王子が気に入られなかったので、茶菓子にお腹が痛くなる薬草を混ぜて食べされたら帰ってこなくなりました。

えるろって

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「……今、何かが動いたような」

レナが小声で言うと、セレスも思わず立ち止まる。森の奥、茂みがざわつく気配を感じた。小動物が走り抜けただけかもしれないが、さっきからずっと何かの視線を感じるような気がする。

「大丈夫かい、セレス」

リヒトが歩み寄る。セレスは不安げに首を振った。

「誰かに見られているような……そんな感じがするんです。私だけでしょうか」

ダリウスは目を細め、しばし周囲を探るように視線をめぐらせる。

「ほう、確かに妙な気配だね。人間なのかどうかはわからないが、何者かが後をつけてきている可能性がある」

リヒトとレナは顔を見合わせ、身構えるように腰を落とす。こんな森の奥で襲われたらひとたまりもない。地形に詳しくない彼らにとっては、圧倒的に不利な状況だ。

 

「一旦、様子をうかがうために隠れましょう。あそこに大きな倒木があるから、その裏に回り込んで」

ダリウスが手で合図すると、四人はできるだけ音を立てないように倒木へ移動する。苔むした幹は視界をほどよく遮ってくれそうだ。ひとまず身を低くし、息をひそめる。

「……もし敵だったら、襲ってくるかもしれない。リヒト王子様、武器を構えてください」

レナの静かな指示に従い、リヒトは腰に差した短剣を抜く。セレスは心臓の鼓動が高まるのを抑えられない。自分は戦う術を持たないが、せめて邪魔にならないようにじっと隠れていたい。

 

しんと静まり返った森の中に、風が葉を撫でる音だけが通り過ぎる。だが、時折どこからか枯れ枝を踏むようなパキリという音が聞こえる。やはり何者かが近づいているのだ。

「……人間か動物か」

リヒトが小声で呟くと、ダリウスが眉をひそめた。

「公爵の放った追跡者かもしれないね。私たちが城を抜け出したことに気づいて、後をつけてきた可能性は十分ある」

「公爵の追っ手……」

セレスの胸がぎゅっと縮む。もし本当にそうなら、ここで見つかったらただでは済まないだろう。王子と魔術師が一緒とはいえ、護衛の数は圧倒的に少ない。

 

やがて、草むらをかき分けるような足音が近づいてきた。人間の歩幅らしい。セレスはそっと息を詰めて耳を澄ます。複数なのか一人なのか、はっきりとはわからない。

「……」

数秒の間に、足音が急に止まる。まるでこちらの存在を察しているかのようだ。レナが手のひらでセレスの手を握り、安心させるように力を込める。リヒトは短剣を持つ手がわずかに震えているのがわかった。

 

ふと、ダリウスの口元がかすかに動き、杖の先を倒木の向こうへ向けた。小さな光が散るように、魔術の気配が漂う。音を消すための結界か、あるいは敵の動きを探るための魔術か――詳細はわからないが、彼が守ってくれているのだと感じる。

「行ったか……?」

しばらくして、足音が遠のいていく気配がある。息を殺したまま待ち続け、茂みのざわめきが完全に消えたころ、ダリウスはゆっくりと結界を解いた。

「……どうやら、一旦通り過ぎたようだね」

ダリウスの言葉にホッとするが、セレスはまだ胸の鼓動が収まらない。

「追跡者がいるなら、いずれまた遭遇する可能性があるわ。どうする?」

レナが真剣な眼差しで尋ねる。リヒトは眉根を寄せながら悩む。

「戻るわけにはいかない。追跡者が何者であっても、ここで足を止めるわけにはいかないんだ」

確かに、その通りだ。兄を探すためにも先へ進むしかない。セレスも深呼吸をして気持ちを落ち着けようとする。怖いのは事実だが、目的を諦めるわけにはいかないのだ。

 

「私が簡単な偽装魔術をかけておく。しばらくは足跡や匂いを紛らわせることができるはずだよ」

ダリウスは杖をかざし、周囲に静かな風を起こす。森の落ち葉がさっと舞い上がり、足跡をかき消していく。これなら追跡者の目を欺くことができるかもしれない。

「ありがとうございます、ダリウス様。急ぎましょう、追いつかれる前に」

リヒトが立ち上がり、再び歩き始める。セレスとレナも慌てて後に続いた。心臓の高鳴りは止まらないが、行かなければならない。この森の先に、マティアスがいる。あるいは“儀式の場所”が待っているのかもしれない。

 

倒木の影を後にした四人は、再び険しい道を踏みしめる。追跡者の正体は分からないままだが、公爵の刺客である可能性は高い。王家の秘密に近づくほど、敵の手も伸びてくるだろう。それでも、リヒトの覚悟は揺るがない。セレスたちも、その背中を守るように歩を進めるしかなかった。 
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