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「待ち伏せ……?」
翌朝、祠の裏手で一夜を明かした四人が身支度を整え終えると、リヒトが周囲の森を見回しながら目を細める。少し離れた木陰に複数の人影がうごめいているようだ。
「どうやら、また追跡者が近づいてきているみたいだね。昨夜は気づかなかったが、夜明けとともに動き始めたようだ」
ダリウスが小声で言うと、レナは即座に身構える。セレスの胸に嫌な予感が走る。
「私たち、囲まれているかもしれない。このままじゃ森の奥へ進めないわ」
「とにかく、一度相手を確認しよう」
リヒトは勇気を奮い起こすように言葉を放ち、短剣を手に祠の脇からそっと覗き込む。すると、向こうもこちらに気づいたらしく、木陰から男たちが数人姿を現した。
「リヒト殿下、ようやく見つけましたよ」
先頭の男が皮肉げな笑みを浮かべる。見ると、彼らはみな軽装の戦闘服に身を包み、腰には剣や弓を携えている。まるで訓練された傭兵の集団のようだ。
「公爵の差し金か」
リヒトが眉を吊り上げる。男はあっさりと認めるかのように肩をすくめる。
「そういうことだ。公爵様から“殿下をお連れするか、動きを阻止せよ”と命じられている。まったく面倒だが、仕事だからな」
彼らが完全に敵対しているのは明らかだ。リヒトは一瞬だけ表情を歪めるが、すぐに毅然とした声で反論する。
「国の王子を力づくで連れ戻すつもりか。公爵にはそんな権限はないはずだ」
「権限なんて関係ない。俺たちは雇われ仕事をするだけだ」
男は横に並んだ仲間に合図を送りながら、一歩ずつ前進してくる。ダリウスが杖を構え、レナは護身用の短剣を手にセレスの前に立った。
「セレス、下がって。あなたは戦えないでしょう」
「う、うん……ごめんね」
セレスは祠の石壁に身体を寄せながら、どうすることもできない自分をもどかしく思う。一方、リヒトも短剣を握り直し、相手に向き合う姿勢を取る。
「僕には着いていくつもりはない。公爵のいいようにさせるわけにはいかないんだ。ここで通さないなら、剣を交えるしかないのか」
「そうなるな。ただ、できれば面倒は避けたい。おとなしく戻っていただければ、殿下の身も安全だろう」
傭兵のリーダーらしき男が余裕たっぷりに言い放つが、リヒトは首を横に振る。
「公爵に渡されるくらいなら、ここで倒れるほうがマシだ」
「はは、そう来るか。ま、どのみち捕まえりゃいいだけだ」
男たちがにやりと笑い、次の瞬間には数人が一斉に間合いを詰めてくる。リヒトとレナはそれを迎撃する形で応戦し、短剣と剣が激しく打ち合う音が森に響いた。
「セレス、危ないから伏せて!」
レナが叫ぶと同時に、セレスはしゃがみ込む。すぐそばを剣の刃先が通過するのを感じ、背筋が凍る思いだ。ダリウスは魔術で相手の足元を崩し、数人を転倒させるが、敵の数が多い。
「ちっ、意外にやるな。さすがに王子の護衛役というわけか」
リーダー格の男が舌打ちしながら、もう一人の仲間に合図を送る。すると弓を構えた男が矢を番え、リヒトの足元を狙うように放った。
「リヒト王子様、下がって!」
セレスが悲鳴に近い声を上げ、リヒトはなんとかかわすが、バランスを崩して転倒してしまう。素早く追いかけてきた剣士が斬りかかろうとするが、レナが割って入り、辛うじて受け止める。
ガキンと金属音が響き、レナは腕に大きな衝撃を受けた。顔を歪めながらも必死に耐える。だが相手の力は強く、押し切られそうだ。
「ダリウス様、何とかできませんか!」
セレスが縋るように叫ぶと、ダリウスは魔術を発動しようとする。しかし、リーダー格の男が見透かしたように飛びかかり、杖の動きを阻んでいた。
「魔術師を抑えれば勝ちだ。お前ら、早く決着をつけろ!」
男たちは一斉に気勢を上げ、リヒトとレナを取り囲む。セレスは震える身体を押さえ、何とかレナのもとへ駆け寄ろうとするが、敵兵の一人に阻まれてしまう。
