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第六章 長月(九月)
121.九月九日 午前 公私混同
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野球の練習と同じだという体育祭競技のティーバッティングについて、八早月は夢路の強い押しもあって高岳飛雄と連絡を取り合うようになっていた。
それほど親しくもない男子と個人的なやり取りをするのはは好ましくないのではないかとも考えたが、なぜか零愛も夢路同様に乗り気だったので無碍にすることもできない。そんなことを考えているうちに今日もメッセージが送られてきた。
『今日はチームメイトに手伝ってもらって動画を取ってみたから参考にしてみて。ボールの下三分の一を斬るイメージで当たる瞬間にリストを効かせてバットを立てるようにな。そんな簡単じゃないからあくまで目標と言うか目安と言うかまあ頭の中に入れておく程度でいいと思う。それじゃ頑張って。わからないことがあったらなんでも聞いてくれよな。
<添付ファイル:mov_001.mp4>』
メッセージを開くと、ユニフォーム姿の飛雄がネットへ向けて打ちこんでいるところが再生された。きっと撮影している人の声だろうが、やたらと笑っているせいで映像が震えていてやや見づらい。たまにうるさいと言う飛雄の声も入っているが、こんなに笑われていたらやり辛いに決まっている。
『なるほど、ボールの右に立って体の左側で打つものなのですね。
つまりは裏手の横薙ぎと言えそうな、そんな斬り方とは、なるほどなるほど』
八早月はブツブツ言いながら動画を再生しているが、それを一緒になって覗き込んでいた真宵が妙な指摘をしてきた。
「八早月様、この者の握りはなぜ左右逆なのでしょうか。
それにこのこねくり回すような腕の使い方、解せませぬ」
「きっと刀と違って刃のついている側を意識する必要が無いからでしょうね。
しかも手首を返すと言うのですから驚きです。
おそらくはボールに回転を掛けるための技術なのでしょう」
「なるほど…… この動きで太刀を振るっていたらすぐ折れてしまいそうですね。
影響を受けぬよう気を付けないといけません」
「私の剣術が拙くなると真宵さんへ悪い影響を与えるのですか?
それならばあまり懸命にやらない方がいいのかもしれませんね」
「いいえ、そのようなことはございません。
八早月様の鍛錬を見ていて目から勝手に学んでしまうとまずいと言うことです。
私は私で自らを律し磨きを掛けますので、どうぞお気になさらず」
すると次は藻が口を挟んでくる。その後ろでは白蛇が何か言いたそうに順番を待っている様子だ。
「主様? なぜかような遊びに精を出すのでしょう。
しかも本気を出すことも敵わないでしょうに、まこと不思議でございますなぁ」
「遊びだから楽しいのですよ。それに私は本気で取り組みますからね。
少しやってみた感じだとなかなか難しいものでした。
―― おっと、無駄話をしている場合ではありません、どうやら出たようです」
「左様ですな、では私はこれにて失礼致します。
ほら、白蛇殿もお役目の邪魔になりますから引っ込みますよ」
妖の気配を感じ取った八早月たちは東へと飛んだ。どうやらかなり遠いようだが、先日八岐大蛇と邂逅してから近隣における察知能力が上がっていた。
しかも安全地帯とも言える結界の範囲も、まるでその場で見えているかのように感じられるのだ。その範囲は十久野郡のほぼ全域に及んでおり、学園の先まで見通せるほどである。もちろん範囲の中には綾乃の自宅も含まれ、彼女の家は近隣随一の強力な結界を形成していた。
他にも大小さまざまな社や祠にも結界は存在し、独自の巫を持たなくとも神格の影響だけで弱い妖は祓われていると見える。それでも何の庇護も受けられていない空白地帯のほうが多いわけで、やはり妖を退治する役目は必要なのだろう。
「どうやら見えてきました、人目がありそうな場所なので私を下ろしてください。
真宵さんは先に、相手は草鞋返しのようです。
力は大したことないはずですが気を付けてくださいね」
「はっ、主命のままに!」
草鞋返しは粗末にされた履物に妖が憑りついた怪異である。本来は草鞋を裏返す程度の力しかないのだが、現代社会においては足を滑らせるだけで命にかかわることもあり放置できない存在ではある。
「それにしても数が多いですね、次々に這い出て来ているようです。
真宵さんは手当たり次第退治してください、私は扉を探します」
「かしこまりました、おまかせくださいませ!」
通行人の足元で足を滑らせようとする草鞋返しを真宵が次々に斬り捨てていく。こうやって時間を稼いでいる間に八早月は捨て置かれた履物を見つけることが出来た。
両手を合わせ祈ろうとしたところで、バット状に加工した棍棒を持ってきてしまったことに気が付いた。練習熱心と言えば聞こえはいいが、お役目に集中していないと見なされても言い返すことができない失態だ。
八早月は苦笑しながらバットを足元へ置き、祈祷を行ってから履物に憑いた妖を祓った。最後に常世の扉を閉じて討伐を終えた。回収した履物は持って帰って八岐神社へ納め、後ほどきちんと祓うことになる。
「ふう、まあまあ手早くできましたね。
大ごとにならず良かったです、それでは帰りましょうか」
八早月が真宵と合流しひと気のないところへ向かおうとすると、明らかに年下で小学生くらいの男の子が近づいてきた。まさかこの子も見える子なのだろうか。思わず体をこわばらせた八早月に向かって男児は誇らしげに言い放った。
「なんだお前、バット買ってもらえないからって自分で作ったのか?
