68 / 376
第四章 文月(七月)
65.七月十日 放課後 Afternoon Tea Party
しおりを挟む
七月になり寒鳴綾乃が転入してきてからまだ一週間、しかし八早月や美晴たちともすっかり打ち解けていた。実際には綾乃が一つ年上なのだが、誰もそんなことは気にしておらず、ごく普通の友人関係と言った様子だ。
そんな風にすっかり仲良くなった四人は、放課後に自習と称してフリースペースへ立ち寄り、午後のお茶会を楽しんでいた。もちろん多少は勉強もしており、一学年上の綾乃は心強い家庭教師である。代わりに八早月は古文を教え、暗記が得意な夢路は勉強のコツをみんなへ教えていた。
「今気が付いたんだけどね、アタシだけ役に立ってない気がする……
このままじゃ足を引っ張るだけの役立たずになっちゃうよー」
「ハルは朝になって宿題やってないから手伝えって言わなくなるだけでいいよ。
それより部活行かなくて平気? そろそろ時間になるんじゃない?」
「そうだ、行かないと! それじゃまた明日ねー」
八早月には走っているだけにしか見えない陸上部のどこにそれだけの魅力があるのか理解が難しいが、美晴がタイムを縮めようと懸命に努力する姿は美しいと感じていた。今まで周囲にスポーツをやっている人がいなかったこともあって、とても新鮮で珍しいからと言ってしまえばその通りでもある。
「綾ちゃんって久野中だったんでしょ?
あそこってプールあるくらいだしみんな泳げるの?」
「うーん、全員は泳げないと思うよ?
小学校の時も泳げない子はいたしね。
でも私はこう見えてもまあまあ泳げるんだよ?」
「夏休みになったら久野高のプール開放に行こうかって話してたんだけどね。
向こうで待ち合わせれば一緒に行かれるかな?
こっちはハルが辛うじて少し泳げるくらいなんだけどさ」
「うんうん、一緒にプール行けたらきっと楽しいよ!
夢ちゃんにも櫛田さんにも泳ぎ方教えてあげるからね。
早く夏休みにならないかなー」
夏休みとプールの話をしている二人を聞いていた八早月は衝撃を受けていた。なんでそんなことになっているのか、いつこうなったのか全く気付かなかった。八早月は一体どうすればいいのかわからず、ただただ戸惑っていた。
「八早月ちゃんどうしたの?
もしかしてプールの話が出たから不安になってる?
大丈夫だってば、いきなり泳げる子なんてそうそういないんだからさ」
「そうだよ、櫛田さん運動神経バツグンだって聞いてるし、きっとすぐ泳げるよ。
水泳選手になるわけでもないんだから、構えすぎない方がいいと思うんだ」
まただ、なぜこうなるまでそのままにしてしまったのだろう。もっと早く気が付いていれば対処も変わっていたに違いない。しかし今からどうすればいいのか……
「え、ええ、プールはそう、楽しみよね。
夏休みも宿題以外は待ち遠しいですし……
でも、その、なんと言えば良いのか……」
「わかった! 水着が無いんでしょ!
久野高のプール開放はスクール水着じゃなくてもいいんだよ?
でも女子はワンピースっていうのが毎年の決まりなの。
今度一緒に選びに行こうよ、瑞間まで行けばいっぱい売ってるんだけどなぁ」
「瑞間まではここからだと二時間はかかるもんね。
それに百貨店だと高い割りに地味な感じのしかないのよ?
車で行かれれば国道沿いにいくつかチェーンの衣料店があるけど遠いかなぁ」
「そうね、水着は持ってないから用意しておかないといけないわね。
国道沿いと言うのがどの辺りかわからないけれど、板倉さんに聞いてみるわ。
寒鳴さんはそのお店の場所わかるのかしら?」
八早月は平常心を保つのが難しくなってきていると感じていた。この感覚、出来るだけ早く何とかしなければならない。さもないと――
「ねえ八早月ちゃん、それに綾ちゃんもさ。
もう友達なんだからそんなよそよそしく話すのやめようよ。
ほら、二人ともお互いを呼んでみて?」
夢路が唐突に話題を変えた。そもそもプールや水着の話を始めたのは夢路だったにもかかわらず、だ。しかしこれは八早月にとって福音である。さっきからいつの間にか夢路と綾乃が名前で呼び合っていて取り残された気持ちだったのだから。
「でも私…… 寒鳴さんから許可を貰っていませんし……
こちらは一向に構わないのですけれど、寒鳴さんはいかが?」
「そんなー、私は全然オッケーだよ、綾乃でも綾でも好きなように呼んでね。
私も八早月ちゃんって呼ばせてもらうけどいいかな?」
「はい…… 綾乃さん、よろしくお願いしますね。
なんだかホッとしました、私どうすればいいのかわからなくて……
いつの間にか夢路さんと綾乃さんが親しくなっていたので驚いてしまって……」
「やっぱりそんな風に考えてたんだー
なんとなくそんな雰囲気が出てたのよねぇ。
八早月ちゃんってホントなんでも考えすぎちゃうからさ、固いっていうのかな」
「あー、それは私も感じてた、八早月ちゃんってきっとマジメなんだなって思うよ。
やっぱり旧家っていろいろ固いの? 作法に厳しいとかありそう。
習い事とかもやってたりする?」
「そんなことないわ、きっと普通よ、普通。
習い事だってしてないし、やってると言えば剣術と体術の鍛錬くらいだもの。
想像しているようなお華やお茶なんてやったことないわ」
「いやいや、剣術はやばいよー
八早月ちゃんってもしかして強い系女子ってこと?
