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第二章 皐月(五月)

16.五月二日 夜 双宗聖 対 三神太一郎

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 昨晩の仕合しあいは興ざめだった。そんな感想が当主たちから漏れ聞こえてくる。しかしあれはあれで見るべきところがあったのも事実だ。これから贄になる者や、まだ修行中の身であり今回の儀式への参加者たちにとっては特に。もちろん当主たちもなぜそうなったについて考える必要があるだろう。

 楓だってサボっているつもりは無かったかもしれない。思春期にやってくる様々な誘惑に打ち勝つ方が難しいだろう。中学へ通い始めた八早月は、今ならその気持ちがわかる気がした。

 その辺りを頭に入れつつ今夜の儀式を始めるべく、演舞場の用意と呼び出しを行うことにした。

「それでは本日もそろそろ始めたいと思います。
 巫女の方々は火入れをお願いします」

 演舞場の周囲に掛かり火が灯され周囲の空気が張りつめていく。本日の参加者が緊張している様子がありありと見て取れる、そんな夜である。

「では始めましょう。
 まずは東方ひがしかた、三神家男贄おにえ三神太一郎みかみ たいちろう、前へ!
 次に西方にしかた、双宗家男贄、双宗聖ふたむねひじり、前へ!」

 神妙な面持ちで二人が前に歩み出た。どちらももう十年以上参加しているので八早月が筆頭当主になる前からの参加者と言うことになる。八歳で女贄になるはずがその段を飛ばして当主になってしまい、その上役目をきちんと果たせている八早月は二人にとって後輩であり先輩であると言う微妙な関係である。

 もしかしたら、四年前にあっさり抜かれてしまったことを面白く思っていないかもしれないが、それでも腐らず精進するしかない。双宗家の聖は大学進学を目指しているようなので、今すぐ跡を継ぎたいと考えていないかもしれない。

 片や三神家の太一郎は、もう十年ほど鍛冶修行も行っているのだから早く当主になりたいだろう。現当主も高齢になって来たことだし、ここ数年は特に、師として親として今年こそはと考えているはずだ。

 実際に毎年のように評価は高く、いつ家督継承が認められてもおかしくはない。だが何か決定打に欠ける、どこか物足りなさが残るのがこの太一郎なのだ。

「それでは当主、三神耕太郎みかみ こうたろう、前へ。
 続いて双宗聡明ふたむね さとあき、前へ!
 準備が整ったらいつでも始めてください」

 自分たちの後継者に呼士よびし顕現けんげんさせるため、双宗聡明と三神耕太郎が席を立つと、八早月の右隣にいる初崎宿はつさき やどりが耳打ちをした。

「今年はどうでしょうかね。
 正面から向き合ってもらいたいが一年で修正できているかどうか。
 研鑽は十分かと思いますが、心構えというか資質が……」

「そうですね、己の弱みにきちんと向き合って来たかが見えればあるいは。
 どれだけの研鑽を積んだかよりも、自分を認める一年であったならいいのですが。
 大学入学を目標に掲げている双宗家のご子息は無理でしょうけどね」

「八早月殿、流石の慧眼でございますな。
 僕の見立てでもあと数年はかかると見ております」

「耕太郎さん次第でしょうね。
 我が子可愛さで目が曇らなければ良いのだけど。
 たまには宿おじさまが修行を付けてあげたらよろしいのではありませんか?」

「それはそれで耕太郎殿の面子を潰してしまうやもしれません。
 なかなか難しいことですなぁ」

「それより満瑠みちるはいかがです?
 あと二、三年で八岐贄ですよね?」

「出来れば男子が欲しかったんですけどねぇ。
 筆頭の前でこう言ってはお恥ずかしいですが、我が娘を血染めにはしたくないというのは正直な親心です」

「そうですね、あんなかわいい子に痛い思いをさせるのは可愛そうですからね。
 絵美さんはまだ若いし、諦めずに頑張ってみたらいかが?。
 櫻さんのように女ばかりとなるかもしれませんけどね」

 二人がそんな囁き合いをしているうちに準備が整ったようだ。太一郎の呼士は風衛門ふうえもん、長髪の優男で背中に長太刀を背負っているのが特徴である。きっと昔話の中の佐々木小次郎をイメージしていたのだろうと感じさせる出で立ちだ。

 対する双宗聖のそばに立つのは比呂秋ひろあきと名乗る長槍の武者だ。全身甲冑姿に加えて顔のほとんどを覆い隠す面頬めんぽまでつけていてどこかおどろおどろしい。

 現当主である父親の聡明は比呂秋の姿が気に入らないらしく、当主が集まる会合では良く愚痴をこぼしている。以前はそれほどでも無かったはずだが、息子が大学受験に失敗した年からは『アレは落ち武者だ、浪人だ、まったく縁起が悪い』等と、周囲が思っていても言えないようなひどいことを言い始める。

 呼士の外観は自分でどうすることもできないからこそついつい愚痴も出るし、時には他の呼士に惹かれるなんてことも起こってしまう。大昔には呼士と夫婦になりたいと言いだした男贄がいたとかいないとか。

 歴史の裏に歴史ありとはよく言ったものである。八早月は自分が産まれてから過ごしてきた短い時間とこのまだまだ未熟で小さな体には、多くの歴史と人の想いが乗っているのだと改めて感じていた。
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