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サプライズ
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土曜日の朝、少し遅めに目覚めた私は顔を洗ってからリビングへ向かった。お父さんは昨晩相当遅くに帰って来たようだ。帰ってきたことはわかったけど、眠くて眠くて起きて出迎えるのは無理だった。
リビングへ入りふとテーブルに目をやると、なにから見慣れない箱が置いてある。古めかしく変色してしまっているその化粧箱にはカリグラフィーペンとペン先の並ぶイラストが描かれている。
そしてきれいなアルファベットの筆記体で商品名やメーカー名が印刷されていて、見ているだけで気持ちが高まってくる。
「これ! きっと私のために見つけて来てくれたんだ!
お父さんありがとう!」
思わず大声を出してしまい慌てて口をふさいだ私は、お父さんが起きてくるのを待ちきれず、目の前にある箱のふたをそっと外した。
その中にはニブと呼ばれるペン先がいくつかとペンホルダーが数種類、オブリークタイプのホルダーまで! そのほか何種類かのインクボトルも入っていた。
「――これは!?」
一枚の小さなカード、どうやら和紙でできているようだ。その真ん中に一言だけ描いてあるのは……
『for Asami』
黒、いや、濃紺のインクで書かれたその言葉は、シンプルだけど私の心を激しく打った。お父さんがお願いしてくれたか何かで、私のために誰かが譲ってくれたのだろう。
もういてもたってもいられずホルダーへニブをセットする。インク瓶の一つを手に取りキャップを回して外してみると、そこにはスポイトがついている。確かこれでペン先へインクを足していくんだっけ。
自分の部屋から練習用紙を持ってきて目の前に置く。一緒に入っていたガラスの小皿に水を少し貼って準備は万端である。
基本の線を描いてみるとその滑らかさに驚いた。初めて手にしたオブリークホルダーが描いていく線は、安定した線の太さと返しの良さが心地よい。
何本かの線といくつかの文字を描いた後、私はこの間スマホケースに使った厚手の紙を用意し、ハサミで二枚、長方形に切り出した。
その紙にエンピツで薄くガイドラインを引いてから文字を描き入れる。
『Thank You』
インクが渇くのを待って片方の端にパンチで穴をあける。そこへリボンを通し、軽く結んでから先端を切りそろえたら完成だ。
「うんうん、いい感じ」
もう独り言なんて気にしないのだ。この喜びを自分の中だけに留めておくなんて、それこそ不健全でもったいないことである。と自分へ言い聞かせた。
ガイドラインを消しゴムでこすっていくと、その手漉き風の用紙は軽く毛羽立ったようになった。それもまたいい味を出しているように思え、私は大満足で大きな伸びをした。
「おはよう、なんだ先に気が付かれてしまったな。
中古で悪いけど新しいのが見つかったら買ってあげるから、それまではこれで我慢してくれ」
「お父さん! おはよう!」
私は立ち上がりながら振り返り、そのままお父さんへ飛び込んでギュッと抱きしめた。
「ありがとう! 本当にありがとうね!
私どこにもいかないよ、ずっとお父さんと一緒にいるからさ」
「おいおい、何の話をしてるんだ?
まったく麻美は大げさだなあ」
「うん…… だってすごくうれしかったから……」
私はいつの間にか流れ出ていた涙を拭うこともせず、お父さんへしがみついたまま喜びの気持ちを隠すことなく、ありがとうと何度も呟いた。
◇◇◇
朝食の後、このペンセットが家へやってきた経緯を聞いていた。
「知り合いが昔使っていてしまっておいたものをいただいてきたんだ。
元は結構古いものらしいけど、ペン先やインクはまだまだ使えると言っていたな。
父さんにはよくわからないけど、欲しかったのはこういうものであってたなら良かったよ」
「すごいよこれ、さっそく描いてみたんだけど、まるでずっと前から使ってたみたいに馴染むの。
きっと私に使ってもらいたくて出番を待ってたに違いないね。
「ずいぶんメルヘンチックなことを言うんだな。
でもそんなに喜んでくれるなんて思ってなかったからびっくりしたよ。
てっきり怒られるんじゃないかと覚悟していたのに」
私は笑顔で大きく首を振った。初めて手にした本格的なカリグラフィーのセットだもん。不満なんてあるはずない。それにお父さんにも行ったけど、本当に不思議なくらい手に馴染むのだ。
まるで何年も使ってきたような握り心地、なめらかに思ったような線を描いてくれるニブ、どちらも今まで使っていたごく普通の万年筆とは違うものだ。
やっぱり専用の道具は違うのかと驚くと同時に、これでまた描くのが楽しくなることに心を躍らせるのだった。
興奮したままの私は、うっかり忘れてしまいそうになっていたものをお父さんの前に差し出した。
「簡単なものだけどしおりを作ってみたよ。
これをくれた会社の人の分もあるから渡してね」
「あ、ああ、うん、渡しておくよ。
しおりを貰ってしまったからには、何か本を読まないといけないな」
お父さんは笑いながら二枚のしおりを受け取った。
リビングへ入りふとテーブルに目をやると、なにから見慣れない箱が置いてある。古めかしく変色してしまっているその化粧箱にはカリグラフィーペンとペン先の並ぶイラストが描かれている。
そしてきれいなアルファベットの筆記体で商品名やメーカー名が印刷されていて、見ているだけで気持ちが高まってくる。
「これ! きっと私のために見つけて来てくれたんだ!
