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ヴィクトールの提案に対し、リリアンは一秒の猶予もなく、手にした計算尺をパチンと鳴らして答えた。
「却下ですわ。ヴィクトール殿下。私があなたの国の『アドバイザー』になるなど、時間と才能の浪費、すなわち機会損失の極みですわ」
「……ほう? 我が国の国力は、この貧弱な王国の数倍はある。報酬も地位も、貴様の望むままに用意してやると言っているのだぞ」
ヴィクトールが不敵に目を細める。
だが、リリアンは鼻で笑った。
「殿下。私は『雇われる』という非効率な労働形態を、既に卒業しておりますの。現在の私の立場は、このアシュクロフト領の筆頭株主にして最高経営責任者。誰かに命令される筋合いはありませんわ」
「それに」と、リリアンは周囲の温泉施設を指し示した。
「私がここを離れれば、この温泉リゾートの初年度利回りは三割低下します。レインワース王国でどれほどの高給を積まれようとも、私の自由な経営権と、この土地が産む『複利』の魅力には勝てませんわ。私についてきてほしいなら、まずは我が領地の全株式を時価の五倍で買い取ってからおっしゃってくださいな」
「……はは、やはり一筋縄ではいかんか。ギルバート、お前が惚れ込む理由が分かった。この女は、国よりも自分の算盤を信じている」
ヴィクトールは愉快そうに笑い、ギルバートの肩を叩いた。
「兄上。お嬢様を説得しようとするのは、滝を登る魚を素手で捕まえるより難しいですよ。それより、この地を狙う『ゴミ掃除』の話をしましょう」
ギルバートの言葉に、リリアンは鋭く反応した。
「ゴミ掃除……。つまり、我が国の王室が、私の温泉(資産)を強奪しようとしている件ですわね。マリア様、王家がこちらへ派遣しようとしている軍の規模を予測しなさい」
「はい、お姉様! 王都からの軍馬の維持費、および現在の国庫の逼迫状況から推測するに……実働部隊はせいぜい五百。それ以上動かせば、王都のパンの値段が二倍に跳ね上がり、暴動が起きますわ!」
マリアが、泥だらけのメモ帳をめくりながら即座に答えた。
彼女の分析能力は、もはや一国の諜報員を凌駕しつつある。
「五百……。ふふ、たった五百の人的リソースで、私の経営基盤を脅かそうとするなんて、あまりに舐められたものですわね。ギルバート、迎撃コストの予算を組みますわよ」
「お嬢様、戦争を『プロジェクト』みたいに言うのはやめてください。……で、どうするんですか? 俺が全員叩き伏せてもいいですが」
「いいえ。物理的な衝突は修理費がかさみます。……そうだわ。セドリック殿下、そこでお掃除をしているあなた、出番ですわよ!」
呼ばれたセドリックが、ビクリと肩を揺らして箒を落とした。
「な、なんだリリアン! 私をまた決闘(エキシビション)に引っ張り出すつもりか!? 私の肩はまだ、あのテコの原理の衝撃で痛むのだぞ!」
「殿下。あなた、実の父上が自分の元婚約者の領地を奪いに来るというのに、お掃除ばかりしていていいのですか? これはあなたの『王族としての市場価値』を回復させる絶好のチャンスですわよ」
リリアンは、セドリックの鼻先に一本の筆を突きつけた。
「今すぐ、お父様宛に『親愛なるパパへ』と手紙を書きなさい。内容はこうです。『この領地は既に隣国のレインワース王国と不可侵の通商条約を結ぼうとしている。今手を出せば、即座に国際紛争に発展し、王家の借金は倍増するだろう』……と」
「そ、そんな嘘を! まだ条約など結んでいないだろう!」
「殿下。未来の予測を現実に変換するのが、経営者の手腕ですわ。……ヴィクトール殿下、よろしいですわね? ここに『温泉利用における関税免除の覚書』を二通。あなたのサインをいただければ、この嘘は真実になりますわ」
リリアンは、いつの間にか用意していた契約書をヴィクトールの前に差し出した。
「……なるほど。軍を動かす前に、書類一枚で王を封じ込めるつもりか。貴様、本当に悪役令嬢か? 稀代の策士の間違いではないのか」
ヴィクトールは、リリアンの底知れぬ合理性に舌を巻きながらも、楽しげにサインを走らせた。
「これでよし。ギルバート、お前の主人は、武力を使わずに一国を屈服させるつもりのようだぞ」
「お嬢様にとっては、戦争も『不採算部門の整理』に過ぎないんですよ」
ギルバートが誇らしげに微笑む中、リリアンはセドリックの背中を叩いた。
「さあ、殿下! 早く書きなさい! 一文字遅れるごとに、夕食の猪肉が一切れずつ減りますわよ!」
「ひ、ひぇぇ! 書く! 書くから、肉だけは勘弁してくれ!」
かつての第一王子が、必死に机にかじりついて手紙を書く。
その光景を眺めながら、リリアンは冷たく美しい笑みを浮かべた。
「ふふ、ふふふ……。無能な王室という不良債権。これを機に、徹底的に『最適化』して差し上げますわ!」
