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第五章 葉月(八月)
107.八月二十三日 夜 圧巻
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八早月は衝撃を受けていた。なんと言ってもこんなすさまじい食卓は初めてだったからである。彩りも櫛田家だけでなく、今まで体験したどれとも異なる異文化と言っていいくらいの衝撃と言えよう。
まず全体的にとにかく色が濃い。味付けの濃すぎる房枝さんだってここまで極端ではない。見たことの無い料理が多いと言うこともあって標準がわからないが、零愛の説明によると、鯛のアラ煮、鯖の味噌煮、海老の甘辛揚げはまっ茶色でいかにもしょっぱそうだ。
揚げ物もたくさんあって、帆立に鯵、烏賊のフライが山と盛られている。その他に昼に言っていた天ぷらも太刀魚と海老に申し訳程度の野菜が添えられて山盛りだ。そして鍋ごと運ばれてきた味噌汁には親の仇のように大量の剥き蛤が泳いでいる。
圧巻だったのはおにぎりである。やや小ぶりと言えなくもないが、それでも茶碗半分よりは大きいであろう塩にぎりが四十個もあった。どう見ても女子五人ではとても食べきれそうにない量だ。
「悪いんだけどトビ、えっと弟も一緒でいいかな?
それと量にビックリかもしれないけど全部食べなくてもいいからね。
残った分は明日の朝とか昼の弁当になるだけだから気にしないで平気だよ」
「弟さんの分も含まれていたのね、それを聞いて少し安心できたわ。
スポーツやっているようだし相当食べるのでしょうね。
あまりに山盛りで見てるだけでお腹がいっぱいになりそうだもの」
「男の子がいるとこんななのかな、すごい量だもんね。
うちの弟もいっぱい食べるようになるのかなぁ」
「夢の弟はすごい食べるんじゃない?
今だって五歳にしては大きい方なんでしょ?」
「そうらしいね、幼稚園では一番大きいってママが言ってたなぁ。
でも横には大きくならないでもらいたいけどね……」
そうこう言っている間に零愛が弟へ連絡したらしく、階段を上ってくる音が聞こえてきた。もちろん八早月や綾乃にはその気配で位置までわかるがそんなことはどうでもいい。今考えなければならないのは、彼が運んできた物についてなのだ。
Tシャツを袖まくりして肩を出した腕は引き締まっていて筋肉質で、少年と言うより立派な男性に見える。しかし顔はまだ幼さが残る坊主頭のニキビ面だ。そして見えている肌は全て真っ黒に日焼けしていて、八早月の知っている同年代男子である直臣とは全く異なる雰囲気である。
それに腕には大きな擦り傷が目立ち痛々しい。アレはお役目で付いたキズか、それとも野球の練習で付いたものなのか、八早月はそんなことを気にしていた。
「ちょっとトビったらまだ持ってくるわけ?
焼き物は部屋の外ね、通路でやって来てよ、酸欠になったら大ごとだからね」
「そっか、おじじいちゃんが伊勢海老持って来たから焼いてやるよ。
山から来たならこんなデカい海老珍しいだろ?」
飛雄はそう言って伊勢海老の尻尾を持ち八早月たちの前にぶら下げた。確かにこんな大きな海老は見たことが無いし、金井町にある鮮魚店には売ってないだろう。伊勢海老と言えば神宮のある三重県の伊勢が有名なはずだが、別に伊勢以外でも獲れるようだ。
こうして七輪と伊勢海老を運んできた飛雄を加えて黒一点の夕餉が始まった。もうここまで来ると宴と言っていいだろう。
「口の中が油っこくなったりしたらこれね、レモネード飲むとさっぱりするよ。
それと、太刀魚は天つゆじゃなくて塩で食べてみてね。
おにぎりは五個で足りる? 一応みんな五個ずつでウチとトビが十の計算なんだ」
「姉ちゃん、海老焼けたぞ、出汁酢でいいよな?
