王子が気に入られなかったので、茶菓子にお腹が痛くなる薬草を混ぜて食べされたら帰ってこなくなりました。

えるろって

文字の大きさ
17 / 30

17

しおりを挟む
「リヒト王子様の正式な王太子指名が決まってしまいましたね」

大広間から下がったセレスとレナに声をかけたのはダリウスだった。彼もまた公爵の動きに感づいていたのか、表情は険しい。

「ダリウス様、昨夜はどうして警備が増えたんですか。地下書庫に行けなかったんですけど」

レナが問い詰めると、ダリウスは苦い顔をする。

「私も予想外だった。どうやら公爵が“マティアス殿下がこっそり戻ってくるかもしれない”と吹き込んで、警備を強化させたらしい。あくまで表向きは“王子の安全を確保するため”と言っているが、実際は我々の動きを封じる狙いだろう」

「そんな……公爵はどこまで先を読んでるんですか」

セレスが悔しさを滲ませる。公爵は王位継承を確実に進めるため、徹底的に障害を排除しようとしている。マティアスの存在を“いなかったこと”にするべく、準備を着々と整えているのだ。

 

「しかし、今夜はもう少し隙ができる。私が一部の見回りを別の場所へ誘導する手配をした。これで地下書庫へ侵入する可能性は高まるはずだ」

ダリウスの頼もしい言葉に、セレスとレナの顔が明るくなる。だが、その後ダリウスは少しためらうように口を開いた。

「……それから、もう一つ伝えておきたいことがある。マティアス殿下の出生についてだ」

「出生?」

レナが驚いた声を上げる。セレスも思わず身を乗り出す。ダリウスは周囲を警戒し、声量を落として話し始めた。

「彼は、実は王家の中でも特別な生まれを背負っている。いわゆる“王となるべくして生まれた存在”だ。しかしそれは同時に、彼がある重大な“儀式”を果たさなければならないことを意味している」

「それって、もしかして……試練や契約の話と関係がありますか?」

セレスが尋ねると、ダリウスは重々しくうなずく。

「そうだ。私もすべてを知るわけではないが、王家には代々、次代の王が受け継ぐ使命のようなものがあるらしい。国と大地、そして魔術にかかわる大きな力の契約……それを証明するための儀式が必要で、一定の時期に行わなければならない」

セレスは、レナが見つけた手紙の内容を思い出す。どうやらそれは本物だったようだ。マティアスはその儀式を果たすために姿を消した可能性が高い。

 

「でも、どうして誰にも言わずに城を出たんでしょう。普通なら準備をして、しかるべき人の助けを借りながら儀式を行うものじゃないんですか」

「たぶん、国王陛下の体調が悪いことや、公爵の勢力拡大など、いろいろな要因が重なったんだろう。マティアス殿下は“自分の手で儀式を成し遂げ、新しい時代を作る”という強い思いがあったのかもしれない。それが、誰にも言わずに行動する引き金になったのではないか」

ダリウスの推測に、セレスは心がざわつく。もしそれが本当なら、彼女が茶菓子に薬草を仕込んだことは、単なる些細な出来事だったのかもしれない。それでも、あの苦さがマティアスの心を後押ししてしまったのではないか――そんな罪悪感がわき上がる。

 

「今夜、地下書庫にある古文書を手に入れれば、マティアス殿下がたどろうとしている儀式の内容をもう少し詳しく知ることができるだろう。もし場所や方法が分かれば、彼を探し出す一助になる」

ダリウスの言葉に二人はうなずく。

「わかりました。今夜こそは失敗しないようにします」

「私も協力する。レナやセレスが警備に捕まらないよう、ある程度魔術でサポートできるかもしれないから」

ダリウスがそう言って微笑むと、セレスも少しだけ心強さを感じた。王太子の指名が決まり、時間は刻一刻と減っていく。だが、このまま黙って見過ごすわけにはいかない。何とかマティアスを見つけ、彼の意思を確認しなければ――そう強く胸に誓うのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました

ゆっこ
恋愛
 ――あの日、私は確かに笑われた。 「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」  王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。  その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。  ――婚約破棄。

処理中です...