20 / 376
第二章 皐月(五月)
17.五月二日 夜 総括
しおりを挟む
雑談に夢中になっていた八早月と宿は、呼士が現れ動き始めた演舞場へ視線を戻し、今はそんなことを考える場ではないと反省する。
双方構えて挨拶を終えたところでいざ仕合開始である。宿が開始の号令をかけるとどちらも激しく打ち込んでいく。正面からの立ち合いでは得物が長い分槍使いの比呂秋が有利そうだ。
しかしここで風衛門の長太刀から霧が立ち上った。三神家の神刃は気候に影響を与えるとされる霧行剣、そこから顕現された呼士が近しい能力を用いるのは当然とも言える。
この力は相手の視界を奪い反応を鈍らせるもので、通常ならば効果は絶大だろう。しかし結局はこの愚策が勝負の分かれ目となり、技量にとてつもない差がない限りは槍が剣に勝つのは必然と言え、最終的に比呂秋の勝利で終わった。
「お互い良く戦いました。
一定の評価ができる見事な仕合であったと感じますよ。
聖も太一郎もそれなりに毀傷していますから治療に下がって構いません」
その言葉に傅いた二人は、巫女に連れられてその場から下がった。後に残されたのは当主たちのみだが、双宗聡明と三神幸太郎のどちらも表情が沈んでいるのが明らかだ。この気まずい雰囲気の中で真っ先に口を開いたのは宿である。
「まだ二日目ですが今年も難しそうですなぁ。
四宮の坊はまだ未知数ですが、その他三名はまだまだでしょう。
特に太一郎は大分伸び悩みが見て取れる」
「これはお恥ずかしい、ろくな助言が出来なくて悩んでいるのです。
できれば筆頭様や諸君らから知恵を拝借したい」
「太一郎は心配ないと思いますよ。
問題なのは呼士ではありませんか?
彼はなぜ呼士同士では通じないとわかっている術をつかうのでしょうか」
「恐らくは太一郎が自信を持てない性格なので、それが投影されているのかと。
やつは金床を前にしても、目の前の楽な結果を求めたり奇策に逃げたがる傾向がありますゆえ」
となるとやはりお互いの関係性構築に問題が生じているのかもしれない、八早月はそう考え結論付けようとしたが、五日市中より解決の糸口が提言された。
「三神殿、よろしいでしょうか。
私の経験では、刃を打つ時に邪念と言うべき何かを抱えているように見えます。
自分の作を良く見せたいだとか、評価されたいとの考えが先行しているのかと」
「確かに太一郎君にはそう言う傾向が見られますなぁ。
まだ打ち始めて間もない頃、美しい刃文の淹れ方を盛んに聞いてきたものさ。
鍛錬や温度、材質ののちょっとした違いやその他により様々だと教えましたがね」
「ふむ、そういえばあやつは何かを求め始めるとすぐに没頭す傾向がありました。
なにか上手くいかないことがあって悩んでいるのかもしれません。
明日にでもきちんと話をしてみようと思います。
いやはや子のことを他人から教わるとはお恥ずかしい」
「他人ではなく一族は家族ですからね。
いつでもどんなことでもご相談ください。
聖に関してはいかがですか?」
聖の呼士、比呂秋を顕現させているのは遠鐙槍と言い、騎馬同士の戦いにおいて相手の鐙を正確に突いて落馬させることが出来たと言う伝承が名前の由来である。ようは間合いの外と思われる遠目からでも正確に攻撃を繰り出してくることを表していると言っていいだろう。
「聖君と呼士の関係は良さそうに感じましたね。
僕はそう遠くないうちに一人前になると思っていますよ?」
「宿殿にそう言っていただけるとは光栄の極み。
とは言え当人がまだ今のままでいたいと言うのだから困ったものです。
ですが大学へ行きたいのなら行かせてやりたいですからなぁ」
「そうですよね、見聞を広めることはきっとこの先の人生にも役立つでしょう。
聡明さんはまだお若いですから師としての時間は十分残されています。
聖だって今は焦らずともいずれ良い守り手となりますとも」
「いやいや私なぞ若いなどと言うことはございません。
道八様に比べれば大分年寄りで――」
「そうですね、父が健勝ならきっと村や八岐大蛇様のお役に立てたことでしょう。
我が父のこととは言え、まったく恥ずかしい最期を迎えてしまいました」
双宗聡明は余計なことを言ってしまったと顔を伏せ冷汗をかいていたが、他の当主たちはクスクスと笑っていた。道八のことを持ちだせば八早月が腹を立てるのは周知の事実だが、こうした会合等で当主が集まる何度かに一度は誰かしらがこれほど目立つ虎の尾を踏んでしまうのだ。
ひとしきり相談も終わって時間もだいぶ遅くなったので、当主と言ってもまだ子供である八早月があくびをする回数が増えてきた。
「もう眠くて仕方ありません。
申し訳ないですが今夜はこの辺で解散しましょうか。
次の仕合は明後日、明日は我々の演舞を行いましょう」
「そのことですが、明日は本当に演舞を行うのですか?
いえ、異論があると言うわけではないのですが、結局序列通りとなるだけでは?