アシュクロフト領の領主室には、算盤の弾ける音と、リリアンの野心に満ちた高笑いが響き渡っていた。
「却下ですわ。ヴィクトール殿下。私があなたの国の『アドバイザー』になるなど、時間と才能の浪費、すなわち機会損失の極みですわ」
「……ほう? 我が国の国力は、この貧弱な王国の数倍はある。報酬も地位も、貴様の望むままに用意してやると言っているのだぞ」
ヴィクトールが不敵に目を細める。
だが、リリアンは鼻で笑った。
「殿下。私は『雇われる』という非効率な労働形態を、既に卒業しておりますの。現在の私の立場は、このアシュクロフト領の筆頭株主にして最高経営責任者。誰かに命令される筋合いはありませんわ」
「それに」と、リリアンは周囲の温泉施設を指し示した。
「私がここを離れれば、この温泉リゾートの初年度利回りは三割低下します。レインワース王国でどれほどの高給を積まれようとも、私の自由な経営権と、この土地が産む『複利』の魅力には勝てませんわ。私についてきてほしいなら、まずは我が領地の全株式を時価の五倍で買い取ってからおっしゃってくださいな」
「……はは、やはり一筋縄ではいかんか。ギルバート、お前が惚れ込む理由が分かった。この女は、国よりも自分の算盤を信じている」
ヴィクトールは愉快そうに笑い、ギルバートの肩を叩いた。
「兄上。お嬢様を説得しようとするのは、滝を登る魚を素手で捕まえるより難しいですよ。それより、この地を狙う『ゴミ掃除』の話をしましょう」
ギルバートの言葉に、リリアンは鋭く反応した。
「ゴミ掃除……。つまり、我が国の王室が、私の温泉(資産)を強奪しようとしている件ですわね。マリア様、王家がこちらへ派遣しようとしている軍の規模を予測しなさい」
「はい、お姉様! 王都からの軍馬の維持費、および現在の国庫の逼迫状況から推測するに……実働部隊はせいぜい五百。それ以上動かせば、王都のパンの値段が二倍に跳ね上がり、暴動が起きますわ!」
マリアが、泥だらけのメモ帳をめくりながら即座に答えた。
彼女の分析能力は、もはや一国の諜報員を凌駕しつつある。
「五百……。ふふ、たった五百の人的リソースで、私の経営基盤を脅かそうとするなんて、あまりに舐められたものですわね。ギルバート、迎撃コストの予算を組みますわよ」
「お嬢様、戦争を『プロジェクト』みたいに言うのはやめてください。……で、どうするんですか? 俺が全員叩き伏せてもいいですが」
「いいえ。物理的な衝突は修理費がかさみます。……そうだわ。セドリック殿下、そこでお掃除をしているあなた、出番ですわよ!」
呼ばれたセドリックが、ビクリと肩を揺らして箒を落とした。
「な、なんだリリアン! 私をまた決闘(エキシビション)に引っ張り出すつもりか!? 私の肩はまだ、あのテコの原理の衝撃で痛むのだぞ!」
「殿下。あなた、実の父上が自分の元婚約者の領地を奪いに来るというのに、お掃除ばかりしていていいのですか? これはあなたの『王族としての市場価値』を回復させる絶好のチャンスですわよ」
リリアンは、セドリックの鼻先に一本の筆を突きつけた。
「今すぐ、お父様宛に『親愛なるパパへ』と手紙を書きなさい。内容はこうです。『この領地は既に隣国のレインワース王国と不可侵の通商条約を結ぼうとしている。今手を出せば、即座に国際紛争に発展し、王家の借金は倍増するだろう』……と」
「そ、そんな嘘を! まだ条約など結んでいないだろう!」
「殿下。未来の予測を現実に変換するのが、経営者の手腕ですわ。……ヴィクトール殿下、よろしいですわね? ここに『温泉利用における関税免除の覚書』を二通。あなたのサインをいただければ、この嘘は真実になりますわ」
リリアンは、いつの間にか用意していた契約書をヴィクトールの前に差し出した。
「……なるほど。軍を動かす前に、書類一枚で王を封じ込めるつもりか。貴様、本当に悪役令嬢か? 稀代の策士の間違いではないのか」
ヴィクトールは、リリアンの底知れぬ合理性に舌を巻きながらも、楽しげにサインを走らせた。
「これでよし。ギルバート、お前の主人は、武力を使わずに一国を屈服させるつもりのようだぞ」
「お嬢様にとっては、戦争も『不採算部門の整理』に過ぎないんですよ」
ギルバートが誇らしげに微笑む中、リリアンはセドリックの背中を叩いた。
「さあ、殿下! 早く書きなさい! 一文字遅れるごとに、夕食の猪肉が一切れずつ減りますわよ!」
「ひ、ひぇぇ! 書く! 書くから、肉だけは勘弁してくれ!」
かつての第一王子が、必死に机にかじりついて手紙を書く。
その光景を眺めながら、リリアンは冷たく美しい笑みを浮かべた。
「ふふ、ふふふ……。無能な王室という不良債権。これを機に、徹底的に『最適化』して差し上げますわ!」
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