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第五章 葉月(八月)

99.八月十五日 昼 昼ドン(閑話)

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 いくら八畑村のような山奥に住んでいても飛行機くらいは知っている。日に何度かは上空を通過するからでもあるし、社会等の教科書に載っていたりもするからだ。あれが鉄でできていると初めて聞かされた時はにわかに信じられず、庭で金属製品を投げて確かめてみたことを八早月はふと思い出した。

 今日は一年に一度だけ、昼の時報がチャイムから午砲へと変わる日である。もう何十年の前にはこの近くにも空襲があったそうだ。幸い何もない山へ爆弾が落とされることは無かったが、それでも近隣、特に沿岸部では相当の犠牲者が出たらしい。

 その時に飛んでいた爆撃機は現代の旅客機よりも大分低く飛んでいたため、相当大きく見えたと言う。だが終戦の日は朝から空が静まり返っており、昼ドンがいつもより大きく聞こえたと村誌に残されている。

 その昼ドンの直後に流された玉音放送なるラジオ放送で、日本が戦争に敗北したと全国に周知されたと言うのは社会科や日本史で習った通りだ。その名残で八月十五日には録音された午砲のドンと言う音を使うことにしていると習った。

 実際にその頃のことを知るものはもう村にいない。それでも習慣として村全体で黙祷を捧げることだけは続いている。そしてもう一つお決まりなのが八岐神社で昼に振舞われるすいとんなのだが、八早月はこれが大嫌いだ。

「すいとんとはなんでこんなにねっとりとしているのでしょう。
 もちろんおいしいから食べていた物でないことくらい理解しています。
 それでもうどんにするとかやりようがあったのではないかと思うのですよ」

「まあまあ、その頃に八早月ちゃんがいればそうしたかもしれないわね。
 でも男手を取られて畑仕事もままならなかったそうなのよ?
 なんにせよ戦や諍いは嫌なものだわ」

「はい、どんな小さなものでも放っておけば火種になりやがて大火となる。
 都会では見て見ぬ振りが当然、下手をすれば美徳とされる風潮だと聞きます。
 そんな世の中であってほしくはありませんね」

 そんな話をしながら、八早月は母と共に配膳に精を出していた。村人に崇められていると言っても過言ではない立場の八家面々だが、こう言った祭事では当たり前のように人足として駆り出される。太古の昔から八畑村には身分や職業貴賤はほぼ存在せず、統治者はいても支配者はいないのだ。

 もちろん現代日本に属している市区町村の一つなので村議会も村長も選挙で決められているし、村で独自の年貢制度を設けていたり、強制的な労働奉仕等もない。それでも神社には寄付が集まるし、八家近隣の農家は作物を差し入れてくれ生活水準的には恵まれていると言える。

 そのため、普段大切にしてもらっているお返しとして、こう言った奉仕活動のようなことにしっかりと取り組んでいるのだ。だがやはりそれはそれ、これはこれ。

「私はやはりすいとんが好きになれそうにありません……
 ですからお母さま、私の分にすいとんは入れないで下さい」

「あらあら、好き嫌いはいけませんよ?
 少しでもいいからちゃんとおあがりなさいね」

「はい、わかりました……」
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