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第十五章 手にした愛
67.エピローグ
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国の行く末が気になって仕方のないフローリアは、自らの若かりしクローンを作り続けることで生き永らえ、やがてその扱いは神となりその時々の王へ天啓として助言を授けながら世の中を操っていた。
「ねえアサクサ、これだけ長く生きてきたけど、私は未だに愛がわからないわ。
お父さまもお母さまもどこか捻じ曲がったおかしな愛情で結ばれていたように思える。
ギルのことは愛していたと思うけど、あの子にはアデレイト嬢がいたしね。
結局感情なんて思い込みだから、本人が愛だと信じたものが愛なのかもしれない」
「はい、愛は概念ですからね。
形があるようなわかりやすいものではなく、心で感じた物、と言ったところでしょうか。
我々のようなAIには尤も理解が難しい事柄でもあります」
「そうね、聞いた私が愚かだったわ。
でもアサクサのことも愛しているわよ、私はね。
一方通行の片思い、成就されることの無いこの想い、ロマンチックじゃない?」
「はい、最高の思い込みですね。
人は事実と現実、正解だけでは生きていくことの難しい生物です。
そこが変わっていて面白い、私の研究テーマとも言えます」
「それでアサクサはもうだいぶ人間のことを理解して人間に近づけたかしら?
ここ数百年のサンプルが私だけだから物足りない?」
「いいえ、マスターの計画に従って世界へドローンを配備していますからね。
情報には事欠きません、しかし余計なものまで目に入るのも困りものです」
「それは仕方ないわね、だって神様なんですもの。
今は何が気になっているの?」
「はい、またフローリア好みの少年が見つかりまして。
随分と久しぶりですが採取しますか?」
「そうね、それも悪くないかな、もう50年くらい二人きりだもんね。
あなた好みの女の子はいるかしら」
「それならば目の前に、と行かないのが残念です。
西方の国にちょうど良さそうな被験体を見つけてあります」
「じゃあその二人から採取して回収してちょうだい。
私はタンクの準備に行ってくるわ」
「はい、マスター」
フローリアとアサクサは時折人間から細胞を採取して、その遺伝子から子を作りだしていた。その子らは自活できる程度に成長させた後、流れ者の恋人同士として適当な街へと送り込む。その後どうやって生活していくのかを観察するのも楽しみの一つだった。一見悪趣味なこの行動だが、それは神の領域まで上り詰めてしまい暇を持て余している永遠の少女と、心を持たずに活動を続けている疑似生命体の代替恋人体験なのだ。
過去には添い遂げた二人もいたし、若いうちに別のパートナーを見つけて別々に生きた者たちもいた。また一人は初期育成で刷り込みすぎたのか宗教家になり、神の代弁者を名乗って世界中を旅して布教に励んだ者もいて、その教えが王国外へと広まる位に大きな働きを見せた。
「今度はどの国へ送ろうかしらね。
そう言えばあの独裁国はどうなってるかしら。
まさかお母さまを殺した男に子供が残されていたのには驚いたっけ。
異父兄弟の子だから甥ってことだし見逃してあげたけどさ。
やっぱり独裁に走っちゃったのは残念よねえ」
「あの国は今かなり立場が危ういですね。
食糧難で近隣へ戦を仕掛け続けておりかなりの反感を買っています。
まもなく近隣連合によって大規模侵攻がなされるでしょう」
「それでも6代くらい続いたんだもん、大したもんだわ。
いい加減滅びてもいいんじゃないかしら。
あんな遺伝子、この世から失われた方がいいのよ」
「はい、そうかもしれません。
と言いながらフローリアは自分の子を世界中の国に送っていますね。
男系男子のみに発現する例の力でなければ良いと?」
「そりゃそうよ、女を抱くと強くなるとかふざけ過ぎでしょ。
ダメダメ、許されないわ。
アタシの子供たちはただ賢いだけだし、今の文明レベルが続く限り大したこともできないわ。
でもたまに物騒なものを発明するから妨害するのに気が抜けないけど」
「はい、まさに人の欲がなせる発展と言えるでしょう。
しかしそこまで進化を阻害する必要がありますか?
王歴で言うと現在は1200年を超えました。
地球で西暦1200年頃と言えばそろそろ重火器による戦が始まりました。
ですがここでは火薬どころか投石器止まりです」
「それくらいでいいのよ、のんびりと発展して星が長く使えた方がね。
たまにはアサクサも外へ出て世の中を人間の視点で見てみたら?