俺なんて金属バットにグローブだって持ってるんだぞ?」
誇らしげに八早月の目の前に差し出された男児の手には、確かにグローブを通したバットが握られていた。
それほど親しくもない男子と個人的なやり取りをするのはは好ましくないのではないかとも考えたが、なぜか零愛も夢路同様に乗り気だったので無碍にすることもできない。そんなことを考えているうちに今日もメッセージが送られてきた。
『今日はチームメイトに手伝ってもらって動画を取ってみたから参考にしてみて。ボールの下三分の一を斬るイメージで当たる瞬間にリストを効かせてバットを立てるようにな。そんな簡単じゃないからあくまで目標と言うか目安と言うかまあ頭の中に入れておく程度でいいと思う。それじゃ頑張って。わからないことがあったらなんでも聞いてくれよな。
<添付ファイル:mov_001.mp4>』
メッセージを開くと、ユニフォーム姿の飛雄がネットへ向けて打ちこんでいるところが再生された。きっと撮影している人の声だろうが、やたらと笑っているせいで映像が震えていてやや見づらい。たまにうるさいと言う飛雄の声も入っているが、こんなに笑われていたらやり辛いに決まっている。
『なるほど、ボールの右に立って体の左側で打つものなのですね。
つまりは裏手の横薙ぎと言えそうな、そんな斬り方とは、なるほどなるほど』
八早月はブツブツ言いながら動画を再生しているが、それを一緒になって覗き込んでいた真宵が妙な指摘をしてきた。
「八早月様、この者の握りはなぜ左右逆なのでしょうか。
それにこのこねくり回すような腕の使い方、解せませぬ」
「きっと刀と違って刃のついている側を意識する必要が無いからでしょうね。
しかも手首を返すと言うのですから驚きです。
おそらくはボールに回転を掛けるための技術なのでしょう」
「なるほど…… この動きで太刀を振るっていたらすぐ折れてしまいそうですね。
影響を受けぬよう気を付けないといけません」
「私の剣術が拙くなると真宵さんへ悪い影響を与えるのですか?
それならばあまり懸命にやらない方がいいのかもしれませんね」
「いいえ、そのようなことはございません。
八早月様の鍛錬を見ていて目から勝手に学んでしまうとまずいと言うことです。
私は私で自らを律し磨きを掛けますので、どうぞお気になさらず」
すると次は藻が口を挟んでくる。その後ろでは白蛇が何か言いたそうに順番を待っている様子だ。
「主様? なぜかような遊びに精を出すのでしょう。
しかも本気を出すことも敵わないでしょうに、まこと不思議でございますなぁ」
「遊びだから楽しいのですよ。それに私は本気で取り組みますからね。
少しやってみた感じだとなかなか難しいものでした。
―― おっと、無駄話をしている場合ではありません、どうやら出たようです」
「左様ですな、では私はこれにて失礼致します。
ほら、白蛇殿もお役目の邪魔になりますから引っ込みますよ」
妖の気配を感じ取った八早月たちは東へと飛んだ。どうやらかなり遠いようだが、先日八岐大蛇と邂逅してから近隣における察知能力が上がっていた。
しかも安全地帯とも言える結界の範囲も、まるでその場で見えているかのように感じられるのだ。その範囲は十久野郡のほぼ全域に及んでおり、学園の先まで見通せるほどである。もちろん範囲の中には綾乃の自宅も含まれ、彼女の家は近隣随一の強力な結界を形成していた。
他にも大小さまざまな社や祠にも結界は存在し、独自の巫を持たなくとも神格の影響だけで弱い妖は祓われていると見える。それでも何の庇護も受けられていない空白地帯のほうが多いわけで、やはり妖を退治する役目は必要なのだろう。
「どうやら見えてきました、人目がありそうな場所なので私を下ろしてください。
真宵さんは先に、相手は草鞋返しのようです。
力は大したことないはずですが気を付けてくださいね」
「はっ、主命のままに!」
草鞋返しは粗末にされた履物に妖が憑りついた怪異である。本来は草鞋を裏返す程度の力しかないのだが、現代社会においては足を滑らせるだけで命にかかわることもあり放置できない存在ではある。
「それにしても数が多いですね、次々に這い出て来ているようです。
真宵さんは手当たり次第退治してください、私は扉を探します」
「かしこまりました、おまかせくださいませ!」
通行人の足元で足を滑らせようとする草鞋返しを真宵が次々に斬り捨てていく。こうやって時間を稼いでいる間に八早月は捨て置かれた履物を見つけることが出来た。
両手を合わせ祈ろうとしたところで、バット状に加工した棍棒を持ってきてしまったことに気が付いた。練習熱心と言えば聞こえはいいが、お役目に集中していないと見なされても言い返すことができない失態だ。
八早月は苦笑しながらバットを足元へ置き、祈祷を行ってから履物に憑いた妖を祓った。最後に常世の扉を閉じて討伐を終えた。回収した履物は持って帰って八岐神社へ納め、後ほどきちんと祓うことになる。
「ふう、まあまあ手早くできましたね。
大ごとにならず良かったです、それでは帰りましょうか」
八早月が真宵と合流しひと気のないところへ向かおうとすると、明らかに年下で小学生くらいの男の子が近づいてきた。まさかこの子も見える子なのだろうか。思わず体をこわばらせた八早月に向かって男児は誇らしげに言い放った。
「なんだお前、バット買ってもらえないからって自分で作ったのか?
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