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第五章 葉月(八月)
100.八月十七日 夜 誘い
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お盆と言えば八畑村、および八岐神社では先祖祀りと呼んでいて、ご先祖様へ感謝の気持ちを伝える行事である。村内の各家庭では祭壇に供物を盛りつけ、宮司と共に祈祷を捧げるのだが、高齢の宮司が徒歩で全家庭を回るのは相当大変だろう。
その労いと、このところ綾乃のことで立て続けに世話になったこともあり、八早月は宮司である八畑由布鉄へマッサージチェアなるものを贈った。
これは電気製品を初めとする生活用品の卸売会社へ勤めていると言う夢路の父に手配してもらい、盆休み中だと言うのに配達までしてもらったものだ。その配達にちゃっかりと便乗してきた夢路は、父親と共に櫛田家で昼食を共にしてから満足げに帰って行った。八早月はその際、来週海へ出掛ける誘いを受けたのだった。
『ねえねえ八早月ちゃん、来週の木金土で海へ行こうよ。
さっき零愛さんに聞いてみたらおうちに泊めてくれるってさ』
『またそんな突然に無理を言って、ご迷惑ではなかったのかしら?
週末ならお役目当番ではないけれど、板倉さんに連れて行ってもらえるか聞いてみないといけないわ』
『行きはうちのパパが連れて行ってくれるって。
会社の人たちと釣りで何度か行ったことあるところの近くらしいよ。
だから帰りだけお願いできるか聞いてみてくれないかなぁ。
無理なら電車で帰るんでもいいよね?』
『そうね、聞いてみるわ。
お盆過ぎだとクラゲが出るって言ってたけど平気なの?
きれいでかわいいのは見た目だけって話よ?』
『きっと大丈夫、じゃないかなぁ…… わかんないけどさ。
でも行けるときに行かないと一生海に入れないかもしれないでしょ?』
そんな大げさな話をしたのが昼過ぎのこと。そして今は夕飯を食べ終わったところで、この晩は珍しく板倉も母屋で食事を取っていた。
「お嬢? 本当に往復で無くてよろしいんですか?
私はなんの用事もございませんから付きっきりでもいいんですがねぇ」
「もしもお母さまの用が出来るといけないもの。
やはりこちらにいてもらった方がいいわ。
お迎えだけ来てもらうなんて都合よすぎて申し訳ないけどお願いできるかしら?」
「もちろん喜んで馳せ参じますよ。
そう言えば、白波町の港から出ている船で小さな無人島へ行かれるんですよ。
島にはちょっとした神社と言うか祠があって、若い頃交通安全祈願しましたね。
もしご興味あれば行ってみるといいかもしれません」
「それはいいことを教えてもらえたわね。
ぜひ行ってみることにしましょう、楽しみが一つ増えて嬉しい。
板倉さんは本当に物知りで尊敬するわ、ありがとう」
恐縮しきりの板倉の背中を房枝が笑いながら叩いている。八早月はそんな姿を見ながら、もしかしてその祠が高岳家が護っているものかもしれないと考えていた。
美晴へは夢路が連絡するとのことだったので、八早月からは綾乃へ連絡することになった。相変わらずおぼつかない手つきですまほを操作し、なんとかメッセージを送ると、驚くほど速く返信が来て信じられない様子で確認すると、ちゃんと三行ほどの文がしたためられていてさらに驚くのだった。
おそらく八早月ならまだ数文字打てていたかどうかも怪しいものだが、綾乃も美晴も夢路も、それはもう熟練の達人と思える器用さなのだ。八早月には到底真似のできないことなので無理はせずに、続きの話は電話ですることにした。
「もしもし綾乃さん? 夜分遅くに申し訳ありませんが少しお話いいかしら。
子狐のことでご相談があるのだけどお変わりないかしら?」
『うん、大丈夫だよ、藻狐がどうかしたの?
特に変わったことは無いし、いつも元気にしてるよ』
「そのモコのことですけれど、私と真宵さんのようになれたらいいと思いますか?
望むなら綾乃さんとモコで会話できるようにすると藻さんが言っているの」
『ええっ!? そんなことができるの? モコとお話しできるならしたいなぁ。
と言うことは今も会話の内容は理解できてるってこと?』
「今は人同士の会話は理解できていないでしょうね。
でも綾乃さんの想いや願いは通じているはずですよ。
だからきちんと言うことを聞くでしょう?」
『そっか、と言うことは私が言ったことをどう受け取ってるかわかるのかぁ。
今まで酷いことさせていたら困るし、返事が返ってくるならそのほうがいいね!
どうしたらいいの? もしかしてまた儀式とかやるの?』
「そう言えばそれは聞いていませんでした。
少し待ってもらえますか?」
うっかり失念していたが、綾乃と子狐になにが必要なのかを八早月は急いで藻へ尋ねた。すると特に必要なものは無く、目の前にいればいいとのことだ。何となくだが、力をポンと手渡しで授けると思えばいいらしい。
「それでは今度会った時にやってみましょう。
場所もどこでもいいようなので出先でもできますしね」
『うんうん、すっごく楽しみ! ありがとうね、八早月ちゃん。
それじゃ来週の海も楽しみにしてるからねー』
二人は上機嫌で通話を終えようとした、のだが、最後に綾乃が言い残したことがある様子で待ったをかけた。
『そう言えば八早月ちゃん、夏休みの宿題進んでる?
