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第五章 葉月(八月)
89.八月六日 昼過ぎ 来訪
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なぜ八早月が藻の件を早く片付けようとしていたのか、それは本日来客予定があったからだ。その客人とは隣の県からやってくる高岳零愛である。
同じ神職である彼女は、神翼と呼ばれる守護獣を従える御神子と呼ばれる巫であった。滅多にと言うか、お互い初めて出会った別の巫一族であることや年齢がそれなりに近いことで、ぜひ直接会ってみようと言う話になったのだ。
前回は学校行事の途中だったこともあり、姿引を通じて不明瞭な出会いをしたことが一度、その後に手紙と電話で話をした程度の付き合いに留まっている。その零愛が夏休みだから遊びに来ると言いだしたのが数日前のことだった。
そんなことがあって、この日は板倉の運転で零愛を迎えに金井駅まで来ていた。せっかくここまで来たのなら美晴たちと会っていきたいが、つい数日前まで泊まりに来ていたし、会えば話し込んでしまいそうなのでここはじっと我慢である。
「へえ、あんな遠くからいらっしゃるんですか。
浪内西郡の白波町からだと電車で五時間くらいかかるんじゃねえですかね?」
「そうよね、バスでも相当の長旅だったんだもの。
わざわざ来てもらうなんて悪いことしたかしらね」
「まあ嫌なら来ないでしょうし、祭を見たいってなら来るしかねえですしね。
そのお嬢さんを拾ったら洋菓子店かどこかへ寄りますか?
近名井で寄るくらいなら金井で買っておいた方がいいかもしれません」
「それもそうですね、お手数だけど板倉さん買ってきてもらえるかしら。
ご自分と玉枝さんたちの分もね、私はいちごの乗ってるやつをお願い。
お母さまは甘いもの好きだから栗のやつを二つお願いするわね」
「あれま、こりゃ随分と甘党なことで」
「なにか?」
「いえいえ、それじゃ行ってきますがくれぐれも――」
「大人しくしていますから心配しないでくださいな。
それに私から仕掛けるなんてことあり得ませんからね」
駅前で一人待つ八早月は、必要以上によそ行きな雰囲気だったのか、道行く人たちからチラチラと視線を集める程度には目立っていた。と言うより黒塗りの高級車から美少女が降り立ったこと自体が、片田舎の寂れた駅前では珍しいことなのだ。
しばらくすると予定時刻を大分過ぎて零愛が到着した。思っていたよりも乗り換えで時間がかかったらしく、午前中に到着する予定が遅れ昼過ぎの電車になったようである。ここからバスと徒歩を使って家まで来るのを待っていたら夕方になってしまっただろう。
とっくに戻って来ていた板倉の運転する車へ乗りこむと、零愛はようやく一息つけたと言うように大きく息を吐きだした。その様子を見た八早月は、やはり金井駅まで迎えに来て正解だったと満足げだった。
「なんか待たせちゃってごめんね。
乗り換えがあるってわかってなかったのよ。
まあそんなのメッセ送ったからわかってるよね」
「ああ、これはそういうことなのですね。
なにか届いているなとは思ったのですけど、どうせお会いするのだからと思い確認していませんでした」
「ちょっなんでよ! こう言う時に使わないで何に使うわけ!?
まさかあなた達って家同士のやり取りは狼煙でやってるとか言わないでよ?」
「さすがに狼煙は必要ありませんよ。
呼士同士は相当離れていても会話ができるのですから問題ありません」
真顔で答える八早月を見て何かを悟ったのか、零愛は肩をすくめながら言葉を続けた。その表情は諦めや呆れを表しているようにも見える。
「ああそういう…… うすうすそんな気がしてたけどね。
アド教えた手紙に手紙で返信してきたくらいだもんなぁ。
まあ細かいことはどうでもいいや、それより今日はあのお姉さんいないの?」
「真宵さんですか? 私のすぐそばにいますよ。
高岳さんの八咫烏を怯えさせないよう姿を消してもらっています。
もう警戒していないようなら出て来てもらいますが大丈夫ですか?」
零愛の肩に乗っている八咫烏は何事もないように鎮座しているので、ドライブインで真宵に捉えられたことなど覚えていないのかもしれない。だが油断はせず慎重に様子を伺いつつ真宵を実体化させてみると、やはり覚えていたようで零愛の背中に回りこんで隠れてしまった。
「こらこら、もう大丈夫だから隠れないで挨拶しなよ?
それとも照れてるのかな? 真宵さんってすごい美人だもんね」
「そうでしょ? 私の理想のお姉さんですもの。
高岳さんにも同じように感じてもらえてとても嬉しいわ」
「うちの子もカワイイって言ってあげたいけどしょせんカラスだからねぇ。
あ、そうそう、ウチのことは歳とか気にしないで零愛って呼んでいいからね。
ウチは八早月って呼ばせてもらうからさ」
「え、ええ、わかったわ、でも私は誰かを呼び捨てにはしない主義なの。
だから他のお友達と同じように零愛さんとお呼びするわね」
「オッケーオッケー、んであとどのくらいで着くの?