「邪魔だよ、お嬢ちゃん。下がっていろ」
剣を突きつけられ、セレスは声も出せなくなる。まさかこんな場所で全滅してしまうのか――絶望の淵に立たされたそのとき、一瞬だけ森の奥から鋭い視線が走ったように感じた。
風が舞い、パリンと何かが割れるような音が響く。次の瞬間、リーダー格の男の剣が弾かれ、ダリウスが再び魔術の構えを取っていた。
「何……この力は」
男たちが動揺する。その一瞬の隙を突いてレナが剣を振り払い、リヒトが構え直す。ダリウスが小さく口を動かし、魔力の奔流を解き放つと、傭兵たちは一斉にたじろいだ。
「今だ、反撃する!」
リヒトの叫びに合わせ、レナが斬撃を繰り出し、ダリウスは光の束を相手の足元へ叩きつける。慌てて退却する男たち。セレスはその瞬間を見逃さずに、必死に地面を蹴って離れた。
「くそ、こんなはずじゃ……撤退だ!」
リーダー格の男が叫ぶと、傭兵たちは混乱に陥りながら森の奥へ逃げていく。深追いすると危険だが、リヒトとレナは息を切らしながら彼らを見送るしかなかった。
「はぁ……はぁ……なんとか、追い払ったみたいね」
レナが短剣を下ろし、その場にへたり込む。リヒトも肩で息をし、ダリウスは杖をつきながら力を抜いた。セレスは腰が抜けそうになりながらも、皆が無事で安堵する。
「公爵家の手先、やっぱり強かったわね。ダリウス様がいなかったら危なかった」
レナがそう言うと、ダリウスは苦笑する。
「いや、私もギリギリだったよ。まったく、公爵の執念は想像以上だ。リヒト王子様、急がないとまた次の追っ手が来るかもしれない」
リヒトは自分の右腕の擦り傷を気にしながら、唇を噛みしめる。
「公爵がここまで手を回してくるのなら、なおさら兄上を見つけるしかない。こうなったら絶対に引き返すわけにはいかないぞ」
それを聞いたセレスも決意を新たにする。危険は増しているが、それでも進むしかない。マティアスが本当にこの先にいるのなら、どんな障害があろうとも乗り越えなければ――そう強く心に誓った。
翌朝、祠の裏手で一夜を明かした四人が身支度を整え終えると、リヒトが周囲の森を見回しながら目を細める。少し離れた木陰に複数の人影がうごめいているようだ。
「どうやら、また追跡者が近づいてきているみたいだね。昨夜は気づかなかったが、夜明けとともに動き始めたようだ」
ダリウスが小声で言うと、レナは即座に身構える。セレスの胸に嫌な予感が走る。
「私たち、囲まれているかもしれない。このままじゃ森の奥へ進めないわ」
「とにかく、一度相手を確認しよう」
リヒトは勇気を奮い起こすように言葉を放ち、短剣を手に祠の脇からそっと覗き込む。すると、向こうもこちらに気づいたらしく、木陰から男たちが数人姿を現した。
「リヒト殿下、ようやく見つけましたよ」
先頭の男が皮肉げな笑みを浮かべる。見ると、彼らはみな軽装の戦闘服に身を包み、腰には剣や弓を携えている。まるで訓練された傭兵の集団のようだ。
「公爵の差し金か」
リヒトが眉を吊り上げる。男はあっさりと認めるかのように肩をすくめる。
「そういうことだ。公爵様から“殿下をお連れするか、動きを阻止せよ”と命じられている。まったく面倒だが、仕事だからな」
彼らが完全に敵対しているのは明らかだ。リヒトは一瞬だけ表情を歪めるが、すぐに毅然とした声で反論する。
「国の王子を力づくで連れ戻すつもりか。公爵にはそんな権限はないはずだ」
「権限なんて関係ない。俺たちは雇われ仕事をするだけだ」
男は横に並んだ仲間に合図を送りながら、一歩ずつ前進してくる。ダリウスが杖を構え、レナは護身用の短剣を手にセレスの前に立った。
「セレス、下がって。あなたは戦えないでしょう」
「う、うん……ごめんね」
セレスは祠の石壁に身体を寄せながら、どうすることもできない自分をもどかしく思う。一方、リヒトも短剣を握り直し、相手に向き合う姿勢を取る。
「僕には着いていくつもりはない。公爵のいいようにさせるわけにはいかないんだ。ここで通さないなら、剣を交えるしかないのか」