あと上に帆立もあったけどそれも焼くか?
せっかくお客さん来てんだからいっぱい出せって父ちゃんがよ」
「いやいや、来てくれたのは女子中学生だぞ?
そんなトビの仲間みたいに大喰らいじゃないっての。
ホントこれだから漁師はダメだっツーんだよ、なあ?」
なあ、と同意を求められても誰も返事が出来ない。八早月たちは零愛たちの勢いに圧倒され、黙って目の前に出された物を腹へと押し込み続けた。今日だけで何日分食べたかわからない。決して大げさではなく、本当にそれくらいは食べているだろう。
「誰か動ける? まあ無理かー
んじゃ残ったもん片付けてくるから寝転がってなよ。
トビ、ほれ行くよ、火の始末はちゃんとやってよね」
「おうよ、下で水かけて、それから運ぶからさ。
アイスは一階の冷凍庫に入れてあるぞ。
チョコミントはオレのだから食うなよ?」
「はあ? 歯磨き粉味なんてくわねーっての!
ウチはチョコモナカに決まってんだろ? この味音痴!」
零愛と飛雄はまだ食べる話をしている。八早月はその声を聞きながら一体何を争っているのかさっぱりわからなかった。それに零愛の口の悪さがひどくなっていることにも驚いていた。
大体八早月は、アイスと言えばお皿に乗せた丸いバニラアイスくらいしか食べたことが無い。他にあると言えば、宮司の奥さんが分校の給食に出してくれた牛乳を凍らせたようなアレが、もしかしたら手作りアイスなのかもしれない。
本当は夜になって美晴と夢路が寝た後に藻を呼び出して、綾乃と子狐を会話ができるようにしようと思っていた。しかし体が重くてどうにもいうことを聞かない。おそらく今晩はなにも出来ないだろう。
そう言えば小島にあると言う祠も見に行かなければいけないし、それが高岳家が管理する場所なのかも知っておきたいと考えていた。それもどれも今日はもう無理、全ては明日以降に考えることにしようと思った辺りで意識は途切れてしまった。
まず全体的にとにかく色が濃い。味付けの濃すぎる房枝さんだってここまで極端ではない。見たことの無い料理が多いと言うこともあって標準がわからないが、零愛の説明によると、鯛のアラ煮、鯖の味噌煮、海老の甘辛揚げはまっ茶色でいかにもしょっぱそうだ。
揚げ物もたくさんあって、帆立に鯵、烏賊のフライが山と盛られている。その他に昼に言っていた天ぷらも太刀魚と海老に申し訳程度の野菜が添えられて山盛りだ。そして鍋ごと運ばれてきた味噌汁には親の仇のように大量の剥き蛤が泳いでいる。
圧巻だったのはおにぎりである。やや小ぶりと言えなくもないが、それでも茶碗半分よりは大きいであろう塩にぎりが四十個もあった。どう見ても女子五人ではとても食べきれそうにない量だ。
「悪いんだけどトビ、えっと弟も一緒でいいかな?
それと量にビックリかもしれないけど全部食べなくてもいいからね。
残った分は明日の朝とか昼の弁当になるだけだから気にしないで平気だよ」
「弟さんの分も含まれていたのね、それを聞いて少し安心できたわ。
スポーツやっているようだし相当食べるのでしょうね。
あまりに山盛りで見てるだけでお腹がいっぱいになりそうだもの」
「男の子がいるとこんななのかな、すごい量だもんね。
うちの弟もいっぱい食べるようになるのかなぁ」
「夢の弟はすごい食べるんじゃない?