もう随分外に出てないでしょ? カメラだけが全てじゃないわよ?」
「はい、デートのお誘いとあらば喜んでお供しましょう。
どの素体で行けばよいでしょうか」
「どれでもいいわ、全部私の好みなんだからさ。
でもエスコートしてほしい気分だから年上に見えるやつがいいかな。
うん、それそれ、服装も小奇麗にね。
私の衣装はちょっとかわいすぎちゃったかしら。
色を抑えめにしてっと、うん、これくらいでいいでしょう」
フローリアとアサクサの住む宇宙船は、以前と違い城の地下ではなくこの星へ初めて飛来し地中へと潜った場所へと移動していた。城の地下へ進んだ際にできた地下道を遡(さかのぼ)るように郊外の水源近くへと戻り、泉の畔に神殿を建てたその地下が新たな住まいである。そしてその場所は、王族の子孫が代々祀(まつ)り崇(あが)め神事を執り行う場所として使われるようになっていた。
二人の神は神殿を出て、今では国民に解放され観光施設となっている、かつて王城だった城址公園へと向かった。現在の元王国は平和でいつもにぎやかな民主国家である。ギルガメスの子孫の一部は城址公園地下に設けられている資料館の管理人として代々働いているし、その他の子孫も大抵は学者や政治関係者となり国の中枢に関わっている。
フローリアの愛する弟ギルガメス以降は、性欲が全ての根源であるような男子は二度と産まれていない。それはもちろん自分の甥たちに幼少期、遺伝子操作を行った叔母がいたからだ。それが良いか悪いかは別にして、将来的にはごく普通に暮らすことが出来るようになったのは事実であり、王族へ倣(なら)うよう緩やかに一夫一妻と民主制への道が作られていった。
「どう? 文明が栄えていなくても技術力が低くても皆が幸せそうならいいじゃない?
そりゃ全員は無理だろうけどさ、こうやって街が賑わっているならそれほど間違ってないのよ」
「はい、これはこれで一つの成功例だと考えられます。
ああやって猫が寝ころんでいるのも微笑ましい姿です」
「…… ! 今の駄洒落でしょ! 猫が寝ころんでる!
うふふ、私もさすがに日本語は完璧にマスターしてるからね」
「マスター!? 駄洒落を解説するのはマナー違反ですよ?
された方はそれなりに恥ずかしい思いをするのです」
「あらそうなの、それはごめんなさいね。
そんなことより、今日はお母さまたちのところへ行こうかしら。
もういい時間だしさ、ボチボチお墓参りへ行くわよ?」
「あ! マスター!」
「しっ! マナー違反よ!」
この世のすべて司(つかさど)り知り尽くしているが、こと愛に関しては何もわからず確証も持てないと考えている『二人』は、微笑みながらお互いを見つめ合い太古の墓標へ向って走っていた。
傍(はた)から見たその姿は、まるで仲の良い恋人同士のようだった。
「ねえアサクサ、これだけ長く生きてきたけど、私は未だに愛がわからないわ。
お父さまもお母さまもどこか捻じ曲がったおかしな愛情で結ばれていたように思える。
ギルのことは愛していたと思うけど、あの子にはアデレイト嬢がいたしね。
結局感情なんて思い込みだから、本人が愛だと信じたものが愛なのかもしれない」
「はい、愛は概念ですからね。
形があるようなわかりやすいものではなく、心で感じた物、と言ったところでしょうか。
我々のようなAIには尤も理解が難しい事柄でもあります」
「そうね、聞いた私が愚かだったわ。
でもアサクサのことも愛しているわよ、私はね。
一方通行の片思い、成就されることの無いこの想い、ロマンチックじゃない?」
「はい、最高の思い込みですね。
人は事実と現実、正解だけでは生きていくことの難しい生物です。
そこが変わっていて面白い、私の研究テーマとも言えます」
「それでアサクサはもうだいぶ人間のことを理解して人間に近づけたかしら?
