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第十二章 姉弟の探検

52.共同作業

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 診察に来てくれたパリーニは、なんでそんなところで寝てしまったのかとフローリアを叱りつけた。しょげたお姫様は理由を簡単に話すと、聡明な医師は思いもよらぬことを言い始めて彼女を驚かせる。なにかの装置と考えられるのであれば、外から壊してしまえば良いのではないかと言うのだ。

「そんなことして何が起こるかわからないではありませんか!
 パリーニ様ともあろうお方がそんな無茶を言うなんて驚き!」

「うふふ、冗談ですよ、お手上げと言いたかったのです。
 私の専門は医療のみですから他は全く分かりません」

「暗号のような物であれば国王陛下がお詳しいのではございませんか?
 戦場では暗号でやり取りするのですよね?」

「ああ、確かにそれは名案です。
 しかしお父様は今お母様と旅行へ行ってますし……
 まったく年明けの準備と言い訳をして、いちゃいちゃするのは止めてもらいたいのです」

「それならギルガメス様に伺ってみては?
 陛下から座学で学んでいるかもしれませんよ?」

「ああ、ギルね……
 あの子はすぐ泣くから一緒に遊びたくないのよね。
 もう十一歳なんだからしっかりしないと。
 あと五年で大人なのですよ?」

「あらあら、随分辛辣ですこと。
 フローリア様が大人びて優秀すぎるのがいけないんですよ?
 きっと間もなく頼もしい男性になりますって」

「それならいいのだけれどねえ。
 でもあんまりのんびりしていたら弟に抜かれちゃうかも。
 いちゃいちゃしてるお母さまたちに、いつ次の子供できるかわからないのだから」

 パリーニは口に含んでいたお茶を吐きだしそうになるのをこらえるので精いっぱいだった。確かに早熟で知識豊富なフローリアと言えど、ここまで真っ直ぐにそんな話をするとは思わなかったのだ。まさかとは思うが自分の秘密も知られているのではないかと急に落ち着きを失ってしまい目が泳ぎ始める。

「まあでもお父様はもうお年だから無理かもしれないわね。
 お母さまはまだまだ熟れ時だけど平気なのかしら。
 ねえパリーニ様はどう思います?」

「ど、ど、どど、うって、そんなご無礼なこと言えません!
 フローリア様も具合よくないのですから大人しく寝ていましょうね」

「だって女同士では子供作れないではありませんか。
 お母さまはともかくパリーニはそれでもいいの?」

 やはり知られていた! 高齢になった母を継いで、と言うわけではなかったのだが、ある時あまりに寂しそうにしていたクラウディア様の誘いについ乗ってしまった。それから何年も続いている秘密の関係で、城の中に籠り男性経験も女性経験も無かったパリーニにとって初めてで唯一の相手である。

「ど、ど、どうして、い、いつからそれを……?
 他の方に漏らしてはおりませんよね?」

「それは当然、言いふらすのは野暮ではないですか。
 私は別に気にしないし悪いこととも思いませんけどね。
 隠しているところがまた背徳感を煽って燃えるのではありませんか!」

「も、もう、フローリア様! おやめください!
 恥ずかしくて顔が燃えるようです!」

 純朴な医師は両手で顔を押さえて隠している。しかしおませな姫様はクスクスと笑いながら冷やかし続けており、耐え切れなくなったパリーニは顔を押さえたままで部屋から出ていった。一人残されたフローリアの部屋にまた静寂が戻る。

 母よりもいくつか年上のパリーニは、実のところ父が同じなので姉妹である。しかし離れすぎていてピンと来ないし、幼いころから同じような付き合い方なので急に変えることもできない。それに彼女の母であるシャラトワは正室と側室の差もあるのだから気にしないでいいと言っていた。だからと言って高圧的であったり命令したりはしないようには心がけている。まあそんな気楽な関係である。


 ひと眠りした後、運ばれてきた果物を食べていると元気が戻ってきた。これならもう動けるだろうが、ここで再び倒れでもしたら仕返しとして苦い薬を飲まされてしまう。もちろん部屋の外には今朝ここまで抱えて来てくれた世話係が二度目の無いようにと付きっきりで見張っている。

 脱出は仕方なく我慢することにして先ほどの続き、例の数字について考えを巡らせることにした。パリーニがヒントをくれたようにやはり暗号だと考えるのが妥当かもしれない。だが暗号学についてはさっぱりわからず文献を探そうにも部屋からは出られない。そこへちょうどいい顔が現れた。

「フロー? 具合はどうだ?
 パリーニが教えてくれたから覗きに来たんだけど我に何か用か?」

「あらギル! いいところに来たわね。
 そうなのよ、あなたに教えてほしいことがあったの」

「えっ! 我に教えてほしいだって?
 冗談はやめてくれ、フローが知らなくて我が知ってることなどなにもないだろうに」

「冗談でも嘘でもないわよ、暗号のこと教えてほしいの。
 数字を使ったものなのだけれど――」

 フローリアは訝(いぶか)しむ弟へ例の文字について解説した。さすがに飲みこみは早く、十六進数についてもすぐに理解したようだ。

「これが暗号だとして、答えは必ず数字なのかい?
 文章とか文字の可能性もあるのだろ?」

「可能性だけで話をしたらキリがないわ。
 今のところはその入力装置が数字にしか対応して無さそうな事。
 そして四桁である可能性が高いことが数字である根拠ね。
 でも四つ目を間違えた段階で入力不可になることもあるわねえ。
 そうすると答えは無限に広がっちゃうかも」

「現段階で判明している文字は三つ。
 もっとたくさんある可能性もあるのか……
 なかなか難題だ、しかし戦場(いくさば)の暗号は解かせること前提だからね。
 これを作った者がそう考えてくれているといいのだがな」

「うーん、解かせる気がないほど難しく作る可能性?
 いやいやだったらそんなもの初めから作らないと思うのよ。
 だから絶対解けるに決まってるわ。
 王城の奥底に隠されている暗号と秘密の何か、どう?」

「うん、すっごく楽しくなってきた!
 じゃあこんなのはどうかな。
 これがこうであるだろ? それでこっちにこうなって――」

 小さき姉弟は夢中になって暗号について話し合っている。王子はいつの間にか格好つけることを辞め素に戻っているし、姫様は目を輝かせて弟に声をかける。これは二人が今までで一番長く話をし同じ物を見ている時間だったかもしれない。

 扉の向こうからは世話係が目を細めて覗いている。こう言った出来事を王妃様へご報告し、感謝の言葉をいただくのがこの老紳士にとって最上の喜びでだった。
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