「そうなるな。ただ、できれば面倒は避けたい。おとなしく戻っていただければ、殿下の身も安全だろう」
傭兵のリーダーらしき男が余裕たっぷりに言い放つが、リヒトは首を横に振る。
「公爵に渡されるくらいなら、ここで倒れるほうがマシだ」
「はは、そう来るか。ま、どのみち捕まえりゃいいだけだ」
男たちがにやりと笑い、次の瞬間には数人が一斉に間合いを詰めてくる。リヒトとレナはそれを迎撃する形で応戦し、短剣と剣が激しく打ち合う音が森に響いた。
「セレス、危ないから伏せて!」
レナが叫ぶと同時に、セレスはしゃがみ込む。すぐそばを剣の刃先が通過するのを感じ、背筋が凍る思いだ。ダリウスは魔術で相手の足元を崩し、数人を転倒させるが、敵の数が多い。
「ちっ、意外にやるな。さすがに王子の護衛役というわけか」
リーダー格の男が舌打ちしながら、もう一人の仲間に合図を送る。すると弓を構えた男が矢を番え、リヒトの足元を狙うように放った。
「リヒト王子様、下がって!」
セレスが悲鳴に近い声を上げ、リヒトはなんとかかわすが、バランスを崩して転倒してしまう。素早く追いかけてきた剣士が斬りかかろうとするが、レナが割って入り、辛うじて受け止める。
ガキンと金属音が響き、レナは腕に大きな衝撃を受けた。顔を歪めながらも必死に耐える。だが相手の力は強く、押し切られそうだ。
「ダリウス様、何とかできませんか!」
セレスが縋るように叫ぶと、ダリウスは魔術を発動しようとする。しかし、リーダー格の男が見透かしたように飛びかかり、杖の動きを阻んでいた。
「魔術師を抑えれば勝ちだ。お前ら、早く決着をつけろ!」
男たちは一斉に気勢を上げ、リヒトとレナを取り囲む。セレスは震える身体を押さえ、何とかレナのもとへ駆け寄ろうとするが、敵兵の一人に阻まれてしまう。
「邪魔だよ、お嬢ちゃん。下がっていろ」
剣を突きつけられ、セレスは声も出せなくなる。まさかこんな場所で全滅してしまうのか――絶望の淵に立たされたそのとき、一瞬だけ森の奥から鋭い視線が走ったように感じた。
風が舞い、パリンと何かが割れるような音が響く。次の瞬間、リーダー格の男の剣が弾かれ、ダリウスが再び魔術の構えを取っていた。
「何……この力は」
男たちが動揺する。その一瞬の隙を突いてレナが剣を振り払い、リヒトが構え直す。ダリウスが小さく口を動かし、魔力の奔流を解き放つと、傭兵たちは一斉にたじろいだ。
「今だ、反撃する!」
リヒトの叫びに合わせ、レナが斬撃を繰り出し、ダリウスは光の束を相手の足元へ叩きつける。慌てて退却する男たち。セレスはその瞬間を見逃さずに、必死に地面を蹴って離れた。
「くそ、こんなはずじゃ……撤退だ!」
リーダー格の男が叫ぶと、傭兵たちは混乱に陥りながら森の奥へ逃げていく。深追いすると危険だが、リヒトとレナは息を切らしながら彼らを見送るしかなかった。
「はぁ……はぁ……なんとか、追い払ったみたいね」
レナが短剣を下ろし、その場にへたり込む。リヒトも肩で息をし、ダリウスは杖をつきながら力を抜いた。セレスは腰が抜けそうになりながらも、皆が無事で安堵する。
「公爵家の手先、やっぱり強かったわね。ダリウス様がいなかったら危なかった」
レナがそう言うと、ダリウスは苦笑する。
「いや、私もギリギリだったよ。まったく、公爵の執念は想像以上だ。リヒト王子様、急がないとまた次の追っ手が来るかもしれない」
リヒトは自分の右腕の擦り傷を気にしながら、唇を噛みしめる。
「公爵がここまで手を回してくるのなら、なおさら兄上を見つけるしかない。こうなったら絶対に引き返すわけにはいかないぞ」
それを聞いたセレスも決意を新たにする。危険は増しているが、それでも進むしかない。マティアスが本当にこの先にいるのなら、どんな障害があろうとも乗り越えなければ――そう強く心に誓った。
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