今だって五歳にしては大きい方なんでしょ?」
「そうらしいね、幼稚園では一番大きいってママが言ってたなぁ。
でも横には大きくならないでもらいたいけどね……」
そうこう言っている間に零愛が弟へ連絡したらしく、階段を上ってくる音が聞こえてきた。もちろん八早月や綾乃にはその気配で位置までわかるがそんなことはどうでもいい。今考えなければならないのは、彼が運んできた物についてなのだ。
Tシャツを袖まくりして肩を出した腕は引き締まっていて筋肉質で、少年と言うより立派な男性に見える。しかし顔はまだ幼さが残る坊主頭のニキビ面だ。そして見えている肌は全て真っ黒に日焼けしていて、八早月の知っている同年代男子である直臣とは全く異なる雰囲気である。
それに腕には大きな擦り傷が目立ち痛々しい。アレはお役目で付いたキズか、それとも野球の練習で付いたものなのか、八早月はそんなことを気にしていた。
「ちょっとトビったらまだ持ってくるわけ?
焼き物は部屋の外ね、通路でやって来てよ、酸欠になったら大ごとだからね」
「そっか、おじじいちゃんが伊勢海老持って来たから焼いてやるよ。
山から来たならこんなデカい海老珍しいだろ?」
飛雄はそう言って伊勢海老の尻尾を持ち八早月たちの前にぶら下げた。確かにこんな大きな海老は見たことが無いし、金井町にある鮮魚店には売ってないだろう。伊勢海老と言えば神宮のある三重県の伊勢が有名なはずだが、別に伊勢以外でも獲れるようだ。
こうして七輪と伊勢海老を運んできた飛雄を加えて黒一点の夕餉が始まった。もうここまで来ると宴と言っていいだろう。
「口の中が油っこくなったりしたらこれね、レモネード飲むとさっぱりするよ。
それと、太刀魚は天つゆじゃなくて塩で食べてみてね。
おにぎりは五個で足りる? 一応みんな五個ずつでウチとトビが十の計算なんだ」
「姉ちゃん、海老焼けたぞ、出汁酢でいいよな?
あと上に帆立もあったけどそれも焼くか?
せっかくお客さん来てんだからいっぱい出せって父ちゃんがよ」
「いやいや、来てくれたのは女子中学生だぞ?
そんなトビの仲間みたいに大喰らいじゃないっての。
ホントこれだから漁師はダメだっツーんだよ、なあ?」
なあ、と同意を求められても誰も返事が出来ない。八早月たちは零愛たちの勢いに圧倒され、黙って目の前に出された物を腹へと押し込み続けた。今日だけで何日分食べたかわからない。決して大げさではなく、本当にそれくらいは食べているだろう。
「誰か動ける? まあ無理かー
んじゃ残ったもん片付けてくるから寝転がってなよ。
トビ、ほれ行くよ、火の始末はちゃんとやってよね」
「おうよ、下で水かけて、それから運ぶからさ。
アイスは一階の冷凍庫に入れてあるぞ。
チョコミントはオレのだから食うなよ?」
「はあ? 歯磨き粉味なんてくわねーっての!
ウチはチョコモナカに決まってんだろ? この味音痴!」
零愛と飛雄はまだ食べる話をしている。八早月はその声を聞きながら一体何を争っているのかさっぱりわからなかった。それに零愛の口の悪さがひどくなっていることにも驚いていた。
大体八早月は、アイスと言えばお皿に乗せた丸いバニラアイスくらいしか食べたことが無い。他にあると言えば、宮司の奥さんが分校の給食に出してくれた牛乳を凍らせたようなアレが、もしかしたら手作りアイスなのかもしれない。
本当は夜になって美晴と夢路が寝た後に藻を呼び出して、綾乃と子狐を会話ができるようにしようと思っていた。しかし体が重くてどうにもいうことを聞かない。おそらく今晩はなにも出来ないだろう。
そう言えば小島にあると言う祠も見に行かなければいけないし、それが高岳家が管理する場所なのかも知っておきたいと考えていた。それもどれも今日はもう無理、全ては明日以降に考えることにしようと思った辺りで意識は途切れてしまった。
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