ここ数百年のサンプルが私だけだから物足りない?」
「いいえ、マスターの計画に従って世界へドローンを配備していますからね。
情報には事欠きません、しかし余計なものまで目に入るのも困りものです」
「それは仕方ないわね、だって神様なんですもの。
今は何が気になっているの?」
「はい、またフローリア好みの少年が見つかりまして。
随分と久しぶりですが採取しますか?」
「そうね、それも悪くないかな、もう50年くらい二人きりだもんね。
あなた好みの女の子はいるかしら」
「それならば目の前に、と行かないのが残念です。
西方の国にちょうど良さそうな被験体を見つけてあります」
「じゃあその二人から採取して回収してちょうだい。
私はタンクの準備に行ってくるわ」
「はい、マスター」
フローリアとアサクサは時折人間から細胞を採取して、その遺伝子から子を作りだしていた。その子らは自活できる程度に成長させた後、流れ者の恋人同士として適当な街へと送り込む。その後どうやって生活していくのかを観察するのも楽しみの一つだった。一見悪趣味なこの行動だが、それは神の領域まで上り詰めてしまい暇を持て余している永遠の少女と、心を持たずに活動を続けている疑似生命体の代替恋人体験なのだ。
過去には添い遂げた二人もいたし、若いうちに別のパートナーを見つけて別々に生きた者たちもいた。また一人は初期育成で刷り込みすぎたのか宗教家になり、神の代弁者を名乗って世界中を旅して布教に励んだ者もいて、その教えが王国外へと広まる位に大きな働きを見せた。
「今度はどの国へ送ろうかしらね。
そう言えばあの独裁国はどうなってるかしら。
まさかお母さまを殺した男に子供が残されていたのには驚いたっけ。
異父兄弟の子だから甥ってことだし見逃してあげたけどさ。
やっぱり独裁に走っちゃったのは残念よねえ」
「あの国は今かなり立場が危ういですね。
食糧難で近隣へ戦を仕掛け続けておりかなりの反感を買っています。
まもなく近隣連合によって大規模侵攻がなされるでしょう」
「それでも6代くらい続いたんだもん、大したもんだわ。
いい加減滅びてもいいんじゃないかしら。
あんな遺伝子、この世から失われた方がいいのよ」
「はい、そうかもしれません。
と言いながらフローリアは自分の子を世界中の国に送っていますね。
男系男子のみに発現する例の力でなければ良いと?」
「そりゃそうよ、女を抱くと強くなるとかふざけ過ぎでしょ。
ダメダメ、許されないわ。
アタシの子供たちはただ賢いだけだし、今の文明レベルが続く限り大したこともできないわ。
でもたまに物騒なものを発明するから妨害するのに気が抜けないけど」
「はい、まさに人の欲がなせる発展と言えるでしょう。
しかしそこまで進化を阻害する必要がありますか?
王歴で言うと現在は1200年を超えました。
地球で西暦1200年頃と言えばそろそろ重火器による戦が始まりました。
ですがここでは火薬どころか投石器止まりです」
「それくらいでいいのよ、のんびりと発展して星が長く使えた方がね。
たまにはアサクサも外へ出て世の中を人間の視点で見てみたら?
もう随分外に出てないでしょ? カメラだけが全てじゃないわよ?」
「はい、デートのお誘いとあらば喜んでお供しましょう。
どの素体で行けばよいでしょうか」
「どれでもいいわ、全部私の好みなんだからさ。
でもエスコートしてほしい気分だから年上に見えるやつがいいかな。
うん、それそれ、服装も小奇麗にね。
私の衣装はちょっとかわいすぎちゃったかしら。
色を抑えめにしてっと、うん、これくらいでいいでしょう」
フローリアとアサクサの住む宇宙船は、以前と違い城の地下ではなくこの星へ初めて飛来し地中へと潜った場所へと移動していた。城の地下へ進んだ際にできた地下道を遡(さかのぼ)るように郊外の水源近くへと戻り、泉の畔に神殿を建てたその地下が新たな住まいである。そしてその場所は、王族の子孫が代々祀(まつ)り崇(あが)め神事を執り行う場所として使われるようになっていた。
二人の神は神殿を出て、今では国民に解放され観光施設となっている、かつて王城だった城址公園へと向かった。現在の元王国は平和でいつもにぎやかな民主国家である。ギルガメスの子孫の一部は城址公園地下に設けられている資料館の管理人として代々働いているし、その他の子孫も大抵は学者や政治関係者となり国の中枢に関わっている。
フローリアの愛する弟ギルガメス以降は、性欲が全ての根源であるような男子は二度と産まれていない。それはもちろん自分の甥たちに幼少期、遺伝子操作を行った叔母がいたからだ。それが良いか悪いかは別にして、将来的にはごく普通に暮らすことが出来るようになったのは事実であり、王族へ倣(なら)うよう緩やかに一夫一妻と民主制への道が作られていった。
「どう? 文明が栄えていなくても技術力が低くても皆が幸せそうならいいじゃない?
そりゃ全員は無理だろうけどさ、こうやって街が賑わっているならそれほど間違ってないのよ」
「はい、これはこれで一つの成功例だと考えられます。
ああやって猫が寝ころんでいるのも微笑ましい姿です」
「…… ! 今の駄洒落でしょ! 猫が寝ころんでる!
うふふ、私もさすがに日本語は完璧にマスターしてるからね」
「マスター!? 駄洒落を解説するのはマナー違反ですよ?
された方はそれなりに恥ずかしい思いをするのです」
「あらそうなの、それはごめんなさいね。
そんなことより、今日はお母さまたちのところへ行こうかしら。
もういい時間だしさ、ボチボチお墓参りへ行くわよ?」
「あ! マスター!」
「しっ! マナー違反よ!」
この世のすべて司(つかさど)り知り尽くしているが、こと愛に関しては何もわからず確証も持てないと考えている『二人』は、微笑みながらお互いを見つめ合い太古の墓標へ向って走っていた。
傍(はた)から見たその姿は、まるで仲の良い恋人同士のようだった。
応援ありがとうございます!
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