お父さんありがとう!」
思わず大声を出してしまい慌てて口をふさいだ私は、お父さんが起きてくるのを待ちきれず、目の前にある箱のふたをそっと外した。
その中にはニブと呼ばれるペン先がいくつかとペンホルダーが数種類、オブリークタイプのホルダーまで! そのほか何種類かのインクボトルも入っていた。
「――これは!?」
一枚の小さなカード、どうやら和紙でできているようだ。その真ん中に一言だけ描いてあるのは……
『for Asami』
黒、いや、濃紺のインクで書かれたその言葉は、シンプルだけど私の心を激しく打った。お父さんがお願いしてくれたか何かで、私のために誰かが譲ってくれたのだろう。
もういてもたってもいられずホルダーへニブをセットする。インク瓶の一つを手に取りキャップを回して外してみると、そこにはスポイトがついている。確かこれでペン先へインクを足していくんだっけ。
自分の部屋から練習用紙を持ってきて目の前に置く。一緒に入っていたガラスの小皿に水を少し貼って準備は万端である。
基本の線を描いてみるとその滑らかさに驚いた。初めて手にしたオブリークホルダーが描いていく線は、安定した線の太さと返しの良さが心地よい。
何本かの線といくつかの文字を描いた後、私はこの間スマホケースに使った厚手の紙を用意し、ハサミで二枚、長方形に切り出した。
その紙にエンピツで薄くガイドラインを引いてから文字を描き入れる。
『Thank You』
インクが渇くのを待って片方の端にパンチで穴をあける。そこへリボンを通し、軽く結んでから先端を切りそろえたら完成だ。
「うんうん、いい感じ」
もう独り言なんて気にしないのだ。この喜びを自分の中だけに留めておくなんて、それこそ不健全でもったいないことである。と自分へ言い聞かせた。
ガイドラインを消しゴムでこすっていくと、その手漉き風の用紙は軽く毛羽立ったようになった。それもまたいい味を出しているように思え、私は大満足で大きな伸びをした。
「おはよう、なんだ先に気が付かれてしまったな。
中古で悪いけど新しいのが見つかったら買ってあげるから、それまではこれで我慢してくれ」
「お父さん! おはよう!」
私は立ち上がりながら振り返り、そのままお父さんへ飛び込んでギュッと抱きしめた。
「ありがとう! 本当にありがとうね!
私どこにもいかないよ、ずっとお父さんと一緒にいるからさ」
「おいおい、何の話をしてるんだ?
まったく麻美は大げさだなあ」
「うん…… だってすごくうれしかったから……」
私はいつの間にか流れ出ていた涙を拭うこともせず、お父さんへしがみついたまま喜びの気持ちを隠すことなく、ありがとうと何度も呟いた。
◇◇◇
朝食の後、このペンセットが家へやってきた経緯を聞いていた。
「知り合いが昔使っていてしまっておいたものをいただいてきたんだ。
元は結構古いものらしいけど、ペン先やインクはまだまだ使えると言っていたな。
父さんにはよくわからないけど、欲しかったのはこういうものであってたなら良かったよ」
「すごいよこれ、さっそく描いてみたんだけど、まるでずっと前から使ってたみたいに馴染むの。
きっと私に使ってもらいたくて出番を待ってたに違いないね。
「ずいぶんメルヘンチックなことを言うんだな。
でもそんなに喜んでくれるなんて思ってなかったからびっくりしたよ。
てっきり怒られるんじゃないかと覚悟していたのに」
私は笑顔で大きく首を振った。初めて手にした本格的なカリグラフィーのセットだもん。不満なんてあるはずない。それにお父さんにも行ったけど、本当に不思議なくらい手に馴染むのだ。
まるで何年も使ってきたような握り心地、なめらかに思ったような線を描いてくれるニブ、どちらも今まで使っていたごく普通の万年筆とは違うものだ。
やっぱり専用の道具は違うのかと驚くと同時に、これでまた描くのが楽しくなることに心を躍らせるのだった。
興奮したままの私は、うっかり忘れてしまいそうになっていたものをお父さんの前に差し出した。
「簡単なものだけどしおりを作ってみたよ。
これをくれた会社の人の分もあるから渡してね」
「あ、ああ、うん、渡しておくよ。
しおりを貰ってしまったからには、何か本を読まないといけないな」
お父さんは笑いながら二枚のしおりを受け取った。
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