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「セレス、これを見てほしい」
翌朝、レナは寝不足の目をこすりながらセレスのもとへ駆け寄ってきた。手にしているのは古びた紙の束。夜のうちにダリウスを探し、会話をした後に侍女仲間のところへ寄ったら、思わぬものを見つけたという。
「これは……手紙? 封もされてないし、随分と古い筆跡だけど」
セレスは紙をめくってみる。そこには王家の事情を匂わせる言葉が散見され、読み進めるほどに胸がざわつく。
「王家の秘密、契約、儀式……何だか物騒な単語ばかり。これ、本物なの?」
「うん、よくわからないけど、侍女仲間の一人が昔の物置部屋から発見したらしいの。差出人が誰かも受取人が誰かも書かれていない。でも、文面からすると、マティアス王子の出生にまつわる何らかの事実が隠されている感じがするの」
内容を要約すると、「新たな王が生まれる際に担う宿命」や「儀式の場へ赴くべし」などという曖昧な表現が繰り返されている。それらしい地名や具体的な指示は書かれていないが、不穏な響きを持つ単語が散りばめられていた。
「マティアス王子がこの手紙の存在を知ったとしたら、自分で確かめるために城を出たのかもしれない……そう思わない?」
レナの言葉にセレスは小さくうなずく。試練や儀式、王家の宿命。まさにダリウスが仄めかしていた古文書の類と一致する可能性が高い。もしかすると、地下書庫にもこれに関連する文献があるのだろう。
「だから、これをもっと詳しく調べたい。でも公にしたら公爵たちに奪われかねないし……ダリウス様が戻ったら相談しようと思うんだけど、セレスはどう思う?」
「そうだね、ダリウス様ならこの筆跡や内容を解読できるかもしれない。とりあえず、大事に保管しておくしかないね」
セレスは手紙を丁寧に折りたたみ、レナに返す。だが、そのとき廊下の向こうから足音が聞こえ、二人は慌てて物を隠した。顔を出したのは給仕係の同僚だった。
「セレス、レナ、すぐに大広間へ来てくれって。何やら大事な発表があるらしいよ」
「大事な発表……?」
嫌な胸騒ぎがする。公爵がまた何か仕掛けてくるのかもしれない。セレスとレナは互いに顔を見合わせ、急いで大広間へ向かった。
大広間に到着すると、そこには王や重臣たち、そしてリヒトやダリウスまでもが集められている。もちろん、ユリウス公爵も堂々と玉座の近くに立っていた。セレスは給仕仲間とともに隅に控える。
「陛下はお体が優れないので、私が代理で発表させていただきます」
公爵の声が広間に響く。彼は淡々と語り始めた。
「皆の知る通り、第一王子マティアス殿下は行方不明のままだ。このままでは国政が停滞し、諸外国との関係にも支障が出る可能性がある。よって、第二王子リヒト殿下を王太子として正式に指名し、継承の準備を進めることが決定された」
その言葉に広間がざわつく。セレスは思わずリヒトを見た。リヒトは苦悶の表情で唇を結んでいる。どうやらこの話を事前に聞かされていなかったらしい。
「リヒト殿下、何か異論がおありですか?」
公爵が冷え切った声で尋ねる。リヒトは拳を震わせながら、それでもどうすることもできないのか言葉に詰まっていた。
「……兄上が戻らないまま、勝手に継承を決めるなど、僕は賛成できない」
「しかし、国王陛下のご意向であり、重臣会議でも了承を得ています。もはや殿下が拒否する余地はございませんぞ」
公爵の目は勝ち誇ったように光り、周囲の貴族も微妙な空気でリヒトを見つめる。リヒトは痛々しいほどの苦悩を表情に浮かべ、肩を落とすしかなかった。
セレスもレナも、耐えられず唇を噛む。これでは時間がない。本格的に王位継承が動き出せば、マティアスが戻ってきても身の置き場がなくなるかもしれない。
「……私には、もうどうすることもできないの?」
セレスは自問する。だが、すぐに思い返す。まだ手は残されている。レナが見つけた手紙もある。ダリウスの協力もある。それにマティアスが本当に森の先へ行ったなら、望みがまったくないわけではない。
今は、どんなに絶望的に見えても行動するしかない。セレスはそう強く自分に言い聞かせ、大広間を後にした。密書の謎、そして地下書庫に残る古文書。真実を知るための手がかりは、まだつかめるかもしれない――そう信じて。