私はまだ半分くらい残ってるからやっちゃわないと遊び行っちゃダメって言われちゃうよ――』
海へ行くことが楽しみで呆けていた八早月は、この瞬間に現実へ戻ってきた。
その労いと、このところ綾乃のことで立て続けに世話になったこともあり、八早月は宮司である八畑由布鉄へマッサージチェアなるものを贈った。
これは電気製品を初めとする生活用品の卸売会社へ勤めていると言う夢路の父に手配してもらい、盆休み中だと言うのに配達までしてもらったものだ。その配達にちゃっかりと便乗してきた夢路は、父親と共に櫛田家で昼食を共にしてから満足げに帰って行った。八早月はその際、来週海へ出掛ける誘いを受けたのだった。
『ねえねえ八早月ちゃん、来週の木金土で海へ行こうよ。
さっき零愛さんに聞いてみたらおうちに泊めてくれるってさ』
『またそんな突然に無理を言って、ご迷惑ではなかったのかしら?
週末ならお役目当番ではないけれど、板倉さんに連れて行ってもらえるか聞いてみないといけないわ』
『行きはうちのパパが連れて行ってくれるって。
会社の人たちと釣りで何度か行ったことあるところの近くらしいよ。
だから帰りだけお願いできるか聞いてみてくれないかなぁ。
無理なら電車で帰るんでもいいよね?』
『そうね、聞いてみるわ。
お盆過ぎだとクラゲが出るって言ってたけど平気なの?
きれいでかわいいのは見た目だけって話よ?』
『きっと大丈夫、じゃないかなぁ…… わかんないけどさ。
でも行けるときに行かないと一生海に入れないかもしれないでしょ?』
そんな大げさな話をしたのが昼過ぎのこと。そして今は夕飯を食べ終わったところで、この晩は珍しく板倉も母屋で食事を取っていた。
「お嬢? 本当に往復で無くてよろしいんですか?
私はなんの用事もございませんから付きっきりでもいいんですがねぇ」
「もしもお母さまの用が出来るといけないもの。
やはりこちらにいてもらった方がいいわ。
お迎えだけ来てもらうなんて都合よすぎて申し訳ないけどお願いできるかしら?」
「もちろん喜んで馳せ参じますよ。
そう言えば、白波町の港から出ている船で小さな無人島へ行かれるんですよ。
島にはちょっとした神社と言うか祠があって、若い頃交通安全祈願しましたね。
もしご興味あれば行ってみるといいかもしれません」
「それはいいことを教えてもらえたわね。
ぜひ行ってみることにしましょう、楽しみが一つ増えて嬉しい。
板倉さんは本当に物知りで尊敬するわ、ありがとう」
恐縮しきりの板倉の背中を房枝が笑いながら叩いている。八早月はそんな姿を見ながら、もしかしてその祠が高岳家が護っているものかもしれないと考えていた。
美晴へは夢路が連絡するとのことだったので、八早月からは綾乃へ連絡することになった。相変わらずおぼつかない手つきですまほを操作し、なんとかメッセージを送ると、驚くほど速く返信が来て信じられない様子で確認すると、ちゃんと三行ほどの文がしたためられていてさらに驚くのだった。
おそらく八早月ならまだ数文字打てていたかどうかも怪しいものだが、綾乃も美晴も夢路も、それはもう熟練の達人と思える器用さなのだ。八早月には到底真似のできないことなので無理はせずに、続きの話は電話ですることにした。
「もしもし綾乃さん? 夜分遅くに申し訳ありませんが少しお話いいかしら。
子狐のことでご相談があるのだけどお変わりないかしら?」
『うん、大丈夫だよ、藻狐がどうかしたの?
特に変わったことは無いし、いつも元気にしてるよ』
「そのモコのことですけれど、私と真宵さんのようになれたらいいと思いますか?
望むなら綾乃さんとモコで会話できるようにすると藻さんが言っているの」
『ええっ!? そんなことができるの? モコとお話しできるならしたいなぁ。
と言うことは今も会話の内容は理解できてるってこと?』
「今は人同士の会話は理解できていないでしょうね。
でも綾乃さんの想いや願いは通じているはずですよ。
だからきちんと言うことを聞くでしょう?」
『そっか、と言うことは私が言ったことをどう受け取ってるかわかるのかぁ。
今まで酷いことさせていたら困るし、返事が返ってくるならそのほうがいいね!
どうしたらいいの? もしかしてまた儀式とかやるの?』
「そう言えばそれは聞いていませんでした。
少し待ってもらえますか?」
うっかり失念していたが、綾乃と子狐になにが必要なのかを八早月は急いで藻へ尋ねた。すると特に必要なものは無く、目の前にいればいいとのことだ。何となくだが、力をポンと手渡しで授けると思えばいいらしい。
「それでは今度会った時にやってみましょう。
場所もどこでもいいようなので出先でもできますしね」
『うんうん、すっごく楽しみ! ありがとうね、八早月ちゃん。
それじゃ来週の海も楽しみにしてるからねー』
二人は上機嫌で通話を終えようとした、のだが、最後に綾乃が言い残したことがある様子で待ったをかけた。
『そう言えば八早月ちゃん、夏休みの宿題進んでる?
私はまだ半分くらい残ってるからやっちゃわないと遊び行っちゃダメって言われちゃうよ――』
海へ行くことが楽しみで呆けていた八早月は、この瞬間に現実へ戻ってきた。
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