王子が気に入られなかったので、茶菓子にお腹が痛くなる薬草を混ぜて食べされたら帰ってこなくなりました。

えるろって

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「これは……見覚えがある印だな」

ダリウスが森の入り口で立ち止まる。木々に埋もれそうになっている石柱を指し示し、その表面に刻まれた紋章をなぞる。

「紋章……王家のものですか?」

リヒトが近づいて見ると、確かに王家の紋章に似た図案がかすかに刻まれている。セレスやレナも目を凝らすが、風化が進んでいてはっきりしない。

「おそらく王家が管理していた隠れ道というところだろうね。この石柱は通行を示すための目印じゃないか」

ダリウスがそう言うと、セレスは背筋を伸ばして周囲をうかがう。深い緑が覆い尽くす森の中に、こんな石柱がぽつんと残されているのは不思議な光景だ。かつてはしっかりとした道標だったのだろうが、今ではほとんど人が通らないようだ。

 

「兄上はこの道を進んだのかな。王家の儀式と関係があるとすれば、ここが正しいルートなのかもしれない」

リヒトは石柱に手を触れながらつぶやく。すでに日暮れが近い。これ以上森の奥へ踏み込めば、夜を迎えるのは避けられない。だが、いったん立ち止まって野営するか、それとも強行突破するか――判断が求められる。

「日が落ちたら危険は増すけど、ここで夜を越すのも同じくらい危険だと思います」

レナが率直に意見を述べる。セレスもうなずいた。

「追跡者がいるかもしれないし、公爵の刺客だっていつ現れるかわからない。マティアス王子を追うなら、先へ進んだほうがいいような気がする」

そう言いながら、セレスの視線はリヒトをとらえていた。決断を下すのはやはりリヒトだろう。彼は石柱の向こうへと続く暗い道を見据え、しばらく沈黙する。

 

「……行こう。兄上が先へ進んだのなら、俺たちも止まってはいられない。夜になっても構わない。可能な限り前へ進んで、次の安全な場所を探そう」

リヒトの声には迷いが消え、強い決意が宿っていた。セレスたちもそれに呼応するように準備を整える。ダリウスは杖を握りしめ、周囲の魔力を感じ取るように瞳を閉じる。

「ここの空気は少し張りつめている。王家の儀式に関わる場所が近いのかもしれないね。王子の選択がどうであれ、我々は見届けるべきだろう」

「ええ、必ず」

セレスは小さく息を呑む。もしマティアスが儀式を完遂すれば、彼が王位に就く流れになるのか。それともリヒトが既に王太子として決定的になっているのか。どちらにしても、兄弟の選ぶ道はこの国の未来を左右する。

 

森に足を踏み入れると、木々の影が急激に長くなり、空が赤みを帯び始めた。夕日が木の葉の隙間から差し込み、金色の光が足元を照らす。だが、一歩深く進めばたちまち暗闇が包み込む。

「気をつけて、足場が悪い」

ダリウスが注意を促し、レナもランプを用意する。セレスは周囲に神経をとがらせながら、どうにか転ばないように前を見据える。リヒトは先頭で道を切り開くように進んでいた。

 

しばらく歩くうちに、小さな丘のような隆起地帯に差しかかる。そこには古い石段が隠れるように存在し、自然の樹木と絡まり合いながら上へ続いていた。人が整備した形跡がある以上、これが儀式場の入り口なのかもしれない。

「誰かがここを通った痕跡があるわ。足跡……いや、擦ったような跡だけど」

レナが石段を照らしながら指摘する。汚れ方が新しい。もしマティアスが足を痛めながらこの階段を登ったとすれば、手で支えながらゆっくり進んだ可能性もあるだろう。

 

「マティアス王子様はどこまで無理をするつもりなのか……早く見つけないと」

セレスの胸に不安が募る。この階段の先に何があるかはわからないが、ここで辞めるわけにはいかない。リヒトも決然とした足取りで一段ずつ登っていく。

「兄上はこの道を選んだ。自分が王になるための儀式を、誰にも頼らずにやり遂げようとしているのかもしれない。でも、たとえそうだとしても、俺たちが間に合えば……」

リヒトのつぶやきは夕暮れの闇に溶けていく。セレスは彼の背中を見つめながら、王子たちが何を求め、どんな決断を下すのか、早く知りたいと願う。それが国の未来のみならず、彼女自身の運命をも左右することになるかもしれない。 
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