限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
84 / 376
第四章 文月(七月)

81・七月二十八日 早朝 祭りの後

しおりを挟む
 昨日は熊騒動のせいで遊びもそこそこで引き上げてしまったが、帰りの山道では安堵感から、何がおかしいのかというくらい大笑いをしながら全員で走った。川からの帰り道は登りだったがそんなことはお構いなしだ。

 さすがに自宅まで帰り着くと、八早月やよい以外は息を荒げて庭に倒れ込んでしまったが、それでもまだ笑い続けており、こうなるともはや笑いが笑いを呼ぶと言ったところだろう。

 八早月にとっては真宵まよいもいるため不安は無かったのだが、さすがに堂々と出て行って熊を撃退するのは、女子中学生の立場としてはばかられる。もちろんいざと言う時には飛び出していくつもりだったし、そうなる前に何とかしようとは考えていた。

 だがあの子狐から発せられていた警戒の結界に気付けたことで、そうなる前に原因の排除が出来たことは幸いだった。恐らくは綾乃が無意識に感じていた不安や恐怖が守護獣へ伝搬され、それを受けた子狐は主を守るべく周囲を警戒していたと言うわけだ。

 子狐にとっては主を護る最善だったのだろうが、その警戒網を攻撃と受け取ってしまった野生動物がいたことが誤算だったと言うことになる。思いがけずかんなぎとしての力を備えてしまった綾乃は自身の力を制御できていない。そのため守護獣に細かい指示が出せていないだろう。

 そのことを綾乃へどう説明すべきか悩んだ八早月は、結局そのまま真っ直ぐに伝えることにした。どちらにせよこのまま一生付き合っていくことになるのだろうから早めに知り、早めに制御できるようにしておかなければならない。

 方針が決まれば後は早い方がいいと、先ずは綾乃を先に起こして話をする。もちろん鍛錬の前なので今は朝の五時と、人を起こすには少々早すぎではあるのだが仕方がない。さすがに綾乃は眠そうだったが、八早月が強引に井戸まで連れて行き一緒に顔を洗うと目を覚ましてくれたようだ。

「さすがにこんな早く起きたのは久しぶりで眠いね……
 あーもう帰る日が来ちゃったなあ。
 熊には肝を冷やしたけどすっごく楽しかった。
 ほぼ一週間もお世話になっちゃってありがとうね
 でもわざわざ起こしたってことは、二人には聞かせられない話があるんでしょ?」

「そうなのよね、理解が早くて助かるわ。
 あの子狐のことなのだけど、今のまま放っておくことは出来ないと考えたの。
 実は昨日の熊は綾乃さんの狐が呼び寄せたって言ったら驚くわよね?」

「ええっ!? まさかそんな…… 私のせいでみんなを危険な目に……
 ごめんなさい! そんなこと夢にも思っていなかった……」

「そのこと自体は気にしないでいいのよ?
 きちんと制御できていれば起きないことなのは間違いない。
 でも今、あの子は綾乃さんをただただ護ることしか考えていない。
 だから近くにいる未知のもの全てを敵と認識してしまうのだと考えられるわ。
 要は敵意と言うことだけど、それに熊が反応してしまったのよ」

「なるほど…… それで私はどうすればいいの?
 あれっきり子狐もいなくなってしまったから何をすればいいかわからないわ」

「それを教えるのも私たちのお役目でもあるのだから安心して。
 とりあえずは八月にもう一度儀式を受けて貰うことを考えているわ。
 詳しい話はご両親がお迎えにいらした時にしたいのだけどいいかしら?」

「もちろん構わないけど八月のお盆は多分無理なのよねぇ。
 それ以外ならたぶん大丈夫だけど…… もしかしてまた痛い?」

「痛みは…… 正直無いとは言えないでしょうね。
 この間よりは大分ましだと思うけど、それだけに意識を失うこともないから――」

「あああ、待って待って、きっと似たようなものなんでしょ?
 どうせ受けなくてはいけないなら覚悟はするから大丈夫。
 痛くても辛くてもその場だけだし、傷が残るわけでもないしね」

 八早月はせっかく決意を固めてくれた綾乃の為にも、傷跡は残らないにせよ痛みと流血を伴う儀式とは言いだせなかった。ただし隠していても、どうせ先に六田家の三女が儀式を受けているのを見ればばれてしまう。

 そう、八早月は綾乃に対し八月八日の大蛇舞祭おろちまいまつりで行う八岐贄やまたにえの儀を施すつもりだった。もちろんそれが適正なのかは定かではなく、ある意味博打のようなものかもしれないとは認識している。

 稲荷神社ではどのような儀式が必要なのか知らないが、先日すでに護り刺しと言う八岐神社の儀式を施して巫の素養を目覚めさせてしまったのだから、次の段階としてもう少し強力に、つまり八岐贄としてさらに能力を開花させるのが八早月たちにできる最善と考えたのだ。

 とは言っても八家の一族だからこそ八岐大蛇由来の儀式を受けるわけで、同等の儀式で同様の力が綾乃にも身につけられるかどうかは未知数である。やはり事前に稲荷の総本宮へ相談してた方がいいかもしれない。

 夕方には綾乃の両親が娘を迎えにやって来たので、八早月は今後の予定について検討中であることを伝えた。改めて別の儀式を行うことには抵抗がある様子だったが、それでも娘のためになるのならと気を強く持とうとする彼女の両親には好感が持てる。

 八早月はやはり独断ではなく八家会合で検討すべきと判断し、当主会合の緊急招集を心の中で決めながら、客人たちの帰りを見送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。

亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った――― 高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。 従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。 彼女は言った。 「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」 亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。 赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。 「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」 彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

処理中です...