限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第五章 葉月(八月)

106.八月二十三日 夕方 姉弟

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 八早月と綾乃は初めての海、美晴と夢路も磯は初めてだったらしい。泳いだわけでもないが、足場の悪いところを行ったり来たりしているだけでもかなりの運動量である。八早月以外は大分疲れた様子だと零愛に言われ引き上げることになった。間もなく陽が傾いてくるのでちょうどいい頃合いでもある。

「疲れたー、寝転がりたい。
 あとアイス食べたい」

「脚がガクガクする、磯って随分と疲れるんだね」

「さすが、八早月ちゃんは平気っぽいね。
 私も横になって一眠りしたい気分」

「慣れない筋肉を使ったから私も少し疲れたわ。
 何より指先がお祖母ちゃんみたいになってしまったのが困ったわね」

「あはは、そんなのほっとけばすぐ戻るってば。
 それより順番に流してあげるからこっちおいで」

 そう言うと零愛は一階の駐車場入り口にビニールのカーテンを引いた。どうやらその中でシャワーを浴びられるようで、順番に頭から真水を掛けていく。

「ひゃー冷たーい、気持ちいーい」

「砂浜じゃなくてもなんか粒々が入っちゃってるもんだね。
 零愛さん、ここんとこもお願いします」

「ちょっとハルちゃん、そこ掴まないで! キャー、えっちー」

 出先での解放感、カーテンと衝立で表からは見えなくなっていて女子だけという安心感からか、なかなかに無警戒でじゃれ合っている。美晴と八早月なぞは水着をめくって流してもらっているくらいである。こうしてべたついた海水を洗い流してもらってスッキリ、となるはずだったのだが――

『八早月様!? お気をつけあれ!』

 真宵が突然現れて小太刀の柄に手を掛けた。全員カーテンの後ろにいるが、真宵の出現場所は表である。そして妖の気配も表――

「うわああああ! なんだ!? あ、あんた誰だよ!
 ちょっと! 斬らないで!」

「あれ? 随分早かったんだね、飛雄ってばクビにでもなった?
 それとも練習きつくて逃げ出して来たのかな?」

「ふっざけんな、姉ちゃんとこみたいな弱小じゃねえんだよ!
 練習は時間の長さじゃなくて中身の濃さだっての。
 それよりこの刀振り回している女、いや女性はどなたでしょうか……」

 真宵が警戒して瞬時に飛びかかろうとした相手は、零愛の弟である高岳飛雄こうだけ とびおと、彼の相棒である神翼かんばね金鵄きんしと言う名のトンビだった。

「真宵さん、その方は零愛さんの弟さんらしいわ。
 妖かと思ったのは遣いのトンビね」

「それは大変失礼しました。
 妖が察知できるようにはなりましたが、まだ細かな差異は判別できず。
 自身の未熟さを恥じるばかりでございます」

「まあまあそう大げさに構えないでさ。
 女子が大勢いるところにそっと近づいてきたこのバカがいけないんだから。
 飛雄、あんたが謝んなさい!」

「なんでオレが…… すいませんでした……
 水道あとどれくらいで終わる、終わりますか?」

「今脱いでる子もいるんだから急かさないでよ。
 すぐは終わらないからアイス買ってきて。
 アンタの分も買っていいからさ」

「ちぇ、人使い荒いんだからさぁ、適当にいくつか買ってくるからな。
 建て替えとくから後で絶対返せよ?」

 文句を言いながらも、姉とその友人のために買い物へ行ってくれるなんてなかなかいい弟である。八早月は高岳姉弟とその関係性が少しだけうらやましく感じる。

 そんな零愛だが、飛雄にはまだまだかかると言っておきながら、みんなのことを流してタオルを用意してから自分も手早くシャワーを済ませ部屋へと戻った。年下の面倒を見ずにはいられないところが姉気質なのだろう。

「さっきは大丈夫だった? 覗かれてないよね?
 まったくデリカシーがないっての」

「いやいや、弟さんは普通に帰ってきただけでしょ?
 なんだか脅してたみたいでかわいそうですよー」

「だねぇ、何してたんだかよくわからなかったけど、八早月ちゃんが何かしたの?
 飛雄さんだっけ? 彼もあの、そっち系?」

「またそっち系って言ったー、男の子もかんなぎでいいんだよね?
 まあ私は仕事してるわけじゃないから微妙だけど……」

「神の遣いになっていれば巫なのだから、綾乃さんも巫よ。
 わかりやすく巫女でも構わないと思うけれど、八岐神社の流儀だと巫ね。
 でもみくずさん流だとどうなのかしら?」

『呼び方なぞどうでも良いですよ? 過去には眷属と呼んでおりました。
 でもそれは私が彼女らを呼ぶ際のこと、一般的には巫女でございましょう』

「なるほど、どうやら巫女でいいらしいわね。
 綾乃さんへ力を授けた当人がそう言っているのだから間違いないわ」

「えっ!? 今八早月ちゃんは神様と話してたってこと?
 たまに独り言言ってるのってそういうことなの?」

「えっ!? 私ってそんなに口に出しているかしら?
 一応念話と言って頭の中で会話しているはずなのだけれど…… 恥ずかしいわね」

 結局は飛雄のことなどそっちのけで自分たちの話に夢中になってしまう、多感で移ろいやすい少女五人組なのだった。
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