私はなんかそういうの興味あるなぁ、今度遊びに行くしそのとき見せてね」
気にしていたのは無駄な心配だったのだが、その代わりに別の問題が発生したかもしれない。八早月はそんな風に考えながらなにかをやらかした気配を感じていた。
そんな風にすっかり仲良くなった四人は、放課後に自習と称してフリースペースへ立ち寄り、午後のお茶会を楽しんでいた。もちろん多少は勉強もしており、一学年上の綾乃は心強い家庭教師である。代わりに八早月は古文を教え、暗記が得意な夢路は勉強のコツをみんなへ教えていた。
「今気が付いたんだけどね、アタシだけ役に立ってない気がする……
このままじゃ足を引っ張るだけの役立たずになっちゃうよー」
「ハルは朝になって宿題やってないから手伝えって言わなくなるだけでいいよ。
それより部活行かなくて平気? そろそろ時間になるんじゃない?」
「そうだ、行かないと! それじゃまた明日ねー」
八早月には走っているだけにしか見えない陸上部のどこにそれだけの魅力があるのか理解が難しいが、美晴がタイムを縮めようと懸命に努力する姿は美しいと感じていた。今まで周囲にスポーツをやっている人がいなかったこともあって、とても新鮮で珍しいからと言ってしまえばその通りでもある。
「綾ちゃんって久野中だったんでしょ?
あそこってプールあるくらいだしみんな泳げるの?」
「うーん、全員は泳げないと思うよ?
小学校の時も泳げない子はいたしね。
でも私はこう見えてもまあまあ泳げるんだよ?」
「夏休みになったら久野高のプール開放に行こうかって話してたんだけどね。
向こうで待ち合わせれば一緒に行かれるかな?
こっちはハルが辛うじて少し泳げるくらいなんだけどさ」
「うんうん、一緒にプール行けたらきっと楽しいよ!
夢ちゃんにも櫛田さんにも泳ぎ方教えてあげるからね。
早く夏休みにならないかなー」
夏休みとプールの話をしている二人を聞いていた八早月は衝撃を受けていた。なんでそんなことになっているのか、いつこうなったのか全く気付かなかった。八早月は一体どうすればいいのかわからず、ただただ戸惑っていた。
「八早月ちゃんどうしたの?
もしかしてプールの話が出たから不安になってる?
大丈夫だってば、いきなり泳げる子なんてそうそういないんだからさ」
「そうだよ、櫛田さん運動神経バツグンだって聞いてるし、きっとすぐ泳げるよ。
水泳選手になるわけでもないんだから、構えすぎない方がいいと思うんだ」
まただ、なぜこうなるまでそのままにしてしまったのだろう。もっと早く気が付いていれば対処も変わっていたに違いない。しかし今からどうすればいいのか……
「え、ええ、プールはそう、楽しみよね。
夏休みも宿題以外は待ち遠しいですし……
でも、その、なんと言えば良いのか……」
「わかった! 水着が無いんでしょ!
久野高のプール開放はスクール水着じゃなくてもいいんだよ?
でも女子はワンピースっていうのが毎年の決まりなの。
今度一緒に選びに行こうよ、瑞間まで行けばいっぱい売ってるんだけどなぁ」
「瑞間まではここからだと二時間はかかるもんね。
それに百貨店だと高い割りに地味な感じのしかないのよ?
車で行かれれば国道沿いにいくつかチェーンの衣料店があるけど遠いかなぁ」
「そうね、水着は持ってないから用意しておかないといけないわね。
国道沿いと言うのがどの辺りかわからないけれど、板倉さんに聞いてみるわ。
寒鳴さんはそのお店の場所わかるのかしら?」
八早月は平常心を保つのが難しくなってきていると感じていた。この感覚、出来るだけ早く何とかしなければならない。さもないと――
「ねえ八早月ちゃん、それに綾ちゃんもさ。
もう友達なんだからそんなよそよそしく話すのやめようよ。
ほら、二人ともお互いを呼んでみて?」
夢路が唐突に話題を変えた。そもそもプールや水着の話を始めたのは夢路だったにもかかわらず、だ。しかしこれは八早月にとって福音である。さっきからいつの間にか夢路と綾乃が名前で呼び合っていて取り残された気持ちだったのだから。
「でも私…… 寒鳴さんから許可を貰っていませんし……
こちらは一向に構わないのですけれど、寒鳴さんはいかが?」
「そんなー、私は全然オッケーだよ、綾乃でも綾でも好きなように呼んでね。
私も八早月ちゃんって呼ばせてもらうけどいいかな?」
「はい…… 綾乃さん、よろしくお願いしますね。
なんだかホッとしました、私どうすればいいのかわからなくて……
いつの間にか夢路さんと綾乃さんが親しくなっていたので驚いてしまって……」
「やっぱりそんな風に考えてたんだー
なんとなくそんな雰囲気が出てたのよねぇ。
八早月ちゃんってホントなんでも考えすぎちゃうからさ、固いっていうのかな」
「あー、それは私も感じてた、八早月ちゃんってきっとマジメなんだなって思うよ。
やっぱり旧家っていろいろ固いの? 作法に厳しいとかありそう。
習い事とかもやってたりする?」
「そんなことないわ、きっと普通よ、普通。
習い事だってしてないし、やってると言えば剣術と体術の鍛錬くらいだもの。
想像しているようなお華やお茶なんてやったことないわ」
「いやいや、剣術はやばいよー
八早月ちゃんってもしかして強い系女子ってこと?
私はなんかそういうの興味あるなぁ、今度遊びに行くしそのとき見せてね」
気にしていたのは無駄な心配だったのだが、その代わりに別の問題が発生したかもしれない。八早月はそんな風に考えながらなにかをやらかした気配を感じていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。
亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った―――
高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。
従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。
彼女は言った。
「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」
亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。
赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。
「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」
彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる