期の決断を迫られている。王子不在のまま国を回すのは難しいから、とにかく継承を急げとね」

リヒトは苦い顔でパンを口に運ぶ。さすがに城の堅苦しい空気から離れ、こうして質素な店で過ごすひとときは心が安まるのかもしれない。それでも、その背負う重責は相当だろう。

 

パン屋の隅にいた老人が、こちらの会話を聞いていたのか、ゆっくり近づいてきた。

「もし、なにかお探しの方がいるなら、このあたりでもう一人に聞いてみるといいですよ。雑貨屋を営むソルという男で、旅人情報に詳しいんです」

「旅人情報……? 教えてくださってありがとうございます」

セレスが礼を言うと、老人は微笑んで頷く。

「もう少し先の通りにある、赤い屋根の雑貨屋です。ここのパンもたまに仕入れているので、顔なじみなんですよ」

リヒトとレナも目を輝かせる。旅人の足取りを知っていれば、マティアスと遭遇していたかもしれない。

 

「ありがとうございます。行ってみます」

老人に深く頭を下げ、リヒトたちはパン屋を後にする。ささやかな希望を胸に抱きながら、赤い屋根の雑貨屋へ向かう道を歩いていく。だが、その背後には護衛の騎士だけでなく、どこか別の視線を感じるような気がした。セレスは何度か振り返ったが、そこには誰もいない。

「……気のせいかな」

心の奥に嫌な予感を抱えながらも、セレスたちは先を急ぐ。もしマティアスがこの街道を通ったのなら、何らかの手掛かりが残っているはずだ。そう信じて、行動を続けるしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました

ゆっこ
恋愛
 ――あの日、私は確かに笑われた。 「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」  王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。  その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。  ――婚約破棄。

処理中です...