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第四章 文月(七月)

80.七月二十七日 昼下がり 遭遇

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 午前中早めに出てきたとは言え、川に来るまでにそれなりの時間は要する。そのためまだ遊び始めてからまだ一時間ほどで昼の鐘が聞こえてきた。八早月やよいが幼いころには昼ドンだったが、さすがに二十一世紀に午砲昼ドンは無いだろうと改められたと聞く。

「お腹はどうかしら? 玉枝さんがおにぎりをたくさん持たせてくれたの。
 おかずは相変わらず山菜が多いのだけど、牡丹猪肉の甘露煮もあるわよ?」

「もうお昼なんだね、あっという間だったけど言われてみるとお腹すいたかも。
 ほらハル、体拭いてからじゃないとお腹痛くなるよ?」

「ふふ、夢ちゃんって時々お母さんっぽくなるよね。
 弟か妹いるんだっけ? もしかして全員一人っ子?」

「うちには弟がいるんだけどまだ小さいんだよね。
 だから面倒はまあまあ見てるけどそんなにお母さんっぽい雰囲気あるかなぁ。
 まさか体系のせいとか言い出さないでよね?……」

「きゃー、弟いるんだね、羨ましいなぁ。
 でもそっか、体型は関係あるかもしれない、なんとなく安心感有るじゃない?
 別に悪くは言ってないから勘違いしないでよ?」

 綾乃が懸命に弁解しているが、確かにぽちゃっとしている夢路はお母さんっぽい安心感を持っていると感じるのは八早月にも賛同できる。それにしてもまだ小さい弟がいたなんて聞いたことが無かった。やはりコミュニケーション能力や話術は大切と言うことだろう。

「そうそう、夢の弟は恭二って言ってまだ五歳なんだけど生意気なんだよねぇ。
 しかも全然様になって無くてかわいいのよ。
 まあ所詮幼稚園児なんてそんなもんなのかな」

「あれはきっとアニメとかの影響だと思うよ?
 ハルが来た時以外は生意気言わないし、女の子にちょっかい出したいって感じ?
 でもカワイイって言うのは完全同意するわ」

 四人の中で唯一姉弟がいると言う夢路の話で盛り上がりつつ昼食を取っているうちに、それぞれの微妙な違いに気が付いた。産まれのせいか育ちのせいかわからないが、同じ地方で生きるものなのに差異があるのは少し不思議である。

「このおむすびおいしいね。もち米が混ざってるの?
 第一この山菜の佃煮ってのがホントおいしいよねー」

「遠足でもそうだけどさ、なんで外で食べるおにぎりってこんなにおいしいんだろ。
 空気もおいしいし天気も最高だし、まさに森林浴日和だね」

「アタシはこの甘露煮をおにぎりに乗せて食べるのが気に入っちゃったな。
 あー、風も心地よいしすっごく幸せだー」

「こうして自然の中みんなで食べると普通のおにぎりが特別なものに感じるわね。
 何もない田舎にみんなが来てくれて喜んでくれて、とても嬉しいわ」

「ねえ、一つ聞いていい? これっておむすびだよね?
 別に自分が少数派だからどうこうってキモチは無いんだけどさ。
 でもやっぱりちょっと違和感と言うか…… みんなはおにぎり派なの?」

 どうやら綾乃は自分一人がおにぎり・・・・ではなくおむすび・・・・と言っていることに戸惑っている様子だ。八早月にとってはどちらでも同じことなのでそんなに気になることだろうかと首を傾げた。

「いやいや、おにぎりでしょ。
 だってお米を握って作るんだよ? 結んでないでしょー」

「ハル、それはおかしいわ、手を閉じたり開いたりすることをなんて言うの?
 むすんでひらいてって言うじゃないの」

「お? 夢はおむすび派に鞍替え?
 語感はおむすびもかわいくていいけどね」

 ホントどうでもいいことをあたかも特別なことのように扱い、屈託なく言葉を交わすことのなんと楽しいことか。だがそんな昼下がりの楽しいひと時は突然終わりを告げた。

「みなさん、下がって! そうだ、テントの中へ入ってください。
 狭いかもしれませんが決して出てこないように!」

「えっ? どうしたの八早月ちゃん?
 突然そんなこと言いだすなんてどうかしちゃったの?」

「そうだよ、誰か来たってこと? また先輩じゃないの?」

 そう、何者かが近寄ってきている。直臣であれば問題は無かったのだが、この気配には明らかに殺気が混ざっていた。しかも悪意の混ざらない純粋な殺気なのである。

『八早月様、この殺気、妖ではありませんね。
 おそらくは――』

『ええ、衝動的に他の生物を脅かす存在なのは明らかだわ。
 出来れば戦わず負けを認めて大人しく帰ってくれるといいのだけれど……』

『ご友人もいることですし、私にお任せ下さい。
 八早月様も中へ、皆が戸惑い怯えております』

 八早月は真宵まよいの言う通り窮屈なテントの中へと滑りこみ、状況もわからず震えている三人と手を繋いだ。そして静かに、そしてゆっくりと声をかける。

「声を上げず聞いて欲しいの。
 すぐそばまでが迫ってきているわ。
 普通は人を襲ったりしないし、騒いでいるところへ近寄ることもないの。
 でもこの熊は違う、手負いなのか子連れなのかわからないけど気が立っているわ」

「そんな…… アタシたち平気なの?」

「大丈夫よ、ここでじっとしていれば危険はないから安心して。
 でも騒いで刺激するとどうなるかわからない、だからお願いよ?」

 三人は無言で頷き八早月の指示に従った。テントの外では真宵がちょうど熊と対峙しているところなのだが、その熊は手負いでも子連れでもないわりに殺気を放ち続けている。

『真宵さん、どうでしょう、追い払えそうですか?
 なぜこんなに殺気立っているのかわかればいいのですけどね』

『怯え? 畏れ? どうやらそのように感じられますね。
 何かに追われてきたのかもしれません』

『えっ!? もしかして真宵さんのすぐそばにあの子がいませんか?
 綾乃さんの守護獣の子狐です!』

『そういえば、私の足元でうずくまっておりますが……
 まさかこの子を畏れているのでしょうか!?』

『可能性はありますね、綾乃さんを通して私の術が発動できるかやってみます。
 警戒は続けて、もし危害を加えそうなそぶりがあったらその時はお願いしますね』

 もはやテントの中にまで熊の唸り声が聞こえて来ている。三人はうずくまるように重なり合って震えていた。そんな中、八早月は綾乃へ耳打ちしその手を握りしめ、ブツブツと祈りを始める。

 しばらくすると真宵の足元にいる子狐が透明になっていき、やがて姿を消す。それを受けて唸り声を上げていた熊はおとなしくなり、ゆっくりと振り向いてその場から去って行ったのだった。
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