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第五章 葉月(八月)
88.八月五日 夜 落としどころ
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長い歴史を積み重ねてきた八岐神社と八家だが、今の今まで誰も何の疑問も持っていなかったこと。それは呼士と言う存在が何なのかと言うことだ。文献や伝承では八岐大蛇より賜った力を振るい、妖と戦うための戦士であると言う以外は明確に記されてはいない。
「藻様? 適当なことを言っているわけではないのですね?
その、呼士が…… 妖だと言うことについて……」
「はい、間違いございませんよ。
まず大前提として現世と常世がございますよね?。
そして現世に生きる者たちを生者、常世に住まうものを死者と分けている。
妖とは死者、もしくは棄物ですから、常世から現れる呼士は妖でしょう?
言い換えるのであれば死者を元にした付喪神のような存在と言ってもいいかと」
「なるほど、言われてみれば確かにその通りかもしれません。
ですがなぜ今まで全く論じられてこなかったのか、伝承になかったのか。
宿おじさま、その辺りはどうなのですか?」
「突然僕に振られても困りますが、今まで考えたこともありませんな。
てっきり我らの体内に取り込まれている神器である神刃の力かと」
初崎宿が言うように八早月も同じ認識だった。そのために神刃の継承を行う八岐贄の儀があり、力を高めるための織贄の儀が行われているのだ。とは言え、藻が言うように分類するとしたら妖側だろう。
「私は八岐大蛇については世間一般の伝承しか存じません。
ですからこれは推測を含みますので違っていてもご容赦を。
まず、神刃なるものを体内に宿していることがまず稀有な例なのです。
ほとんどの神職は、血統か覚醒で得られるもののはず。
私の力を受けられる者が血統と素養を必要とするのもその理屈となります」
「でも血統は必須ではないのでしょう?
それなら綾乃さんへ憑依しようとするのが筋ですからね」
「いえいえ、ですからそれは力を与える場合、つまり眷属にする場合です。
八早月様へ提案しているのは私が取り込まれ従うことでございます。
どちらかと言えばもう一つの条件、覚醒に近い方法と言えるかもしれません。
よく聞くものだと山伏が修行の果てに神通力を得るという方法がございます。
これは長年祀られたことで神格を得た私のようなものと似ているでしょう?
八早月様はもはやその高みに達しているのです。
私のように暇を持て余している神が他にもいれば、恐らく八早月様へ同じことを請うでしょう」
「ですからそこでなぜ私なのでしょうか。
全国にどのくらいの巫がいるか知りませんが、もっとふさわしい者がいるはず」
「失礼ながらそれは楽観的すぎるお考えだと申し上げます。
私が眷属を失い現世より切り離され彷徨うようになってからおよそ四百年以上。
その間、誰からも呼ばれることは無かったのです。
常世から現世を見ておりましたからこの世の発展が神を不要としたことは承知。
ですが、此度のように私に狐の力を求める者さえおらなんだ」
「ですがそれは随分とおかしな話、全国で一番多い社は稲荷神社ですよ?
数万の稲荷全てから一度も望まれなかったなどと言うことがあるでしょうか」
「言わんとすることはわかります。
しかし、稲荷の主祭神がまず三種、御食津神に玉藻前、そして私です。
全国にある稲荷のうち大多数、いやほぼすべてが御食津神を祀っているのです。
藻や玉藻前を祀る稲荷はごくわずかしか存在しておりません。
ですのでこの度こうして呼ばれたことは奇跡、いや縁と言っていいでしょう」
縁などと言われると、その言葉の意味を大切に考える八早月は藻のことを無碍に出来そうもない。それにこの件に時間を取られ過ぎていい加減どうにかしたいと考えていることもあり、とうとう痺れを切らして立ちあがった。
「わかりました、そこまで言うなら仕方ありません。
宿おじさまをそろそろ帰さないと満瑠もかわいそうですからね。
これから私が自分へ常世の扉を開きますからそこへ入って貰えばよいですか?
ひとつ約束してもらいたいのは、呼びもしないのに勝手に出てこないこと。
それと、少しでもおかしな真似をしたら即斬り棄てます」
「ありがとうございます!
末永く、子々孫々お仕えすることを誓います!」
そう言うと、八早月は鏡を見ながら自分の胸元へ狐面の朱書きを行い、八岐大蛇の力を降臨させて常世の扉を開いた。朱書きへ向かって頭を下げ、感謝しながら吸い込まれていく藻を見ているとなんだか申し訳ない気持ちも込み上げてくるが、落としどころとしてはこんなところだろう。
藻が体内へ全て吸い込まれたことを確認すると、八早月は扉を閉じる動作を行いながら祈りを捧げ、藻を己の中へと封印した。
「藻様? 適当なことを言っているわけではないのですね?
