限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第四章 文月(七月)

64.七月七日 夜 夏の大三角形

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 この辺りの地方で七月初旬は梅雨の季節である。そのため、世間一般では七夕が祝われているこの日も雨模様だった。その七夕は、大陸から入ってきた陰陽道の行事であるため、ここ八畑村ではなじみの薄い催しである。

 それでも知識としてはもちろん知っているし、何ならクリスマスだって何なのかわかっている。いくら限界集落に生まれ育ったからと言っても八早月やよいはもう世間知らずの童女わらわめではないのだ。

「今年も七夕のこの日に夏の大三角形は見えないのですね。
 この行事を決めた人は何を考えているのでしょうか。
 もっと晴れの続く季節にしておけば良かったものを」

「あらあら、八早月ちゃんたらまた無茶言って。
 中国大陸は相当大きいのだし、きっと今時分は梅雨でない地方で決めたのかもね。
 でもそれと無関係に星が見えないのは寂しいわねぇ」

 母である手繰たぐりは学園のある金井町出身なので七夕を初めとする節句になじみがあったはずだが、特にこだわりはなかったようで今ではすっかり村の風習にどっぷりである。

 村の中でも桃の節句に雛壇を飾る家はあるし、端午の節句に鎧兜を飾る家庭だってある。しかし櫛田家にはどれも縁遠く、八早月は本物を見たことすらない。だが端午の節句である五月五日に重労働が待っていないことは羨ましかった。

 それにしても雨が続きすぎて八早月の機嫌は低空飛行を続けたままだった。それをなんとかしようと、手繰は八早月の髪をとかしてから椿油を使って丁寧に撫でつけていた。雨が降っていたとしても、髪が跳ねさえしなければ機嫌が悪くなることはないのだ。

 雨が屋根を打つ音しか聞こえてこない静かな夜、そこへ突如老婆の声が聞こえた。

「奥様、お嬢様、本日農家から届いた枝豆と茗荷を和え物にしてみちゃか。
 明日の朝にお出ししますけども少し摘まんで味を見てくだされ」

「あら玉枝さん、まだ帰ってなかったの?
 ぬかるんだ夜道は危ないですから早く帰るようにと言ったのに。
 でも心遣いありがとうございます、いただいてみますね」

「私も少しだけ頂きます、うーん、さっぱりしてオイシイ!
 そう言えばあれから腰は全然問題ないのですか?
 また急に痛めたらこの天候ですしきっと辛いですよ?」

「はぁいお嬢様、でもこん婆このばあはもうすっかり良くなってますよ。
 それに今日明日はアンちゃんがお休みだからこちらへ泊まるつもりでした」

 そう言いながら玉枝は右手をぐりぐりとひねり、オートバイに乗る真似をした。もちろんアンちゃんとは板倉のことで、休日を利用し今日というか昨日からオートレース場へ出かけているのである。

「ああそうでしたね、やっぱり登り坂はもうきついですか?
 あまり無理をしないようにしてくださいね」

「いえいえ、婆はまだお暇をもらいたくねえですよ。
 迷惑かもしれませんが、うちん母と同じくお屋敷で死なせて下さいまし」

 玉枝はそんな物騒なことを言いながら畳に頭を擦りつけて願い出た。八早月も手繰も、もちろん辞めてもらうなどと考えてはいないので急いで老婆を抱き起こし、向き合って声をかける。

「もう、まだまだ頑張ってもらうんだからそういうこと言わないで下さい。
 玉枝さんも房枝さんも元気だもの、そんな心配はまだ先ですからね」

「へい、ありがとうございます。
 うちらはほんに果報者でいくら感謝しても足りねえですよ。
 コイツも好評だったようだし、今晩はこれにて失礼をば」

「はい、今日もありがとうございました。
 おやすみなさい、腰を冷やさないようにしてくださいね」

 玉枝が使用人用の部屋へと下がっていくころにはすっかり髪の手入れも終わり、八早月はいつもより早めにうとうとしながらあくびが出ていた。茗荷には睡眠導入作用があると言うのはきっと本当なのだろう。

「少し早いですけど私も休みます。
 お母さま、お休みなさいませ。
 そう言えば今日は七夕でしたね、雨でも織姫と彦星は会えたでしょうか」

「二人とも星なのなら雲の上にいるんですもの。
 きっと出会えたんじゃないかしら?」

「そうなのですかね、まあそう言うことにしておきましょう。
 今晩は恋仲が出会える限られた日ですからね」

 八早月が自室へと入り少しすると、ふすまの隙間から廊下に漏れ出ていた灯りが完全に消えた。少ししてから家の一番奥にある部屋から体格の良い男性が這い出て来て忍び足で廊下を歩いていく。

「手繰さん、手繰さん……」

「はいどうぞ、静かにね」

 手繰の部屋のふすまが開いてからすぐに閉じた後、部屋の中では表に漏れないようにひそひそと静かで楽しそうな会話がはじまった。

 そして八早月の部屋では――

『八早月様? 寝付けないのですか?』

真宵まよいさん、いくら私だって色々と気を回すことがあるのです。
 さ、知らない振りをしてくださいね、おやすみなさい』

 八早月の言葉を聞き、真宵は微笑みながら姿を消した。
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