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第五章 葉月(八月)
87.八月五日 夕方 緊急会合
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とにかく冷静でいられるものは誰もいなかった。なんと言っても神として祀られている存在が直接話しかけてきたのだ。しかもお告げのような不確かなものではなく、八家の当主が勢ぞろいしているところへ現れ、直接お願いされると言う信じられない出来事だった。
とは言っても、現れたのが本当に神なのかは確かめようがない。名乗りを信じるなら神話に残る悪女であり、同時に神社へ奉祀されている存在でもある。まずはこの真偽を確かめるべきだろうが、その方法に頭を悩ませているところなのだ。
「さあどうしましょう。
今の私は素直に子供でいたい気分です」
「いやいや、こう言う時こそ筆頭としてビシッとお願いします。
僕もこういう判断とか苦手なんですよね……」
「もう、宿おじさまが決めて下さると助かるのですけども!
前例が無さ過ぎて決めかねますが、どう判断すべきなのでしょうねぇ」
『私は悪い話ではないと思うのですよ。
なんと言っても神格ですし、二柱を宿す巫はそういないでしょう。
それに強力な神通力が使えるのは心強いのではありませんか?』
「いやまあ多ければいいと言うわけではないですからね。
神通力と言っても未知数ですし、今までなくて困ったこともありません。
そこまでして強大な力を得る必要があるでしょうか?」
「と言うことは八早月様は否定的と?」
「否定的なのではなくじっくりと時間を掛けて検討すべきと言うことです。
詳しく調べればなにかわかるかもしれませんからね」
「ええ、何なら僕がまた京都まで行って相談して参ります。
決して焦らず、じっくり考えて決めた方がいいでしょうな。
なんと言っても今すぐに必要と言うわけでもありませんから」
『しかし儀式の日が近づいておりますよ?
それまでに決めてしまった方がよろしいのではありませんか?』
「ですがそれは私が彼女を従えると言う理由にはなりません。
私にはすでに真宵さんがいますのでこれ以上強大な力は不要なのです。
それに自分にどれくらいの力があるかはわかりません。
万が一にも真宵さんを失うことなどあってはならないのですからね」
『八早月様、お気づかいありがとうございます。
私も主のためにこの先末永く精一杯働きたく存じます』
「それじゃこの話は保留か筆頭が考えると言うことで。
僕もそろそろ帰らないとかみさんに怒られてしまうのでね……」
宿はなんとかこの場を抜け出そうとしていかにも話が済んだように振舞った。しかし八早月はそれを許してくれない。
「宿おじさま? そうやって逃げるのはおやめくださいね。
なんなら絵美さんと満瑠を呼んでうちで食事にしても構いませんが?」
「いや、そうではないんだが、このまま考えていても答えは出ないのでは?
これを決められるのは筆頭のみだと思われますし…… ホントどうしましょう?」
この三人での会合から逃げたがっている宿を強い口調で引き留めた八早月に対し、部外者かつ当事者という微妙な立場である藻が言葉を連ねていく。その発言はどちらの肩を持つものでもなく、明らかに自分自身のためのものだ。
『おそらく懸念されているのは現在従えている真宵殿への影響かと。
それならば心配ご無用にございます。
眷属は八早月様の力を吸い取って動いているわけではないのですからね。
例えば主の能力全てを十とすると、眷属の力も十まで使えます。
二人同時に働かせるのならこれが五ずつに分け与えられる計算になります。
ですが二人従えて一人だけ働かせると十使えるということなのです』
「そんな都合のいい話があるのですか?
にわかには信じられませんし、あなたも随分とお詳しいではありませんか」
『それは当然、私は仮にも神格に手を届かせた存在ですから。
過去数々の巫女へ力を授けてきた経験が生きているのだと信じてくださいませ。
まあすでに死んでいる私が生きた経験と言うのもおかしな話ですが。
一つ問題があるとすれば――』
「問題があると?
やはりなにか裏があるのではないですか!」
明確に断る理由が見つかりそうだと八早月が目を光らせると、藻は神らしからぬ不敵な笑いを浮かべ答えを返してきた。
『八早月様の両腕には八岐大蛇が宿っております。
その気配から察するに、お体にも紋様が刻まれていると見ました。
つまり私を従えるために必要な狐面の朱書きをどこへ施すべきかが問題かと。
まあその気になれば顔や腹辺りが空いてはおりますがね』
「構えて聞けばそんな些細なことでしたか。
私はもっと致命的で決定的であると期待したのですけどね。
やはりここは心を鬼にして神へ逆らうことに致しましょうか。
どうしても申し訳ない、畏れ多いと思ってしまうと控えめになってしまいます」
『いやはや、せっかく神格を従える好機であると言うのにその考えとは。
さすが私が見込んだ巫女でございます。
ですが、神の遣いが神を従えるのも一興と思えませぬか?』
「しつこい! 大体いつまでこうして現世へ留まっているのですか!
どういう仕組みなのかわかりかねますが、自身の力で留まれるなら私は不要でしょうに」
『いえいえ、これでも未来永劫と言うわけではありません。
それになんらかの拍子で妖に倒されたら消滅してしまいます。
巫女に憑りつくことが、いや、従えていただければ永久の命も同然。
ですからこう強くお頼み申しておるのですよ。
私を従えていた巫女の家系が途切れて憑代を失い、今は常世へ追い出されてしまいましたゆえ』
「今あなたは憑りつくと申しましたね?
やはり妖の類と見られる、真宵さんに成敗していただきましょう」
『とんでもない、今のは言葉のあやですからね。
それに憑くことが必ずしも悪とは限りませぬ。
現にあなた方の呼士も巫へ憑りついている妖ではありませんか』
「えっ!?」
「ええっ!?」
この藻の発言には、八早月も宿も、そして当の真宵も驚きを隠せなかった。
とは言っても、現れたのが本当に神なのかは確かめようがない。名乗りを信じるなら神話に残る悪女であり、同時に神社へ奉祀されている存在でもある。まずはこの真偽を確かめるべきだろうが、その方法に頭を悩ませているところなのだ。
「さあどうしましょう。
今の私は素直に子供でいたい気分です」
「いやいや、こう言う時こそ筆頭としてビシッとお願いします。
僕もこういう判断とか苦手なんですよね……」
「もう、宿おじさまが決めて下さると助かるのですけども!
前例が無さ過ぎて決めかねますが、どう判断すべきなのでしょうねぇ」
『私は悪い話ではないと思うのですよ。
なんと言っても神格ですし、二柱を宿す巫はそういないでしょう。
それに強力な神通力が使えるのは心強いのではありませんか?』
「いやまあ多ければいいと言うわけではないですからね。
神通力と言っても未知数ですし、今までなくて困ったこともありません。
そこまでして強大な力を得る必要があるでしょうか?」
「と言うことは八早月様は否定的と?」
「否定的なのではなくじっくりと時間を掛けて検討すべきと言うことです。
詳しく調べればなにかわかるかもしれませんからね」
「ええ、何なら僕がまた京都まで行って相談して参ります。
決して焦らず、じっくり考えて決めた方がいいでしょうな。
なんと言っても今すぐに必要と言うわけでもありませんから」
『しかし儀式の日が近づいておりますよ?
それまでに決めてしまった方がよろしいのではありませんか?』
「ですがそれは私が彼女を従えると言う理由にはなりません。
私にはすでに真宵さんがいますのでこれ以上強大な力は不要なのです。
それに自分にどれくらいの力があるかはわかりません。
万が一にも真宵さんを失うことなどあってはならないのですからね」
『八早月様、お気づかいありがとうございます。
私も主のためにこの先末永く精一杯働きたく存じます』
「それじゃこの話は保留か筆頭が考えると言うことで。
僕もそろそろ帰らないとかみさんに怒られてしまうのでね……」
宿はなんとかこの場を抜け出そうとしていかにも話が済んだように振舞った。しかし八早月はそれを許してくれない。
「宿おじさま? そうやって逃げるのはおやめくださいね。
なんなら絵美さんと満瑠を呼んでうちで食事にしても構いませんが?」
「いや、そうではないんだが、このまま考えていても答えは出ないのでは?
これを決められるのは筆頭のみだと思われますし…… ホントどうしましょう?」
この三人での会合から逃げたがっている宿を強い口調で引き留めた八早月に対し、部外者かつ当事者という微妙な立場である藻が言葉を連ねていく。その発言はどちらの肩を持つものでもなく、明らかに自分自身のためのものだ。
『おそらく懸念されているのは現在従えている真宵殿への影響かと。
それならば心配ご無用にございます。
眷属は八早月様の力を吸い取って動いているわけではないのですからね。
例えば主の能力全てを十とすると、眷属の力も十まで使えます。
二人同時に働かせるのならこれが五ずつに分け与えられる計算になります。
ですが二人従えて一人だけ働かせると十使えるということなのです』
「そんな都合のいい話があるのですか?
にわかには信じられませんし、あなたも随分とお詳しいではありませんか」
『それは当然、私は仮にも神格に手を届かせた存在ですから。
過去数々の巫女へ力を授けてきた経験が生きているのだと信じてくださいませ。
まあすでに死んでいる私が生きた経験と言うのもおかしな話ですが。
一つ問題があるとすれば――』
「問題があると?
やはりなにか裏があるのではないですか!」
明確に断る理由が見つかりそうだと八早月が目を光らせると、藻は神らしからぬ不敵な笑いを浮かべ答えを返してきた。
『八早月様の両腕には八岐大蛇が宿っております。
その気配から察するに、お体にも紋様が刻まれていると見ました。
つまり私を従えるために必要な狐面の朱書きをどこへ施すべきかが問題かと。
まあその気になれば顔や腹辺りが空いてはおりますがね』
「構えて聞けばそんな些細なことでしたか。
私はもっと致命的で決定的であると期待したのですけどね。
やはりここは心を鬼にして神へ逆らうことに致しましょうか。
どうしても申し訳ない、畏れ多いと思ってしまうと控えめになってしまいます」
『いやはや、せっかく神格を従える好機であると言うのにその考えとは。
さすが私が見込んだ巫女でございます。
ですが、神の遣いが神を従えるのも一興と思えませぬか?』
「しつこい! 大体いつまでこうして現世へ留まっているのですか!
どういう仕組みなのかわかりかねますが、自身の力で留まれるなら私は不要でしょうに」
『いえいえ、これでも未来永劫と言うわけではありません。
それになんらかの拍子で妖に倒されたら消滅してしまいます。
巫女に憑りつくことが、いや、従えていただければ永久の命も同然。
ですからこう強くお頼み申しておるのですよ。
私を従えていた巫女の家系が途切れて憑代を失い、今は常世へ追い出されてしまいましたゆえ』
「今あなたは憑りつくと申しましたね?
やはり妖の類と見られる、真宵さんに成敗していただきましょう」
『とんでもない、今のは言葉のあやですからね。
それに憑くことが必ずしも悪とは限りませぬ。
現にあなた方の呼士も巫へ憑りついている妖ではありませんか』
「えっ!?」
「ええっ!?」
この藻の発言には、八早月も宿も、そして当の真宵も驚きを隠せなかった。
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