その、呼士が…… 妖だと言うことについて……」
「はい、間違いございませんよ。
まず大前提として現世と常世がございますよね?。
そして現世に生きる者たちを生者、常世に住まうものを死者と分けている。
妖とは死者、もしくは棄物ですから、常世から現れる呼士は妖でしょう?
言い換えるのであれば死者を元にした付喪神のような存在と言ってもいいかと」
「なるほど、言われてみれば確かにその通りかもしれません。
ですがなぜ今まで全く論じられてこなかったのか、伝承になかったのか。
宿おじさま、その辺りはどうなのですか?」
「突然僕に振られても困りますが、今まで考えたこともありませんな。
てっきり我らの体内に取り込まれている神器である神刃の力かと」
初崎宿が言うように八早月も同じ認識だった。そのために神刃の継承を行う八岐贄の儀があり、力を高めるための織贄の儀が行われているのだ。とは言え、藻が言うように分類するとしたら妖側だろう。
「私は八岐大蛇については世間一般の伝承しか存じません。
ですからこれは推測を含みますので違っていてもご容赦を。
まず、神刃なるものを体内に宿していることがまず稀有な例なのです。
ほとんどの神職は、血統か覚醒で得られるもののはず。
私の力を受けられる者が血統と素養を必要とするのもその理屈となります」
「でも血統は必須ではないのでしょう?
それなら綾乃さんへ憑依しようとするのが筋ですからね」
「いえいえ、ですからそれは力を与える場合、つまり眷属にする場合です。
八早月様へ提案しているのは私が取り込まれ従うことでございます。
どちらかと言えばもう一つの条件、覚醒に近い方法と言えるかもしれません。
よく聞くものだと山伏が修行の果てに神通力を得るという方法がございます。
これは長年祀られたことで神格を得た私のようなものと似ているでしょう?
八早月様はもはやその高みに達しているのです。
私のように暇を持て余している神が他にもいれば、恐らく八早月様へ同じことを請うでしょう」
「ですからそこでなぜ私なのでしょうか。
全国にどのくらいの巫がいるか知りませんが、もっとふさわしい者がいるはず」
「失礼ながらそれは楽観的すぎるお考えだと申し上げます。
私が眷属を失い現世より切り離され彷徨うようになってからおよそ四百年以上。
その間、誰からも呼ばれることは無かったのです。
常世から現世を見ておりましたからこの世の発展が神を不要としたことは承知。
ですが、此度のように私に狐の力を求める者さえおらなんだ」
「ですがそれは随分とおかしな話、全国で一番多い社は稲荷神社ですよ?
数万の稲荷全てから一度も望まれなかったなどと言うことがあるでしょうか」
「言わんとすることはわかります。
しかし、稲荷の主祭神がまず三種、御食津神に玉藻前、そして私です。
全国にある稲荷のうち大多数、いやほぼすべてが御食津神を祀っているのです。
藻や玉藻前を祀る稲荷はごくわずかしか存在しておりません。
ですのでこの度こうして呼ばれたことは奇跡、いや縁と言っていいでしょう」
縁などと言われると、その言葉の意味を大切に考える八早月は藻のことを無碍に出来そうもない。それにこの件に時間を取られ過ぎていい加減どうにかしたいと考えていることもあり、とうとう痺れを切らして立ちあがった。
「わかりました、そこまで言うなら仕方ありません。
宿おじさまをそろそろ帰さないと満瑠もかわいそうですからね。
これから私が自分へ常世の扉を開きますからそこへ入って貰えばよいですか?
ひとつ約束してもらいたいのは、呼びもしないのに勝手に出てこないこと。
それと、少しでもおかしな真似をしたら即斬り棄てます」
「ありがとうございます!
末永く、子々孫々お仕えすることを誓います!」
そう言うと、八早月は鏡を見ながら自分の胸元へ狐面の朱書きを行い、八岐大蛇の力を降臨させて常世の扉を開いた。朱書きへ向かって頭を下げ、感謝しながら吸い込まれていく藻を見ているとなんだか申し訳ない気持ちも込み上げてくるが、落としどころとしてはこんなところだろう。
藻が体内へ全て吸い込まれたことを確認すると、八早月は扉を閉じる動作を行いながら祈りを捧げ、藻を己の中へと封印した。
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