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第二章 皐月(五月)
17.五月二日 夜 総括
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雑談に夢中になっていた八早月と宿は、呼士が現れ動き始めた演舞場へ視線を戻し、今はそんなことを考える場ではないと反省する。
双方構えて挨拶を終えたところでいざ仕合開始である。宿が開始の号令をかけるとどちらも激しく打ち込んでいく。正面からの立ち合いでは獲物が長い分槍使いの比呂秋が有利そうだ。
しかしここで風衛門の長太刀から霧が立ち上った。三神家の神刃は気候に影響を与えるとされる霧行剣、そこから顕現された呼士が近しい能力を用いるのは当然とも言える。
この力は相手の視界を奪い反応を鈍らせるもので、通常ならば効果は絶大だろう。しかし結局はこの愚策が勝負の分かれ目となり、技量にとてつもない差がない限りは槍が剣に勝つのは必然と言え、最終的に比呂秋の勝利で終わった。
「お互い良く戦いました。
一定の評価ができる見事な仕合であったと感じますよ。
聖も太一郎もそれなりに毀傷していますから治療に下がって構いません」
その言葉に傅いた二人は、巫女に連れられてその場から下がった。後に残されたのは当主たちのみだが、双宗聡明と三神幸太郎のどちらも表情が沈んでいるのが明らかだ。この気まずい雰囲気の中で真っ先に口を開いたのは宿である。
「まだ二日目ですが今年も難しそうですなぁ。
四宮の坊はまだ未知数ですが、その他三名はまだまだでしょう。
特に太一郎は大分伸び悩みが見て取れる」
「これはお恥ずかしい、ろくな助言が出来なくて悩んでいるのです。
できれば筆頭様や諸君らから知恵を拝借したい」
「太一郎は心配ないと思いますよ。
問題なのは呼士ではありませんか?
彼はなぜ呼士同士では通じないとわかっている術をつかうのでしょうか」
「恐らくは太一郎が自信を持てない性格なので、それが投影されているのかと。
やつは金床を前にしても、目の前の楽な結果を求めたり奇策に逃げたがる傾向がありますゆえ」
となるとやはりお互いの関係性構築に問題が生じているのかもしれない、八早月はそう考え結論付けようとしたが、五日市中より解決の糸口が提言された。
「三神殿、よろしいでしょうか。
私の経験では、刃を打つ時に邪念と言うべき何かを抱えているように見えます。
自分の作を良く見せたいだとか、評価されたいとの考えが先行しているのかと」
「確かに太一郎君にはそう言う傾向が見られますなぁ。
まだ打ち始めて間もない頃、美しい刃文の淹れ方を盛んに聞いてきたものさ。
鍛錬や温度、材質ののちょっとした違いやその他により様々だと教えましたがね」
「ふむ、そういえばあやつは何かを求め始めるとすぐに没頭す傾向がありました。
なにか上手くいかないことがあって悩んでいるのかもしれません。
明日にでもきちんと話をしてみようと思います。
いやはや子のことを他人から教わるとはお恥ずかしい」
「他人ではなく一族は家族ですからね。
いつでもどんなことでもご相談ください。
聖に関してはいかがですか?」
聖の呼士、比呂秋を顕現させているのは遠鐙槍と言い、騎馬同士の戦いにおいて相手の鐙を正確に突いて落馬させることが出来たと言う伝承が名前の由来である。ようは間合いの外と思われる遠目からでも正確に攻撃を繰り出してくることを表していると言っていいだろう。
「聖君と呼士の関係は良さそうに感じましたね。
僕はそう遠くないうちに一人前になると思っていますよ?」
「宿殿にそう言っていただけるとは光栄の極み。
とは言え当人がまだ今のままでいたいと言うのだから困ったものです。
ですが大学へ行きたいのなら行かせてやりたいですからなぁ」
「そうですよね、見聞を広めることはきっとこの先の人生にも役立つでしょう。
聡明さんはまだお若いですから師としての時間は十分残されています。
聖だって今は焦らずともいずれ良い守り手となりますとも」
「いやいや私なぞ若いなどと言うことはございません。
道八様に比べれば大分年寄りで――」
「そうですね、父が健勝ならきっと村や八岐大蛇様のお役に立てたことでしょう。
我が父のこととは言え、まったく恥ずかしい最期を迎えてしまいました」
双宗聡明は余計なことを言ってしまったと顔を伏せ冷汗をかいていたが、他の当主たちはクスクスと笑っていた。道八のことを持ちだせば八早月が腹を立てるのは周知の事実だが、こうした会合等で当主が集まる何度かに一度は誰かしらがこれほど目立つ虎の尾を踏んでしまうのだ。
ひとしきり相談も終わって時間もだいぶ遅くなったので、当主と言ってもまだ子供である八早月があくびをする回数が増えてきた。
「もう眠くて仕方ありません。
申し訳ないですが今夜はこの辺で解散しましょうか。
次の仕合は明後日、明日は我々の演舞を行いましょう」
「そのことですが、明日は本当に演舞を行うのですか?
いえ、異論があると言うわけではないのですが、結局序列通りとなるだけでは?
