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五十四話

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「自らの現状をお話しなかったのは私です。月に一度会うだけの関係で気づけというほうが酷ではありませんか」

 シェリルの婚約者という役目を完璧にこなせなかったからと、責められるほどのいわれはないはずだ。

 ――いや、そもそもとして、おかしかったのは今回のことだけではない。
 婚約の破棄と解消の違いを知らない偏った知識といい、シェリルの婚約者にふさわしいようにと育てられすぎている。
 
 シェリルが母の忘れ形見だというのなら、サイラスこそまさに忘れ形見そのものだ。
 サイラスの母――アシュフィールド夫人はサイラスを産んだ後から体調を崩し、彼が物心つく前に亡くなった。
 アシュフィールド公の話を聞く限り、アシュフィールド公と夫人は愛し合っていたのだろう。ならば、忘れ形見であるサイラスを大切に――シェリルよりも優先させるものではないのだろうか。

「アシュフィールド公、失礼を承知で申し上げます」

 二人の婚約が本当に政略だけの――互いに利のあるものであれば、気にならなかっただろう。
 だがアシュフィールド家に利はほとんどなく、母に対する恩義がなければ成立しなかったであろうことは確かだ。
 いや、恩だけではないのだろう。結果として母に不当な扱いを強いてしまった罪悪感もあり、サイラスをシェリルの婚約者にふさわしくしたてあげようとしたのかもしれない。恩義だけ、というにはサイラスの知識の偏りに説明がつかない。

 母を誤解し憤りを感じてシェリルをぞんざいに扱った父と、母に対する恩や罪悪感で息子の選択肢を排除したアシュフィールド公。
 そこにいったいなんの違いがあるのか、シェリルにはわからなかった。
 
「親の報いを子に押しつけないでください」

 わかるのは、サイラスがシェリルの婚約者として育てられ、それ以上でも以下でもない扱いを受けていそうだ、ということだけだ。

 当のサイラスは今頃、庭園あたりを父と一緒に走っているのだろう。まさか他家の当主を一人で――アリシアの時のように喝を飛ばすだけ、ということはないはずだ。
 困惑と憔悴の混じった顔で走る父の横で、何もおかしいと思っていなさそうな顔で走っているサイラスを想像し、シェリルは小さく息を吐く。

「婚約のお話ですが――」

 自らの扱いが不当であるなどとは微塵も思わず、どうして利がないのに婚約者なのか疑問にすら思っていない。
 ただただ、シェリルの婚約者になるために育てられた。それがサイラス・アシュフィールドなのだとわかり、シェリルはアシュフィールド公を見据える。
 
「アシュフィールド家にサイラス様が必要ないのでしたら、私がもらいます」
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