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「今だ。兵士たちの目がこっちに向いていないうちに、門を通り抜けるぞ」
朝もやが残る薄暗い時間帯。王城の裏門からひっそりと抜け出すのは、リヒト、セレス、レナ、そしてダリウスの四人だった。荷馬車や大人数を連れれば目立つが、歩きなら兵士の気づきも遅れるだろう。
「大丈夫ですか、リヒト王子様。こんな形で城を出るなんて」
セレスが心配そうに声をかける。リヒトは苦笑いを浮かべるが、その瞳には決意が宿っている。
「公爵や重臣たちは、まだ寝ている時間だろう。もし後で抜け出したことが分かっても、すぐには追っ手を差し向けられないはずだよ」
そう言って歩を進めるリヒト。確かに、王城から逃げるように出て行くのは規則違反も甚だしいが、もうそんなことを言っていられる状況ではない。王太子として縛られる前に、どうしてもマティアス王子を見つけたいのだ。
「出発は予定通りこの時間になりましたね。うまくいってよかった」
レナが小さく息をつく。昨夜、ダリウスがあらかじめ王城内で些細な騒ぎを起こし、兵士の巡回ルートを混乱させるという作戦が功を奏したのだ。こうして四人は朝のうちに脱出できた。
「さて、まずは西の森を目指そう。城下町で聞いた情報やソル雑貨店での話によれば、そこを抜けた先に小さな村があるはずだ」
ダリウスが地図を広げて確認する。王都の外れから西へ続く道は整備が行き届いているが、森に入れば途中で荒れている箇所もあるだろう。荷車がない分、自由に動きやすいのは利点だ。
「兄上が本当にそこを通ったのなら、何か手掛かりが残っているかもしれない」
リヒトは少し前を歩きながら、険しい表情を崩さない。セレスは彼の背中を見つめ、今朝方の光景を思い返す。王城を出る前、リヒトはただ一言だけ言葉を残してきた。「兄上に会って、話をしたい。そのために僕は全てを捨ててもいい」と。彼の本気を感じ取ったセレスは、自分の不安も吹き飛ぶような気がした。
道中、レナとセレスが先に立って道を見張る。ダリウスは少し後ろを歩きながら周囲を警戒し、リヒトの護衛役も兼ねている。朝日に照らされた野道はひんやりとした空気が気持ちよく、思わず深呼吸をしたくなる。
「こんなにのびのびと王城から出られるなんて、初めてかもしれない。普段は馬車で行事に参加するだけだから」
リヒトが呟き、ほんの少しだけ柔らかい笑みを浮かべる。セレスはそれを聞いて胸が締め付けられる。王子として立場を与えられることは栄光でもあるが、その自由は極端に制限されてきたのだろう。マティアス王子も同じような思いをずっと抱いていたのかもしれない。
少し行くと、道幅が狭くなり、木々が生い茂る森の入口に差し掛かる。ここから先は馬車での移動が困難になるため、徒歩で進むしかない。人気が減る分、危険もある。セレスは緊張感を高め、ダリウスも静かに杖を構えた。
「獣や盗賊の類が出る可能性もある。みんな、気をつけて」
ダリウスの声に四人はうなずき、森の中へ足を踏み入れた。小鳥のさえずりと風の音が心地よい反面、茂みの奥に何が潜んでいるのかは分からない。セレスは背筋を伸ばしながら前へ進む。
森の入り口を抜けると、小さな開けた場所に出た。そこには古い石碑が立っており、かすれた文字で何かが書かれている。ダリウスが近づいて指で触れ、ゆっくりと読み解き始める。
「ここは王家の領域である、外部の者は立ち入りを禁ず……随分古い書き方だな。何百年も前のものだろう」
「王家の領域……となると、やはりこの先に王族の関係する場所があるのは間違いなさそうね」
レナが言葉を継ぎ、リヒトもうなずく。
「兄上がここを通ったなら、さらに奥へ入ったはずだ。先に進もう」
石碑を後にし、再び森の道へ足を向ける。曇天とはいえ、まだ昼に近い時間帯で足元は見やすい。だが、先へ行くほど木々が高く密集し、日差しを遮るため薄暗くなってきた。セレスは何度か枝に服を引っかけながらも必死に歩を進める。
「ケガはないか、セレス?」
リヒトが後ろから声をかける。その優しさに、セレスは心がじわりと温かくなる。
「大丈夫です、ありがとうございます。リヒト王子様こそ、こんな道を歩くのは初めてでしょう」
「まぁ……そうだな。でも、兄上はもっと厳しい道を行っているはずだ。これくらいで音を上げるわけにはいかない」
リヒトの言葉は自らを鼓舞するようでもあった。彼は兄の姿を心に描きながら、一歩一歩踏みしめる。マティアスがどんな思いでこの森を越えたのか、確かめるように。