贄である者たちへ見せるのも、力に差があり過ぎて自信喪失になりかねません」
「中さんの言い分はもっともです。
ですから私はいいことを思いついたのです。
後ほど宿おじさまから皆さんへお伝えしてもらいますからお楽しみに」
その嬉しそうな顔を見て、何事にも動じない宿以外、全ての当主たちは生きた心地がしなかった。
双方構えて挨拶を終えたところでいざ仕合開始である。宿が開始の号令をかけるとどちらも激しく打ち込んでいく。正面からの立ち合いでは獲物が長い分槍使いの比呂秋が有利そうだ。
しかしここで風衛門の長太刀から霧が立ち上った。三神家の神刃は気候に影響を与えるとされる霧行剣、そこから顕現された呼士が近しい能力を用いるのは当然とも言える。
この力は相手の視界を奪い反応を鈍らせるもので、通常ならば効果は絶大だろう。しかし結局はこの愚策が勝負の分かれ目となり、技量にとてつもない差がない限りは槍が剣に勝つのは必然と言え、最終的に比呂秋の勝利で終わった。
「お互い良く戦いました。
一定の評価ができる見事な仕合であったと感じますよ。
聖も太一郎もそれなりに毀傷していますから治療に下がって構いません」
その言葉に傅いた二人は、巫女に連れられてその場から下がった。後に残されたのは当主たちのみだが、双宗聡明と三神幸太郎のどちらも表情が沈んでいるのが明らかだ。この気まずい雰囲気の中で真っ先に口を開いたのは宿である。
「まだ二日目ですが今年も難しそうですなぁ。
四宮の坊はまだ未知数ですが、その他三名はまだまだでしょう。
特に太一郎は大分伸び悩みが見て取れる」
「これはお恥ずかしい、ろくな助言が出来なくて悩んでいるのです。
できれば筆頭様や諸君らから知恵を拝借したい」
「太一郎は心配ないと思いますよ。
問題なのは呼士ではありませんか?
彼はなぜ呼士同士では通じないとわかっている術をつかうのでしょうか」
「恐らくは太一郎が自信を持てない性格なので、それが投影されているのかと。
やつは金床を前にしても、目の前の楽な結果を求めたり奇策に逃げたがる傾向がありますゆえ」
となるとやはりお互いの関係性構築に問題が生じているのかもしれない、八早月はそう考え結論付けようとしたが、五日市中より解決の糸口が提言された。
「三神殿、よろしいでしょうか。
私の経験では、刃を打つ時に邪念と言うべき何かを抱えているように見えます。
自分の作を良く見せたいだとか、評価されたいとの考えが先行しているのかと」
「確かに太一郎君にはそう言う傾向が見られますなぁ。
まだ打ち始めて間もない頃、美しい刃文の淹れ方を盛んに聞いてきたものさ。
鍛錬や温度、材質ののちょっとした違いやその他により様々だと教えましたがね」
「ふむ、そういえばあやつは何かを求め始めるとすぐに没頭す傾向がありました。
なにか上手くいかないことがあって悩んでいるのかもしれません。
明日にでもきちんと話をしてみようと思います。
いやはや子のことを他人から教わるとはお恥ずかしい」
「他人ではなく一族は家族ですからね。
いつでもどんなことでもご相談ください。
聖に関してはいかがですか?」
聖の呼士、比呂秋を顕現させているのは遠鐙槍と言い、騎馬同士の戦いにおいて相手の鐙を正確に突いて落馬させることが出来たと言う伝承が名前の由来である。ようは間合いの外と思われる遠目からでも正確に攻撃を繰り出してくることを表していると言っていいだろう。
「聖君と呼士の関係は良さそうに感じましたね。
僕はそう遠くないうちに一人前になると思っていますよ?」
「宿殿にそう言っていただけるとは光栄の極み。
とは言え当人がまだ今のままでいたいと言うのだから困ったものです。
ですが大学へ行きたいのなら行かせてやりたいですからなぁ」
「そうですよね、見聞を広めることはきっとこの先の人生にも役立つでしょう。
聡明さんはまだお若いですから師としての時間は十分残されています。
聖だって今は焦らずともいずれ良い守り手となりますとも」
「いやいや私なぞ若いなどと言うことはございません。
道八様に比べれば大分年寄りで――」
「そうですね、父が健勝ならきっと村や八岐大蛇様のお役に立てたことでしょう。
我が父のこととは言え、まったく恥ずかしい最期を迎えてしまいました」
双宗聡明は余計なことを言ってしまったと顔を伏せ冷汗をかいていたが、他の当主たちはクスクスと笑っていた。道八のことを持ちだせば八早月が腹を立てるのは周知の事実だが、こうした会合等で当主が集まる何度かに一度は誰かしらがこれほど目立つ虎の尾を踏んでしまうのだ。
ひとしきり相談も終わって時間もだいぶ遅くなったので、当主と言ってもまだ子供である八早月があくびをする回数が増えてきた。
「もう眠くて仕方ありません。
申し訳ないですが今夜はこの辺で解散しましょうか。
次の仕合は明後日、明日は我々の演舞を行いましょう」
「そのことですが、明日は本当に演舞を行うのですか?
いえ、異論があると言うわけではないのですが、結局序列通りとなるだけでは?
贄である者たちへ見せるのも、力に差があり過ぎて自信喪失になりかねません」
「中さんの言い分はもっともです。
ですから私はいいことを思いついたのです。
後ほど宿おじさまから皆さんへお伝えしてもらいますからお楽しみに」
その嬉しそうな顔を見て、何事にも動じない宿以外、全ての当主たちは生きた心地がしなかった。
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