八早月んちは駅から近いんだっけ?」
「金井駅からだと一時間くらいね。
バスで行くなら歩きを入れて一時間半以上かかるからそれよりは早いですよ」
それを聞いた零愛は、ひええと言いながら大げさなリアクションで両手を上げシートへとひっくり返って寝ころぶ。驚いた八咫烏が車内へ舞い上がったあと、寝息を立て始め上下する零愛の腹の上へと舞い降りた。
同じ神職である彼女は、神翼と呼ばれる守護獣を従える御神子と呼ばれる巫であった。滅多にと言うか、お互い初めて出会った別の巫一族であることや年齢がそれなりに近いことで、ぜひ直接会ってみようと言う話になったのだ。
前回は学校行事の途中だったこともあり、姿引を通じて不明瞭な出会いをしたことが一度、その後に手紙と電話で話をした程度の付き合いに留まっている。その零愛が夏休みだから遊びに来ると言いだしたのが数日前のことだった。
そんなことがあって、この日は板倉の運転で零愛を迎えに金井駅まで来ていた。せっかくここまで来たのなら美晴たちと会っていきたいが、つい数日前まで泊まりに来ていたし、会えば話し込んでしまいそうなのでここはじっと我慢である。
「へえ、あんな遠くからいらっしゃるんですか。
浪内西郡の白波町からだと電車で五時間くらいかかるんじゃねえですかね?」
「そうよね、バスでも相当の長旅だったんだもの。
わざわざ来てもらうなんて悪いことしたかしらね」
「まあ嫌なら来ないでしょうし、祭を見たいってなら来るしかねえですしね。
そのお嬢さんを拾ったら洋菓子店かどこかへ寄りますか?
近名井で寄るくらいなら金井で買っておいた方がいいかもしれません」
「それもそうですね、お手数だけど板倉さん買ってきてもらえるかしら。
ご自分と玉枝さんたちの分もね、私はいちごの乗ってるやつをお願い。
お母さまは甘いもの好きだから栗のやつを二つお願いするわね」
「あれま、こりゃ随分と甘党なことで」
「なにか?」
「いえいえ、それじゃ行ってきますがくれぐれも――」
「大人しくしていますから心配しないでくださいな。
それに私から仕掛けるなんてことあり得ませんからね」
駅前で一人待つ八早月は、必要以上によそ行きな雰囲気だったのか、道行く人たちからチラチラと視線を集める程度には目立っていた。と言うより黒塗りの高級車から美少女が降り立ったこと自体が、片田舎の寂れた駅前では珍しいことなのだ。
しばらくすると予定時刻を大分過ぎて零愛が到着した。思っていたよりも乗り換えで時間がかかったらしく、午前中に到着する予定が遅れ昼過ぎの電車になったようである。ここからバスと徒歩を使って家まで来るのを待っていたら夕方になってしまっただろう。
とっくに戻って来ていた板倉の運転する車へ乗りこむと、零愛はようやく一息つけたと言うように大きく息を吐きだした。その様子を見た八早月は、やはり金井駅まで迎えに来て正解だったと満足げだった。
「なんか待たせちゃってごめんね。
乗り換えがあるってわかってなかったのよ。
まあそんなのメッセ送ったからわかってるよね」
「ああ、これはそういうことなのですね。
なにか届いているなとは思ったのですけど、どうせお会いするのだからと思い確認していませんでした」
「ちょっなんでよ! こう言う時に使わないで何に使うわけ!?
まさかあなた達って家同士のやり取りは狼煙でやってるとか言わないでよ?」
「さすがに狼煙は必要ありませんよ。
呼士同士は相当離れていても会話ができるのですから問題ありません」
真顔で答える八早月を見て何かを悟ったのか、零愛は肩をすくめながら言葉を続けた。その表情は諦めや呆れを表しているようにも見える。
「ああそういう…… うすうすそんな気がしてたけどね。
アド教えた手紙に手紙で返信してきたくらいだもんなぁ。
まあ細かいことはどうでもいいや、それより今日はあのお姉さんいないの?」
「真宵さんですか? 私のすぐそばにいますよ。
高岳さんの八咫烏を怯えさせないよう姿を消してもらっています。
もう警戒していないようなら出て来てもらいますが大丈夫ですか?」
零愛の肩に乗っている八咫烏は何事もないように鎮座しているので、ドライブインで真宵に捉えられたことなど覚えていないのかもしれない。だが油断はせず慎重に様子を伺いつつ真宵を実体化させてみると、やはり覚えていたようで零愛の背中に回りこんで隠れてしまった。
「こらこら、もう大丈夫だから隠れないで挨拶しなよ?
それとも照れてるのかな? 真宵さんってすごい美人だもんね」
「そうでしょ? 私の理想のお姉さんですもの。
高岳さんにも同じように感じてもらえてとても嬉しいわ」
「うちの子もカワイイって言ってあげたいけどしょせんカラスだからねぇ。
あ、そうそう、ウチのことは歳とか気にしないで零愛って呼んでいいからね。
ウチは八早月って呼ばせてもらうからさ」
「え、ええ、わかったわ、でも私は誰かを呼び捨てにはしない主義なの。
だから他のお友達と同じように零愛さんとお呼びするわね」
「オッケーオッケー、んであとどのくらいで着くの?
八早月んちは駅から近いんだっけ?」
「金井駅からだと一時間くらいね。
バスで行くなら歩きを入れて一時間半以上かかるからそれよりは早いですよ」
それを聞いた零愛は、ひええと言いながら大げさなリアクションで両手を上げシートへとひっくり返って寝ころぶ。驚いた八咫烏が車内へ舞い上がったあと、寝息を立て始め上下する零愛の腹の上へと舞い降りた。
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