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三十七話
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「いや、今のは……!」
サイラスも自分の失言に気づいたのだろう。だが顔を赤くさせながら慌てて訂正する姿が、聞き間違いでもなんでもないことを物語っていた。
「……わけが、わかりません」
彼が自分のことを好き。それはあまりにも、わけのわからない話だ。
八歳から婚約関係ではあったが、月に一度会うだけで、もう何年も近況報告しかしていなかった。好意を持たれるようなことをした覚えもなければ、好意を示されたこともない。
婚約破棄や騎士になるという宣言は、サイラスが真面目な男だと考えればつじつまは合う。
守れなかったからと自責の念に駆られ、婚約者になることを辞退し、それでも騎士となり親の約束を守ろうと思ったのだろう。
だがサイラスがシェリルを好きなのだとすると、最初の婚約破棄からしておかしな話になる。
昨今騒がれている恋愛結婚は、愛する相手が他の相手と結ばれるのを見たくないという思いから、親の反対を押し切るものだ。
だがサイラスの行動は明らかにそれらとは違う。だからシェリルは好意を抱ているからなどと、微塵も考えていなかった。
「サイラス様は、何をなさりたいのですか」
「俺は……俺はただ、お前を守りたいだけだ」
「何からですか! 今、私を混乱させているのはサイラス様です!」
サイラスは幼い頃から決められた婚約者だった。だから、シェリルはこれまで他の相手との未来を描いたことはない。
シェリルはサイラスを好きだと思ったことはない。ただ、ずっと一緒にいることになる相手なのだろうと自然と考えていた。
だが婚約を破棄したいと言われ、しかたないと諦め、抱いていた考えを捨てた。
「好きだとおっしゃるのなら、どうして婚約を破棄したいなどとおっしゃったのですか!」
今さらなのだ。婚約の破棄を突きつけられた時点で、シェリルの中ではサイラスとの未来は潰えた。
だがサイラスは歩み寄りの精神を見せはじめ、しまいには好きだと言い出した。
「どうして今さら、そんなことをおっしゃるのですか!」
それなのに、どうして今さら、心を揺さぶってくるようなことばかりしてくるのか。
「それは……すまなかった。俺は、ただ……そのほうがいいと、だから……泣かせたかった、わけではないんだ……」
揺れる青い瞳の中に目に涙をためている自分の姿が映り、シェリルは袖口で拭う。
泣くつもりはなかった。押し寄せてきた感情の昂りに体がついていかず、混乱した頭がシェリルに涙を浮かばせた。
「……すまない」
うなだれるサイラスにシェリルは気持ちを落ちつけようと息を吐く。
「サイラス様……婚約破棄を突きつけた相手に好きだと言うことはおすすめいたしません。好きなのだとしたら、破棄する必要などないのですから」
婚約を破棄したいと言ってきたのはサイラスだ。
どんな理由があるのだとしても、交わされた約束を破る決断を彼はしていた。
好きだというのも、きっとその程度のことだったのだろう。
だが聞く人によっては、本気に捉えるかもしれない。それではサイラスに訪れる縁談が減る。
シェリルはサイラスのことを嫌っているわけではない。自分との未来が潰えているのだとしても、良縁に恵まれてほしいと思っていた。
だから不用意なことは口にしないようにと諭すつもえりだった。
「……婚約の破棄と、好きだというのは別の話では……?」
だが不思議そうに首を傾げるサイラスに、シェリルは嫌な予感を抱いた。
引きつりそうになる唇を必死に動かし、一つの疑問を口にする。
「サイラス様。破棄の意味を辞書で調べてみましたか?」
「……いや」
首を横に振るサイラスに、シェリルはまたも顔を引きつらせた。
サイラスも自分の失言に気づいたのだろう。だが顔を赤くさせながら慌てて訂正する姿が、聞き間違いでもなんでもないことを物語っていた。
「……わけが、わかりません」
彼が自分のことを好き。それはあまりにも、わけのわからない話だ。
八歳から婚約関係ではあったが、月に一度会うだけで、もう何年も近況報告しかしていなかった。好意を持たれるようなことをした覚えもなければ、好意を示されたこともない。
婚約破棄や騎士になるという宣言は、サイラスが真面目な男だと考えればつじつまは合う。
守れなかったからと自責の念に駆られ、婚約者になることを辞退し、それでも騎士となり親の約束を守ろうと思ったのだろう。
だがサイラスがシェリルを好きなのだとすると、最初の婚約破棄からしておかしな話になる。
昨今騒がれている恋愛結婚は、愛する相手が他の相手と結ばれるのを見たくないという思いから、親の反対を押し切るものだ。
だがサイラスの行動は明らかにそれらとは違う。だからシェリルは好意を抱ているからなどと、微塵も考えていなかった。
「サイラス様は、何をなさりたいのですか」
「俺は……俺はただ、お前を守りたいだけだ」
「何からですか! 今、私を混乱させているのはサイラス様です!」
サイラスは幼い頃から決められた婚約者だった。だから、シェリルはこれまで他の相手との未来を描いたことはない。
シェリルはサイラスを好きだと思ったことはない。ただ、ずっと一緒にいることになる相手なのだろうと自然と考えていた。
だが婚約を破棄したいと言われ、しかたないと諦め、抱いていた考えを捨てた。
「好きだとおっしゃるのなら、どうして婚約を破棄したいなどとおっしゃったのですか!」
今さらなのだ。婚約の破棄を突きつけられた時点で、シェリルの中ではサイラスとの未来は潰えた。
だがサイラスは歩み寄りの精神を見せはじめ、しまいには好きだと言い出した。
「どうして今さら、そんなことをおっしゃるのですか!」
それなのに、どうして今さら、心を揺さぶってくるようなことばかりしてくるのか。
「それは……すまなかった。俺は、ただ……そのほうがいいと、だから……泣かせたかった、わけではないんだ……」
揺れる青い瞳の中に目に涙をためている自分の姿が映り、シェリルは袖口で拭う。
泣くつもりはなかった。押し寄せてきた感情の昂りに体がついていかず、混乱した頭がシェリルに涙を浮かばせた。
「……すまない」
うなだれるサイラスにシェリルは気持ちを落ちつけようと息を吐く。
「サイラス様……婚約破棄を突きつけた相手に好きだと言うことはおすすめいたしません。好きなのだとしたら、破棄する必要などないのですから」
婚約を破棄したいと言ってきたのはサイラスだ。
どんな理由があるのだとしても、交わされた約束を破る決断を彼はしていた。
好きだというのも、きっとその程度のことだったのだろう。
だが聞く人によっては、本気に捉えるかもしれない。それではサイラスに訪れる縁談が減る。
シェリルはサイラスのことを嫌っているわけではない。自分との未来が潰えているのだとしても、良縁に恵まれてほしいと思っていた。
だから不用意なことは口にしないようにと諭すつもえりだった。
「……婚約の破棄と、好きだというのは別の話では……?」
だが不思議そうに首を傾げるサイラスに、シェリルは嫌な予感を抱いた。
引きつりそうになる唇を必死に動かし、一つの疑問を口にする。
「サイラス様。破棄の意味を辞書で調べてみましたか?」
「……いや」
首を横に振るサイラスに、シェリルはまたも顔を引きつらせた。
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