翌朝、レナは寝不足の目をこすりながらセレスのもとへ駆け寄ってきた。手にしているのは古びた紙の束。夜のうちにダリウスを探し、会話をした後に侍女仲間のところへ寄ったら、思わぬものを見つけたという。
「これは……手紙? 封もされてないし、随分と古い筆跡だけど」
セレスは紙をめくってみる。そこには王家の事情を匂わせる言葉が散見され、読み進めるほどに胸がざわつく。
「王家の秘密、契約、儀式……何だか物騒な単語ばかり。これ、本物なの?」
「うん、よくわからないけど、侍女仲間の一人が昔の物置部屋から発見したらしいの。差出人が誰かも受取人が誰かも書かれていない。でも、文面からすると、マティアス王子の出生にまつわる何らかの事実が隠されている感じがするの」
内容を要約すると、「新たな王が生まれる際に担う宿命」や「儀式の場へ赴くべし」などという曖昧な表現が繰り返されている。それらしい地名や具体的な指示は書かれていないが、不穏な響きを持つ単語が散りばめられていた。
「マティアス王子がこの手紙の存在を知ったとしたら、自分で確かめるために城を出たのかもしれない……そう思わない?」
レナの言葉にセレスは小さくうなずく。試練や儀式、王家の宿命。まさにダリウスが仄めかしていた古文書の類と一致する可能性が高い。もしかすると、地下書庫にもこれに関連する文献があるのだろう。
「だから、これをもっと詳しく調べたい。でも公にしたら公爵たちに奪われかねないし……ダリウス様が戻ったら相談しようと思うんだけど、セレスはどう思う?」
「そうだね、ダリウス様ならこの筆跡や内容を解読できるかもしれない。とりあえず、大事に保管しておくしかないね」
セレスは手紙を丁寧に折りたたみ、レナに返す。だが、そのとき廊下の向こうから足音が聞こえ、二人は慌てて物を隠した。顔を出したのは給仕係の同僚だった。
「セレス、レナ、すぐに大広間へ来てくれって。何やら大事な発表があるらしいよ」
「大事な発表……?」
嫌な胸騒ぎがする。公爵がまた何か仕掛けてくるのかもしれない。セレスとレナは互いに顔を見合わせ、急いで大広間へ向かった。
大広間に到着すると、そこには王や重臣たち、そしてリヒトやダリウスまでもが集められている。もちろん、ユリウス公爵も堂々と玉座の近くに立っていた。セレスは給仕仲間とともに隅に控える。
「陛下はお体が優れないので、私が代理で発表させていただきます」
公爵の声が広間に響く。彼は淡々と語り始めた。
「皆の知る通り、第一王子マティアス殿下は行方不明のままだ。このままでは国政が停滞し、諸外国との関係にも支障が出る可能性がある。よって、第二王子リヒト殿下を王太子として正式に指名し、継承の準備を進めることが決定された」
その言葉に広間がざわつく。セレスは思わずリヒトを見た。リヒトは苦悶の表情で唇を結んでいる。どうやらこの話を事前に聞かされていなかったらしい。
「リヒト殿下、何か異論がおありですか?」
公爵が冷え切った声で尋ねる。リヒトは拳を震わせながら、それでもどうすることもできないのか言葉に詰まっていた。
「……兄上が戻らないまま、勝手に継承を決めるなど、僕は賛成できない」
「しかし、国王陛下のご意向であり、重臣会議でも了承を得ています。もはや殿下が拒否する余地はございませんぞ」
公爵の目は勝ち誇ったように光り、周囲の貴族も微妙な空気でリヒトを見つめる。リヒトは痛々しいほどの苦悩を表情に浮かべ、肩を落とすしかなかった。
セレスもレナも、耐えられず唇を噛む。これでは時間がない。本格的に王位継承が動き出せば、マティアスが戻ってきても身の置き場がなくなるかもしれない。
「……私には、もうどうすることもできないの?」
セレスは自問する。だが、すぐに思い返す。まだ手は残されている。レナが見つけた手紙もある。ダリウスの協力もある。それにマティアスが本当に森の先へ行ったなら、望みがまったくないわけではない。
今は、どんなに絶望的に見えても行動するしかない。セレスはそう強く自分に言い聞かせ、大広間を後にした。密書の謎、そして地下書庫に残る古文書。真実を知るための手がかりは、まだつかめるかもしれない――そう信じて。
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