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第五章 葉月(八月)

104.八月二十三日 昼過ぎ 名物

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 店内と言っていいのかわからないが、中へ入るとそこは全面土間だった。中ほどに煙突のようなものがあってその周囲に椅子が置いてある。八早月たちは零愛に促されるまま内側へ向かって腰かけたが、丁度輪になるような形なのが何だか面白い。

「いらっしゃい、なんだ零愛か。
 今日は随分大勢だな、部活の帰りにしちゃユニフォームじゃねえな?」

「ちわっ、夏休みだから我が弱小ソフト部は休みだもーん。
 今日は十久野から来た友達を連れてきたんだ。
 はるばる来たんだからうまいもん頼むよ?」

 零愛と親しげに話すしわくちゃの老人は相当の歳に見える。しかし腰が少し曲がった程度で足取りはしっかりしているし、何より眼光が鋭かった。

「苦手なもんがありゃ言ってくれ。
 腹の弱い奴は生の貝は止めといた方がいいな。
 面倒だから全員火を通して構わねえか?」

「うん、おじじいちゃんのお任せで構わないよ。
 なによりうまいのが一番だからさ。
 それと夜用に煮魚か天ぷらをお願い、三階に泊まるからさ」

「まったく相変わらずオメエはわがままだよなぁ。
 数出すなら昨晩釣ってきたメバルだが、十久野だと山育ちだろ?
 太刀魚の天ぷらなんて珍しくていいんじゃねえか?」

「いいね! それじゃ後で持ってきてね。
 電話くれたら取りに来てもいいしさ」

「わあったよ、ホレ、先ずは先付でも食ってろ。
 火傷すんじゃねえぞ?」

 老人が出して来たのは七輪と皿に乗った大振りの貝だった。零愛は慣れた手つきで七輪を皆の中央にある煙突のような場所へ入れてからその上に網と貝を乗せる。どうやら囲炉裏を囲んでバーベキューをするようなものだろう。

 最初に出してくれたのはハマグリで、八早月は当然初めて見る貝だった。しばらくするとパカッと貝の口が開き、バターを乗せて醤油を垂らすと香ばしくて食欲をそそるいい香りがしてお腹が鳴ってしまう。

「ほふっ、はみこれ、おいひいねえ。
 コレ焼きハマグリって言うんだよね、ホントすごくおいしいよ」

「すっごくおいしい! アタシこんなおいしい貝食べたの初めてだよ!」

「随分と肉厚なのね、貝なんてシジミくらいしか食べたことなかったから驚きよ。
 やっぱり海の近くはいいものね」

「これくらいで満足しちゃダメダメ。
 さ、本番といきましょうか、名物海鮮丼おまち!」

 まるで自分が作ってきたように得意げな零愛が手渡してくれたのは、丼に積み上がった刺身の山だった。だが今確かに零愛は『海鮮丼』と言ったはず。

「零愛さん? まさかこの下にご飯が入っているのかしら?
 私どうやって食べたらいいのかわからないわ」

「あはは、好きな刺身にわさびを乗せて醤油を付けて食べればいいんだよ。
 そのうちご飯も出てくるから気にしない気にしない。
 それとさ、サバとかマグロはこの網に乗せて半分くらい焼くとまた旨いよ」

「なるほど、なかなか難しいものなのね。
 それにしてもこんなに盛りつけてある器を見たのは初めてよ」

「ホント凄いね、ちょっと忘れないうちに写真撮っておかないとだよ。
 八早月ちゃんちでご馳走になった牡丹だっけ? あれも凄かったけどね。
 うちに来てもらってもなんのご馳走も出来なくてゴメン!」

「美晴さんの家ではミルクティーを教わったわ。
 私にとってはすごく素晴らしい体験だったんだから気にしないで。
 こんな体験が出来たのも夢路さんのお父さまが連れて来てくれたおかげだわ。
 先日は綾乃さんのお宅ではお手製ケーキをご馳走になったわね。
 本当にいいお友達ばかり増えて嬉しい限りよ」

「いやいや八早月は褒め上手すぎるだろ。
 まあとにかくみんなで食べようよ、マジで旨いんだからさ。
 それにな? 実はこれって子供用だから小盛りなんだぞ?」

 そう言って零愛が指さした方を見ると、二回りは大きな丼が重ねておいてある。本当にあんな大きな器が一人用として存在するのかと言うくらい大きな丼だ。見ているだけで満腹になりそうに思えたが、実際には本当に食べた量で満腹になった面々だった。
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