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第六章 長月(九月)

119.九月六日 午後 特別扱いと本音

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 二限目に決めた出場種目では最低一人一つと言うことだったのだが、八早月は何となく興味を持ったこともあって二種目へ立候補し、そのまま出場が決まった。

「八早月ちゃんやる気無さそうだったのに二つも手を挙げてびっくりだよ。
 もしかして野球の種目だからやってみようって思ったの?」

「そうね、障害物競走だけにしようと思ってたのだけれど、なんとなく、ね。
 実は、朝の鍛練で野球のバットを振る練習をしているのよ。
 これがなかなか負荷が高くていい鍛錬になっていてね。
 どうせならその成果を発揮してみたいと思ってしまったわ」

「あーあぁ、あからさまにガッカリしてるよ?
 今の今まで瞳がハートマークだったのにね、夢ってば残念」

「せっかくいい雰囲気なのかと思って期待したのに全然そんなこと無かったね。
 あれから零愛さんの弟さんに連絡取ったりしていないの?」

「なぜ? そもそも連絡先を知らないもの。
 とろうと思えば零愛さん経由でいつでも連絡はできるから困りはしないけどね」

「こりゃ諦めた方がいいよ、夢は自分の恋バナを聞かせられるよう頑張って。
 まずは部活対抗リレーにでるところから始めたらいいんだってば」

「だからそれは人数が足りないって言ってるじゃないの。
 大体部活が四つしかないのにリレーやろうと言うのが間違ってるわよ。
 しかも運動部は二つでしょ? あとは理科部と書道部だもん」

「でも委員会と教職員に父兄も一緒でしょ?
 意外にいい勝負するかもしれないね、書道部はともかくさ」

 最終的な出場種目は八早月が障害物競走とティーバッティング、美晴は大玉転がしと大縄跳びに応援団、それに部活対抗リレーに出場することに決めたようだ。どれにも立候補しなかった夢路は、希望者の足りなかったバドミントンと玉入れをやるようにと決められてしまった。

「今月は毎日体育祭の練習があるから授業が少なくて嬉しいよ。
 夢は嫌かもしれないけどバドと玉入れならまあ楽そうでいいんじゃない?」

「そうだね、バドミントンは小学生の時よくやってたもんね。
 玉入れも人数多いから下手でも目立たなくて良かったかも……」

「あまり気にし過ぎない方がいいんじゃないかしら。
 こういうのは一生懸命やるのが美徳とされるものでしょう?
 手を抜かないで取り組めばそれで充分よ」

 八早月たちがそう話し合って気持ちを高めていると、班の男子が他の子と一緒に茶化してきた。

「やだやだ、真面目ちゃんはこれだからな。
 体育祭なんて適当にやればいいんだよ、真剣勝負で上級生に敵うわけないし。
 それを一生懸命にやるとかばからしい」

「まあ点数稼ぎにはいいんじゃねえの?
 学年一位の優等生だからな、先生にも気に入られてるんだろ。
 お嬢様は特別だからってな」

 八早月はあからさまに悪口を言われたのが初めてだったので、なぜかとても嬉しくなった。陰では理事長の身内だから特別扱いされているとか、教師に気に入られるために優等生ぶってるとか言われているのは(夢路を通じて)知ってはいたのだ。

 どちらかと言えば周囲が八早月を特別扱いし、特異な目で見ているため距離を感じていた。しかし今初めて正面からぶつかってくる者が現れた。これはまさに素の八早月に向かって発せられた言葉なのだ。

「いい傾向ね、私に向かってそう言ってくれる人がいるのは幸せだわ。
 皆さん変に気を使って距離を取っているものね」

「なに言ってんだコイツ、バッカじゃねーの。
 相手にしてもつまんねえし行こうぜ」

 相変わらず班唯一の男子である斉藤は八早月たちとウマが合わない。気まずいのか単に嫌っているのかはわからないが、班行動でもすぐに反対意見を言うのだ。それでも今回のように他の男子と一緒にやって来て悪態を付くのは初めてのことだった。

「八早月ちゃん大丈夫だった? なにあれ、斉藤のくせに生意気!
 どうせ一人じゃなにも言えないくせにさ」

「夢路さんが怒らなくてもいいわよ、私は気にしていないのだし。
 それどころか嬉しいくらいなの、こんな風に本音でぶつかってくれるなんてね。
 今まで周囲に大人ばかりだったから甘やかされて来たと思うから新鮮よ?」

「まあ八早月ちゃんがいいなら私がしゃしゃり出ることでもないけどさ……
 でもあんな言い方は無いと思うよ? 男子としてサイテーだよ」

「でもこういうのがアツい展開ってやつじゃないの?
 少年マンガにはよくあるじゃない? 敵が味方になるみたいなやつ」

「そんないいもんじゃ無さそうだけどねー」

 とまあ、少しだけトラブルらしきものもあったが、それ以上は特に何もなく、この日は初めて南中ソーランの練習が行われ一日が終わった。
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