贄である者たちへ見せるのも、力に差があり過ぎて自信喪失になりかねません」
「中さんの言い分はもっともです。
ですから私はいいことを思いついたのです。
後ほど宿おじさまから皆さんへお伝えしてもらいますからお楽しみに」
その嬉しそうな顔を見て、何事にも動じない宿以外、全ての当主たちは生きた心地がしなかった。
双方構えて挨拶を終えたところでいざ仕合開始である。宿が開始の号令をかけるとどちらも激しく打ち込んでいく。正面からの立ち合いでは得物が長い分槍使いの比呂秋が有利そうだ。
しかしここで風衛門の長太刀から霧が立ち上った。三神家の神刃は気候に影響を与えるとされる霧行剣、そこから顕現された呼士が近しい能力を用いるのは当然とも言える。
この力は相手の視界を奪い反応を鈍らせるもので、通常ならば効果は絶大だろう。しかし結局はこの愚策が勝負の分かれ目となり、技量にとてつもない差がない限りは槍が剣に勝つのは必然と言え、最終的に比呂秋の勝利で終わった。
「お互い良く戦いました。
一定の評価ができる見事な仕合であったと感じますよ。
聖も太一郎もそれなりに毀傷していますから治療に下がって構いません」
その言葉に傅いた二人は、巫女に連れられてその場から下がった。後に残されたのは当主たちのみだが、双宗聡明と三神幸太郎のどちらも表情が沈んでいるのが明らかだ。この気まずい雰囲気の中で真っ先に口を開いたのは宿である。
「まだ二日目ですが今年も難しそうですなぁ。
四宮の坊はまだ未知数ですが、その他三名はまだまだでしょう。
特に太一郎は大分伸び悩みが見て取れる」
「これはお恥ずかしい、ろくな助言が出来なくて悩んでいるのです。
できれば筆頭様や諸君らから知恵を拝借したい」
「太一郎は心配ないと思いますよ。
問題なのは呼士ではありませんか?
彼はなぜ呼士同士では通じないとわかっている術をつかうのでしょうか」
「恐らくは太一郎が自信を持てない性格なので、それが投影されているのかと。
やつは金床を前にしても、目の前の楽な結果を求めたり奇策に逃げたがる傾向がありますゆえ」
となるとやはりお互いの関係性構築に問題が生じているのかもしれない、八早月はそう考え結論付けようとしたが、五日市中より解決の糸口が提言された。
「三神殿、よろしいでしょうか。
私の経験では、刃を打つ時に邪念と言うべき何かを抱えているように見えます。
自分の作を良く見せたいだとか、評価されたいとの考えが先行しているのかと」
「確かに太一郎君にはそう言う傾向が見られますなぁ。
まだ打ち始めて間もない頃、美しい刃文の淹れ方を盛んに聞いてきたものさ。
鍛錬や温度、材質ののちょっとした違いやその他により様々だと教えましたがね」
「ふむ、そういえばあやつは何かを求め始めるとすぐに没頭す傾向がありました。
なにか上手くいかないことがあって悩んでいるのかもしれません。
明日にでもきちんと話をしてみようと思います。
いやはや子のことを他人から教わるとはお恥ずかしい」
「他人ではなく一族は家族ですからね。
いつでもどんなことでもご相談ください。
聖に関してはいかがですか?」
聖の呼士、比呂秋を顕現させているのは遠鐙槍と言い、騎馬同士の戦いにおいて相手の鐙を正確に突いて落馬させることが出来たと言う伝承が名前の由来である。ようは間合いの外と思われる遠目からでも正確に攻撃を繰り出してくることを表していると言っていいだろう。
「聖君と呼士の関係は良さそうに感じましたね。
僕はそう遠くないうちに一人前になると思っていますよ?」
「宿殿にそう言っていただけるとは光栄の極み。
とは言え当人がまだ今のままでいたいと言うのだから困ったものです。
ですが大学へ行きたいのなら行かせてやりたいですからなぁ」
「そうですよね、見聞を広めることはきっとこの先の人生にも役立つでしょう。
聡明さんはまだお若いですから師としての時間は十分残されています。
聖だって今は焦らずともいずれ良い守り手となりますとも」
「いやいや私なぞ若いなどと言うことはございません。
道八様に比べれば大分年寄りで――」
「そうですね、父が健勝ならきっと村や八岐大蛇様のお役に立てたことでしょう。
我が父のこととは言え、まったく恥ずかしい最期を迎えてしまいました」
双宗聡明は余計なことを言ってしまったと顔を伏せ冷汗をかいていたが、他の当主たちはクスクスと笑っていた。道八のことを持ちだせば八早月が腹を立てるのは周知の事実だが、こうした会合等で当主が集まる何度かに一度は誰かしらがこれほど目立つ虎の尾を踏んでしまうのだ。
ひとしきり相談も終わって時間もだいぶ遅くなったので、当主と言ってもまだ子供である八早月があくびをする回数が増えてきた。
「もう眠くて仕方ありません。
申し訳ないですが今夜はこの辺で解散しましょうか。
次の仕合は明後日、明日は我々の演舞を行いましょう」
「そのことですが、明日は本当に演舞を行うのですか?
いえ、異論があると言うわけではないのですが、結局序列通りとなるだけでは?
贄である者たちへ見せるのも、力に差があり過ぎて自信喪失になりかねません」
「中さんの言い分はもっともです。
ですから私はいいことを思いついたのです。
後ほど宿おじさまから皆さんへお伝えしてもらいますからお楽しみに」
その嬉しそうな顔を見て、何事にも動じない宿以外、全ての当主たちは生きた心地がしなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる