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馬車に揺られること数日。
窓の外の景色は、手入れの行き届いた王都近郊の農村から、次第に険しい岩山と深い森へと変わっていった。
「お嬢様、見えてきましたよ。あれがアシュクロフト公爵家の最果て――かつての保養地であり、現在はお嬢様の『追放先』となる辺境領です」
ギルバートが指差した先には、お世辞にも「優雅」とは言い難い光景が広がっていた。
ひび割れた石造りの門。
雑草が腰の高さまで伸び放題の庭。
そして、かつては白亜だったであろうが、今はすっかり灰色に薄汚れた屋敷が、幽霊船のように佇んでいる。
「……ひどい。ひどすぎますわ、ギルバート」
リリアンが声を震わせながら馬車を降りる。
ギルバートは「さすがのお嬢様も、この惨状にはショックを受けたか」と、慰めの言葉をかけようとした。
「お嬢様、嘆かないでください。俺がいますし、屋根さえあれば修理して――」
「素晴らしい! なんて素晴らしいコストパフォーマンスですの!」
リリアンは絶叫しながら、荒れ果てた庭へと駆け出した。
彼女は涙ぐむどころか、獲物を見つけた猛獣のような爛々と輝く瞳で、崩れかけた壁を見つめている。
「……お嬢様? 今、なんて?」
「ギルバート、見てください! この建物の劣化具合! これはつまり、『これ以上悪くなりようがない』という底値の状態ですわ。ここから少し手を加えるだけで、資産価値の伸び率(ROI)は無限大に跳ね上がります!」
リリアンは、旅装のベルトから素早く方位磁石と測定用の糸を取り出した。
「壁のヒビは垂直方向のみ。地盤沈下は起きていませんわ。屋根の瓦が剥げているのは、むしろ通気性を高める天然の換気システムだと思えば、改修費用は最小限で済みます。そして何より、この広大な雑草地帯! これ、全部『バイオマス資源』ではありませんか!」
「雑草を資源呼ばわりする令嬢なんて、この国の歴史上お嬢様だけですよ……」
ギルバートは深く溜息をつき、錆びついた門を蹴り開けた。
すると、屋敷の陰から、怯えたような表情をした老人と、数人の領民たちが姿を現した。
「あ、あの……王都から、新しい領主様が来られたと聞きまして……」
老人は村長だった。
彼は、豪華なドレスではなく地味な短パン姿で地面を這いつくばって土の味を確かめているリリアンを見て、絶望に顔を歪めた。
「……ああ、王家に見捨てられたというのは本当だったのじゃな。こんな、頭の弱そうな……いや、お気の毒な娘さんが送られてくるとは……。もう、この領地は終わりじゃ」
リリアンは土をペッと吐き出すと、勢いよく立ち上がって村長の前に歩み寄った。
「終わる? いいえ、おじいさま。始まったのですわ。この土壌の窒素濃度、そして適度な粘土質。ここは、最高級の『ワイン用ブドウ』の栽培に適した聖域ですわ!」
「ぶ、ブドウ? ここはただの痩せた土地で、みんな芋を食って食いつないでいるんですぞ?」
「それは効率の悪い芋の植え方をしていたからですわ。村長、今すぐ村の地図と、過去五年の降水量データを持ってきなさい。……いえ、データがなければ、村で一番長生きの老婆を呼んでください。彼女の記憶から私が逆算して統計を出しますわ」
「ひ、ひえぇ……! 魔女だ、王都から計算する魔女が来たぞ!」
村長たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
リリアンはその後ろ姿を見送ることもなく、今度は屋敷の玄関へと突き進む。
「ギルバート! まずはこの玄関ホールの『空間の無駄』を排除しますわよ。この巨大なだけのシャンデリアは叩き割って、中のクリスタルを光反射式の照明に再利用します。電気……ではなく魔力消費を抑えるエコロジーな設計図はもう頭の中にありますわ!」
「叩き割らないでください、お嬢様。それ、売れば当面の食費になるんですから」
リリアンは、埃の積もったロビーの中央に立つと、腰に手を当てて高らかに笑った。
「お父様もお優しいですわね。私にこのような『最高の避暑地』をプレゼントしてくださるなんて。王都の窮屈な社交界とはおさらばです。ここなら、私の脳をフル回転させても、誰にも『可愛くない』なんて文句を言われませんもの!」
「……殿下は、ここを『地獄の追放先』だと思って送り出したんでしょうね。彼が今のお嬢様を見たら、自分の計画がいかに非効率だったか、思い知ることになるでしょうよ」
ギルバートは、リリアンがすでに鞄から取り出していた「領地改造計画書(第一巻)」という厚い束を見て、諦めの境地に達した。
「さて、まずは拠点(ベースキャンプ)の設営ですわ。ギルバート、あなたは屋根に登って構造の脆弱性をチェック。私は地下室の湿度管理状況を確認してきます。あそこは……ふふ、最高の『貯蔵庫』になる予感がしますわ!」
リリアンは鼻歌を歌いながら、暗い地下階段へと消えていった。
追放。
世間一般では絶望を意味するその言葉も、リリアンの辞書においては「新規プロジェクトの立ち上げ」という輝かしい定義に書き換えられていた。
アシュクロフト領。
後に「奇跡の黄金郷」と呼ばれることになるその場所は、この日、一人の風変わりな令嬢と、死んだ魚のような目をした騎士によって、文字通り「物理的に」叩き起こされたのである。
窓の外の景色は、手入れの行き届いた王都近郊の農村から、次第に険しい岩山と深い森へと変わっていった。
「お嬢様、見えてきましたよ。あれがアシュクロフト公爵家の最果て――かつての保養地であり、現在はお嬢様の『追放先』となる辺境領です」
ギルバートが指差した先には、お世辞にも「優雅」とは言い難い光景が広がっていた。
ひび割れた石造りの門。
雑草が腰の高さまで伸び放題の庭。
そして、かつては白亜だったであろうが、今はすっかり灰色に薄汚れた屋敷が、幽霊船のように佇んでいる。
「……ひどい。ひどすぎますわ、ギルバート」
リリアンが声を震わせながら馬車を降りる。
ギルバートは「さすがのお嬢様も、この惨状にはショックを受けたか」と、慰めの言葉をかけようとした。
「お嬢様、嘆かないでください。俺がいますし、屋根さえあれば修理して――」
「素晴らしい! なんて素晴らしいコストパフォーマンスですの!」
リリアンは絶叫しながら、荒れ果てた庭へと駆け出した。
彼女は涙ぐむどころか、獲物を見つけた猛獣のような爛々と輝く瞳で、崩れかけた壁を見つめている。
「……お嬢様? 今、なんて?」
「ギルバート、見てください! この建物の劣化具合! これはつまり、『これ以上悪くなりようがない』という底値の状態ですわ。ここから少し手を加えるだけで、資産価値の伸び率(ROI)は無限大に跳ね上がります!」
リリアンは、旅装のベルトから素早く方位磁石と測定用の糸を取り出した。
「壁のヒビは垂直方向のみ。地盤沈下は起きていませんわ。屋根の瓦が剥げているのは、むしろ通気性を高める天然の換気システムだと思えば、改修費用は最小限で済みます。そして何より、この広大な雑草地帯! これ、全部『バイオマス資源』ではありませんか!」
「雑草を資源呼ばわりする令嬢なんて、この国の歴史上お嬢様だけですよ……」
ギルバートは深く溜息をつき、錆びついた門を蹴り開けた。
すると、屋敷の陰から、怯えたような表情をした老人と、数人の領民たちが姿を現した。
「あ、あの……王都から、新しい領主様が来られたと聞きまして……」
老人は村長だった。
彼は、豪華なドレスではなく地味な短パン姿で地面を這いつくばって土の味を確かめているリリアンを見て、絶望に顔を歪めた。
「……ああ、王家に見捨てられたというのは本当だったのじゃな。こんな、頭の弱そうな……いや、お気の毒な娘さんが送られてくるとは……。もう、この領地は終わりじゃ」
リリアンは土をペッと吐き出すと、勢いよく立ち上がって村長の前に歩み寄った。
「終わる? いいえ、おじいさま。始まったのですわ。この土壌の窒素濃度、そして適度な粘土質。ここは、最高級の『ワイン用ブドウ』の栽培に適した聖域ですわ!」
「ぶ、ブドウ? ここはただの痩せた土地で、みんな芋を食って食いつないでいるんですぞ?」
「それは効率の悪い芋の植え方をしていたからですわ。村長、今すぐ村の地図と、過去五年の降水量データを持ってきなさい。……いえ、データがなければ、村で一番長生きの老婆を呼んでください。彼女の記憶から私が逆算して統計を出しますわ」
「ひ、ひえぇ……! 魔女だ、王都から計算する魔女が来たぞ!」
村長たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
リリアンはその後ろ姿を見送ることもなく、今度は屋敷の玄関へと突き進む。
「ギルバート! まずはこの玄関ホールの『空間の無駄』を排除しますわよ。この巨大なだけのシャンデリアは叩き割って、中のクリスタルを光反射式の照明に再利用します。電気……ではなく魔力消費を抑えるエコロジーな設計図はもう頭の中にありますわ!」
「叩き割らないでください、お嬢様。それ、売れば当面の食費になるんですから」
リリアンは、埃の積もったロビーの中央に立つと、腰に手を当てて高らかに笑った。
「お父様もお優しいですわね。私にこのような『最高の避暑地』をプレゼントしてくださるなんて。王都の窮屈な社交界とはおさらばです。ここなら、私の脳をフル回転させても、誰にも『可愛くない』なんて文句を言われませんもの!」
「……殿下は、ここを『地獄の追放先』だと思って送り出したんでしょうね。彼が今のお嬢様を見たら、自分の計画がいかに非効率だったか、思い知ることになるでしょうよ」
ギルバートは、リリアンがすでに鞄から取り出していた「領地改造計画書(第一巻)」という厚い束を見て、諦めの境地に達した。
「さて、まずは拠点(ベースキャンプ)の設営ですわ。ギルバート、あなたは屋根に登って構造の脆弱性をチェック。私は地下室の湿度管理状況を確認してきます。あそこは……ふふ、最高の『貯蔵庫』になる予感がしますわ!」
リリアンは鼻歌を歌いながら、暗い地下階段へと消えていった。
追放。
世間一般では絶望を意味するその言葉も、リリアンの辞書においては「新規プロジェクトの立ち上げ」という輝かしい定義に書き換えられていた。
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