王子が気に入られなかったので、茶菓子にお腹が痛くなる薬草を混ぜて食べされたら帰ってこなくなりました。

えるろって

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「リヒト王子様、少し休みましょう。さすがにずっと歩きっぱなしはきついです」

森の中を進み続けて数時間、レナが息を切らしながら提案する。セレスも同様に疲れが溜まってきて、足元が心もとない。朝早くに城を出発したとはいえ、道なき道を進むには体力が限界だ。

「そうだね。少しだけ休憩を取ろうか」

リヒトは地面に目をやり、周囲を確認した。大きな木の幹が寄り添うように並び、少し開けた場所になっている。ここなら身を隠しやすいかもしれない。ダリウスもうなずき、杖を地面に立てかけて腰を下ろした。

 

「ふう……森の奥って、こんなに歩きにくいんだ」

セレスはほっと息をつきながら水筒を取り出す。王城の中庭を散歩するのとはわけが違う。枝葉が頭上を覆い、足元は枯れ葉や小さな岩で満ちている。躓かないように気をつけていても、体力をじわじわと削られてしまうのだ。

「今はまだ日中だからいいけど、日が落ちたら大変ね。お腹もすいてきたし、ここで何か腹ごしらえをしたい」

レナが小さな袋を取り出すと、中には乾パンや干し果物が少量入っていた。旅の準備は急ぎだったので、あまり多くは持てなかったが、塩気と甘みが疲れた身体にしみ渡る。

 

「なあ、リヒト王子様。兄上の旅の仕方って、こんな険しい道をずっと一人で歩いてるんでしょうか」

セレスが疑問を口にすると、リヒトは考え込むようにうなずいた。

「兄上は幼い頃から騎士団に混じって剣技の訓練を積んでいたし、馬術も得意だ。下手な兵士よりずっと体力もある。だからこそ、こうした道のりも慣れているのかもしれない」

「でも、そこまで慣れているなら、森を抜けるのもあっという間よね。私たちが追いつけるのかしら」

レナが険しい顔で言うと、ダリウスが口を開く。

「彼は体力だけでなく、優れた魔術的な素養も持っている。王族の血筋ゆえに、精霊の加護を引き寄せる力があるとも言われている。下手をすれば、この森の中では我々よりずっと自由に動けるだろう」

「そんなにすごいんだ……」

セレスは素直に驚く。マティアスがどこかクールで手の届かない存在に思えたのは、そうした才能も一因かもしれない。リヒトは複雑な表情を浮かべ、背負っていた小さな荷をおろした。

 

「だけど、兄上はいつも一人でがんばりすぎるところがある。幼い頃から将来の王になるべき人だと周囲に押し付けられ、自分を犠牲にしてでも期待に応えようとするんだ。だから、こうやって黙って城を抜け出したのも、全部自分の力で解決しようとしたからじゃないかと思う」

リヒトは地面に落ちる木漏れ日を見つめながら、静かに言葉を続ける。

「俺は兄上と仲が悪いわけじゃない。でも、あの人の本当の苦しみや悩みは、ずっとわからないままだった。王になることを当然のように周囲から求められ、一度でもそれに疑問を感じたことがあったのかどうか……」

「リヒト王子様……」

セレスは思わずリヒトの手に触れそうになり、慌ててやめる。王族と庶民の間には見えない壁がある。だが、リヒトが抱える兄への思いは、彼をただの王子という枠には収めきれないほど切実だ。

 

「兄上の背中を、俺はいつも見上げてた。すごく遠かった。でも、今ここで追いかけなければ、本当の意味で兄上と向き合う機会を永遠に失うかもしれない。それは嫌だ」

リヒトが強く拳を握りしめる。その指先はかすかに震えていた。

「だから俺は兄上に追いつく。王位がどうとか、国の行方がどうとか、それ以前に“弟”として、あの人に直接話がしたいんだ」

「私たちも協力します。絶対に追いつきましょう。マティアス王子様がどこへ行っても、一緒に探します」

セレスは精いっぱいの言葉でリヒトを励ます。レナとダリウスもうなずき、それぞれの決意を新たにする。いつの間にか、森のざわめきが静まり、鳥のさえずりが遠くで聞こえるだけになっていた。

 

「よし、それじゃあ少し休んだら出発しよう。日が暮れる前に、森を抜けた先の小さな村を目指さなければ」

リヒトが立ち上がり、荷を再び背負う。セレスとレナも急いで食事を片付け、用意を整えた。ダリウスは最後まで周囲を見回してから、ゆっくりと杖を拾い上げる。

「王子の背中を追う旅か。私も若い頃を思い出すよ。ふふ、なかなかの冒険になりそうだ」

そんなダリウスの言葉に少し笑みがこぼれた。四人は気持ちを一つにして、再び森の奥へと足を踏み入れる。リヒトの言うとおり、このままではもう二度と兄との絆を取り戻せないかもしれない。だからこそ、前に進む。その先にマティアスの真意と、王家の運命を変える鍵があるはずだと信じて。 
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