醜貌の聖女と呼ばれ、婚約破棄された公爵令嬢ですが、実は本物の聖女だったので王国が滅びかけています

きまま

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聖女の力で祝福を得るにはそれ相応の代償が必要となる。
母を助けたとき、部屋が変わり果てたように、花が背を伸ばしたとき、花瓶が割れたように、民を助けたときもまた、代償を受けねばならない。
それが、感情の喪失だった。



窓から一つ風が吹く。それはフリンズの言葉を拐うように部屋を巡り、やがて、彼の胸へと落ちた。

「そうですか……」

彼は一つため息を吐く。
リリエルに拒絶されたことには特段、怒りだとかは感じていなかった。しかし、自分の中にある恋情がどうにも消費できそうになく、燻らせてしまうばかりになってしまう、と悩む。
側室の一人や二人、決めれば良さそうなものだが、リリエルに渡せる愛情は彼女だけのものだけだし、誰か側室を招いてそれに充てがうのはどうやら、彼の性分には合わなそうだった。

フリンズはしばらく黙り、言葉を選んでいた。ただ、胸の奥に沈殿して消えなかった感情を、形にするための言葉が必要だった。

「……感情が分からないままでも、構いません」

その声は低く、穏やかで、しかし、一切の躊躇はなかった。

リリエルは仮面の奥で、瞬きを一つする。胸の内に波立つものはなく、驚きも喜びも痛みもない。それでも、その言葉は確か胸の奥の奥底に届いていた。

「私を愛せなくてもいい。喜びを分かち合えなくても、悲しみを共有できなくても……。それでも、あなたの隣に立つことを許してもらえませんか」

その選択はただ一人の人間として、彼女の存在を肯定するという決断だった。
フリンズはゆっくりと手を差し出す。
触れようとはしない。求めもしない。
その曖昧に近づき遠のく距離は彼女が自分で選ぶためのものだった。

リリエルは差し出された手を見つめた。
そこに触れたいという衝動はない。
しかし、不思議とその手を拒む理由も見つからなかった。

その声音は穏やかで、しかし、逃げ場のない覚悟を孕んでいた。
求めるわけでもなく、縋るわけでもなく、唯一人を決めた声音だった。

リリエルはその言葉を受け止め、しばらく動かなかった。
胸の内に波立つものはない。やはり喜びも戸惑いも恐怖さえも湧き上がらない。
それでも、なぜかその場に立ち尽くすことだけはできなかった。

気づけば、彼女は一歩だけ前に出ていた。無意識だった。
理由も衝動も自覚もできない。ただ、距離がそこにあったから、それを嫌ったから、縮めただけのような一歩だった。

そして、ほんの僅かに指先を触れ、確かめるように、告げる。

「……隣に立つことは、許します」

その声は静かに淡々と落ちる。
フリンズはすぐに返事をしなかった。
差し出した手を引くことも、近づくこともせず、ただ彼女の言葉が空気に馴染むまで待っていた。

「ですが、それだけです。外交もしませんし、跡取りも作りません。……それでも宜しいのですか」

フリンズはその言葉を遮らず、最後まで聞いた。王として求められる未来を、彼女はすべて否定している。それを理解したうえで、彼は小さく息を吐いた。

「ええ、構いません。あなたの好きなようにしてください。……私も私の好きなようにしますから」

フリンズはゆっくりと頷く。その仕草には迷いも後悔もなかった。
差し出したままだった手をほんの僅かに引き寄せ、しかし、触れようとはしない距離に留める。

それだけで今は十分だった。
リリエルはその様子を仮面の奥から静かに見つめていた。胸の奥は凪いだままでそれでも、立ち去ろうとは思わなかった。

静かな部屋に風がもう一度姿を現す。白布が揺れ、差し込む光が揺れ、明るい斜線が床をなぞった。
二人は並んで立っていた。それ以上でも、それ以下でもない距離で。

--完--
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