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今日も馬車には、早朝の仕事があるらしい。
まだ薄靄の残る屋敷の前庭で、眠たげな馬たちを起こせば、彼らは怪訝そうに鼻を鳴らし、頭を振る。
それはまるで、「今日も行くの?」と諦めと哀れみを混ぜて問いかけているようだった。
けれど、私はそれに答える代わりにスカートの皺を伸ばした。行くと決めたからには、行かなくては。あの沈黙の奥に、まだ何かあると信じたいから。
グレイブ邸はいつ来ても静かだ。
風の音すら遠慮しているようで、門の前に立つだけで胸の奥がきゅっと縮む。
冬がまだここだけに居座っているみたい——そう思いながら、私は深呼吸をひとつついた。
今日は少しでも明るい話をしよう。
昨日よりも、ほんの少しだけでも笑ってほしかった。
「ごきげんよう、グレイブ様」
「……ああ」
扉を開け、挨拶を交わす。それは、聞き慣れた声のはずだった。けれど、今日は言葉そのものが、冷えきった空気に溶けていくように冷たかった。
重たい沈黙が落ちる。
部屋の奥の窓辺のカーテンがわずかに揺れ、そこに確かに光はあるのに、暖かさだけが欠けていた。
「最近、町では春祭りの準備が始まっているんです」
私は無理に笑みを作って話題を出した。
「子どもたちが花冠を作るんですよ。——グレイブ様は作られたことが?」
「……覚えていない」
短い返事。長い沈黙。
言葉を失った部屋に、時計の針の音だけが響く。それがやけに大きく感じられて、自分の息さえ邪魔に思えた。
彼の視線は私を通り越して、どこか窓の外、遠くの景色を見ているようだった。机の上の指先が、わずかに動く。光を受けた関節の白さに、妙な痛々しさがあった。
——寒いのだろうか。
思わず口を開きかけて、すぐに閉じた。簡単な問いでは、彼はきっと頷くばかりで、それよりかはもっと華やかな話題の方がきっと喋ってくれるはずだ。
私は紅茶を注ぎ、わざと明るい声で言った。
「そうですか!なら、一緒に作りましょう。実は材料も持ってきてて——」
「いい」
その確かな拒絶は、まるで刃物で空気を裂いたようだった。
一瞬、茶器の音が止み、部屋の中からすべての色が抜け落ちた気がした。
胸の奥がひやりと冷たくなる。
どうして、そんな言い方をするの。
どうして、そんな目をするの。
彼の視線が私の頬をかすめ、机の上で止まる。
まるで私という存在を避けるように。
唇は結ばれ、息の気配すら感じられない。沈黙が、言葉よりも鋭く胸を刺した。
返す言葉を探しても、何も出てこない。
口を開けば、自分自身が壊れてしまいそうだった。
私はただ、紅茶のカップに視線を落とした。
琥珀色の液面がわずかに震え、そこに私の顔がゆらゆらと歪む。
映る像は揺れ、まるで私自身の心を写しているみたいだ。
窓の外では、風が木々を揺らしていた。
外では確かに時間は流れているというのに、部屋の中の時間だけが、取り残されたように重たく進まない。
——沈黙。
また、いつもの沈黙のはずだ。
けれど、今日はそこに棘のようなものが混じっていた。見えない何かが、確かに私たちの間にあった。
私は笑みを崩さないまま、そっとカップを口に運ぶ。味がしなかった。
紅茶はまだ温かいのに、指先はもう冷え切っていた。
まだ薄靄の残る屋敷の前庭で、眠たげな馬たちを起こせば、彼らは怪訝そうに鼻を鳴らし、頭を振る。
それはまるで、「今日も行くの?」と諦めと哀れみを混ぜて問いかけているようだった。
けれど、私はそれに答える代わりにスカートの皺を伸ばした。行くと決めたからには、行かなくては。あの沈黙の奥に、まだ何かあると信じたいから。
グレイブ邸はいつ来ても静かだ。
風の音すら遠慮しているようで、門の前に立つだけで胸の奥がきゅっと縮む。
冬がまだここだけに居座っているみたい——そう思いながら、私は深呼吸をひとつついた。
今日は少しでも明るい話をしよう。
昨日よりも、ほんの少しだけでも笑ってほしかった。
「ごきげんよう、グレイブ様」
「……ああ」
扉を開け、挨拶を交わす。それは、聞き慣れた声のはずだった。けれど、今日は言葉そのものが、冷えきった空気に溶けていくように冷たかった。
重たい沈黙が落ちる。
部屋の奥の窓辺のカーテンがわずかに揺れ、そこに確かに光はあるのに、暖かさだけが欠けていた。
「最近、町では春祭りの準備が始まっているんです」
私は無理に笑みを作って話題を出した。
「子どもたちが花冠を作るんですよ。——グレイブ様は作られたことが?」
「……覚えていない」
短い返事。長い沈黙。
言葉を失った部屋に、時計の針の音だけが響く。それがやけに大きく感じられて、自分の息さえ邪魔に思えた。
彼の視線は私を通り越して、どこか窓の外、遠くの景色を見ているようだった。机の上の指先が、わずかに動く。光を受けた関節の白さに、妙な痛々しさがあった。
——寒いのだろうか。
思わず口を開きかけて、すぐに閉じた。簡単な問いでは、彼はきっと頷くばかりで、それよりかはもっと華やかな話題の方がきっと喋ってくれるはずだ。
私は紅茶を注ぎ、わざと明るい声で言った。
「そうですか!なら、一緒に作りましょう。実は材料も持ってきてて——」
「いい」
その確かな拒絶は、まるで刃物で空気を裂いたようだった。
一瞬、茶器の音が止み、部屋の中からすべての色が抜け落ちた気がした。
胸の奥がひやりと冷たくなる。
どうして、そんな言い方をするの。
どうして、そんな目をするの。
彼の視線が私の頬をかすめ、机の上で止まる。
まるで私という存在を避けるように。
唇は結ばれ、息の気配すら感じられない。沈黙が、言葉よりも鋭く胸を刺した。
返す言葉を探しても、何も出てこない。
口を開けば、自分自身が壊れてしまいそうだった。
私はただ、紅茶のカップに視線を落とした。
琥珀色の液面がわずかに震え、そこに私の顔がゆらゆらと歪む。
映る像は揺れ、まるで私自身の心を写しているみたいだ。
窓の外では、風が木々を揺らしていた。
外では確かに時間は流れているというのに、部屋の中の時間だけが、取り残されたように重たく進まない。
——沈黙。
また、いつもの沈黙のはずだ。
けれど、今日はそこに棘のようなものが混じっていた。見えない何かが、確かに私たちの間にあった。
私は笑みを崩さないまま、そっとカップを口に運ぶ。味がしなかった。
紅茶はまだ温かいのに、指先はもう冷え切っていた。
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