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第三章 水無月(六月)

54.六月二十六日 午後 襲撃

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 六月最終週、学園での出来事が八早月やよいたちを襲った。決して油断していたわけではなく常日頃から準備は怠っていないはずだ。とにかく自分を信じるしかないと八早月は気合を入れなおす。

 全ての力を振り絞り一限、二限とこなし三限を乗り切ればこの日は午前中で終わるのだ。これしきのことでへこたれてはいられない。

「八早月ちゃん大丈夫? なんだか今日は本当に調子悪そうだね。
 普段ちゃんとやってるんだから直前に詰め込まなくてもいいと思うんだけど……
 ハルみたいに割り切っても良かったんじゃない?」

「そうそう、アタシなんて事前勉強なんてなにもやってないんだよ?
 普段やってることの結果が出るんだからいつもどおりが一番ってわけ」

「そうはいかないわ、お母さまがせっかく学園に入れて下さったんだもの。
 恥ずかしくない結果を持ち帰って、良かったと思ってもらいたいわ。
 それに、自己満足かもしれないけど自分がどこまでできるかを知りたいのよ」

 間もなく一学期が終わる。それに伴う期末考査が行われているのだが、八早月はこの日曜日と月曜日にはお役目があってほとんど勉強できていなかった。

 わざわざこの日程を選んだのかと文句を言いたくなるくらい、この二日間にあやかしの発生が複数重なったこと、その規模がここ最近では大き目のものだったことから、片付けるまでに大分時間を要してしまった。お陰でこのありさまである。

「でも今日から週末までずっと午前授業だから気は楽だよね。
 部活もないからゴロゴロし放題でうれしいよ」

「ハルったらさあ、それを言うなら時間があるから勉強できる、でしょ?
 明日は苦手の英語もあるし、少しくらいやっといた方がいいと思うよ?」

「そういう夢だって言うほどやってないんでしょ?
 ねえ、やってないって言って! アタシだけ成績悪いのヤダー」

「そうよね、明日は英語があるんだったわ……
 いまだに全然理解できないのだけど、まともな点数取れるか心配なのよ。
 先日の小テストでは屈辱を味わったもの……」

「英語に限らないけど、苦手意識は一番よくないのよ?
 二人とも単語を見直すくらいやればきっと大丈夫、考えすぎないようにね」

 夢路は気楽に言っているが、八早月にとって英語は中学に上がるまで未知の言葉だった。苦手だと言う生徒も多い漢文や古文のほうがよほどすらすら読めるのだ。

 そんな期末考査の初日を終えて帰宅することになったのだが、早く帰って勉強をしようと考える八早月は、再び邪魔が入る気配を察知した。すまほを取り出して念のためメッセージを送り、学校の前で待っていた板倉の元へと駆け寄る。

「板倉さん、少し用が出来ましたから会社ででもお待ち下さいますか?
 それほど時間がかからないといいのだけど……
 あと運転には十分注意してください、良くない気配が漂い始めていますからね」

「む、かしこまりました。
 どうやら急用はお役目と言うことなのですね?」

 内容までを瞬時に察知した板倉は、自分にできることはないことも十分理解しているので、それ以上は何も言わず車へ乗りこみすぐに走り去った。その間に八早月の元にはドロシーから返信があったが、教師としての仕事が残っていてすぐには出られないとのことだ。

「仕方ありません、ここは私一人で対処しましょう。
 それでは真宵まよいさん行きましょうか。」

「はい、あるじ殿の仰せのままに。
 近くに妖の姿はありませんが町中に嫌な空気が流れておりますね」

「まじないかもしれませんが、町中を包むような大規模呪術とは思えません。
 おそらくは未熟な複数人によるものが漏れ出ているのでしょう。
 本来であれば大妖たいようを呼び出すつもりだったとも考えられます」

「なるほど、そうならなくて幸いでしたが対処は必要でございますね?
 急ぎであれば八早月様をお乗せしたいところなのですが……」

「町中ですのでそうもいきませんね。
 真宵さんにはそらから探していただきましょうか。
 妖の気配はこちらから感じます」

 八早月はそう言って小高い丘にある住宅地を指さした。その方向を確認して真宵は頷くと、宙へ向かって駈け出して行った。まるで坂道を登って行くように、あくまで自然な足運びである。

 あっという間に豆粒のように小さくなっていく真宵を見送りながら、正面へ向きなおった八早月も足早に歩き出す。だがほんの数メートルほど進んだところで行く手を阻む者が現れた。

「なにかご用ですか? 上中下左右ひとそろい さうさん?
 私は少々急いでいるのでお話なら別の機会に改めてお願いします」

「―― え、の…… お前のせいだからな…… 余計な事するから……」

「私が? あなたになにかしたと言うのですか?
 まったく心当たりがございません、もう少し具体的にお願いします」

 しかし左右少年はそれ以上何も言わず、泣きながら走り去っていった。
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