そうして四人は、さらに奥深くへと進んでいく。はじまりの地へ足を踏み入れたばかりの彼らには、この先どんな冒険が待ち受けているかはわからない。それでも、マティアスを見つけ出し、真実を知るために進むしかない。王子は二度と帰ってこないのか――それとも、再び王城の門をくぐるのか。その運命は、すでに動き始めていた。
朝もやが残る薄暗い時間帯。王城の裏門からひっそりと抜け出すのは、リヒト、セレス、レナ、そしてダリウスの四人だった。荷馬車や大人数を連れれば目立つが、歩きなら兵士の気づきも遅れるだろう。
「大丈夫ですか、リヒト王子様。こんな形で城を出るなんて」
セレスが心配そうに声をかける。リヒトは苦笑いを浮かべるが、その瞳には決意が宿っている。
「公爵や重臣たちは、まだ寝ている時間だろう。もし後で抜け出したことが分かっても、すぐには追っ手を差し向けられないはずだよ」
そう言って歩を進めるリヒト。確かに、王城から逃げるように出て行くのは規則違反も甚だしいが、もうそんなことを言っていられる状況ではない。王太子として縛られる前に、どうしてもマティアス王子を見つけたいのだ。
「出発は予定通りこの時間になりましたね。うまくいってよかった」
レナが小さく息をつく。昨夜、ダリウスがあらかじめ王城内で些細な騒ぎを起こし、兵士の巡回ルートを混乱させるという作戦が功を奏したのだ。こうして四人は朝のうちに脱出できた。
「さて、まずは西の森を目指そう。城下町で聞いた情報やソル雑貨店での話によれば、そこを抜けた先に小さな村があるはずだ」
ダリウスが地図を広げて確認する。王都の外れから西へ続く道は整備が行き届いているが、森に入れば途中で荒れている箇所もあるだろう。荷車がない分、自由に動きやすいのは利点だ。
「兄上が本当にそこを通ったのなら、何か手掛かりが残っているかもしれない」
リヒトは少し前を歩きながら、険しい表情を崩さない。セレスは彼の背中を見つめ、今朝方の光景を思い返す。王城を出る前、リヒトはただ一言だけ言葉を残してきた。「兄上に会って、話をしたい。そのために僕は全てを捨ててもいい」と。彼の本気を感じ取ったセレスは、自分の不安も吹き飛ぶような気がした。
道中、レナとセレスが先に立って道を見張る。ダリウスは少し後ろを歩きながら周囲を警戒し、リヒトの護衛役も兼ねている。朝日に照らされた野道はひんやりとした空気が気持ちよく、思わず深呼吸をしたくなる。
「こんなにのびのびと王城から出られるなんて、初めてかもしれない。普段は馬車で行事に参加するだけだから」
リヒトが呟き、ほんの少しだけ柔らかい笑みを浮かべる。セレスはそれを聞いて胸が締め付けられる。王子として立場を与えられることは栄光でもあるが、その自由は極端に制限されてきたのだろう。マティアス王子も同じような思いをずっと抱いていたのかもしれない。
少し行くと、道幅が狭くなり、木々が生い茂る森の入口に差し掛かる。ここから先は馬車での移動が困難になるため、徒歩で進むしかない。人気が減る分、危険もある。セレスは緊張感を高め、ダリウスも静かに杖を構えた。
「獣や盗賊の類が出る可能性もある。みんな、気をつけて」
ダリウスの声に四人はうなずき、森の中へ足を踏み入れた。小鳥のさえずりと風の音が心地よい反面、茂みの奥に何が潜んでいるのかは分からない。セレスは背筋を伸ばしながら前へ進む。
森の入り口を抜けると、小さな開けた場所に出た。そこには古い石碑が立っており、かすれた文字で何かが書かれている。ダリウスが近づいて指で触れ、ゆっくりと読み解き始める。
「ここは王家の領域である、外部の者は立ち入りを禁ず……随分古い書き方だな。何百年も前のものだろう」
「王家の領域……となると、やはりこの先に王族の関係する場所があるのは間違いなさそうね」
レナが言葉を継ぎ、リヒトもうなずく。
「兄上がここを通ったなら、さらに奥へ入ったはずだ。先に進もう」
石碑を後にし、再び森の道へ足を向ける。曇天とはいえ、まだ昼に近い時間帯で足元は見やすい。だが、先へ行くほど木々が高く密集し、日差しを遮るため薄暗くなってきた。セレスは何度か枝に服を引っかけながらも必死に歩を進める。
「ケガはないか、セレス?」
リヒトが後ろから声をかける。その優しさに、セレスは心がじわりと温かくなる。
「大丈夫です、ありがとうございます。リヒト王子様こそ、こんな道を歩くのは初めてでしょう」
「まぁ……そうだな。でも、兄上はもっと厳しい道を行っているはずだ。これくらいで音を上げるわけにはいかない」
リヒトの言葉は自らを鼓舞するようでもあった。彼は兄の姿を心に描きながら、一歩一歩踏みしめる。マティアスがどんな思いでこの森を越えたのか、確かめるように。
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