限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第六章 長月(九月)

122.九月十一日 午後 スポチャン

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 またこの子か、と思わなくもないが、まああれだけ体格が良かったら自信過剰になってもおかしくは無い。今日も午後最後の授業は体育祭の練習である。八早月は体育館でティーバッティングの練習、校庭では美晴が大玉転がしか大縄跳び、夢路と綾乃は玉入れの練習へ行っている。

「やっぱり俺が最強だな、誰も勝てるはずないさ」

 背後で大声を出しはじめたのは郡上大勢ぐじょう たいせいである。彼はスポーツチャンバラに出場するのだが、花形競技であることも手伝って完全に天狗になっていた。

 スポーツチャンバラ、略称スポチャンは遊戯のような名称でも内容はは実戦剣術に近く、九遠学園の体育祭では大人気らしい。使用するのは片手で扱えるような長さの小太刀状の用具なので僅かなリーチ差が大きな有利を産む。

 つまり郡上にとっては恵まれた体躯を十分に活かせる競技と言えよう。かと言って天下を取ったような振る舞いは武人としては恥ずべきことである。

「二年にも三年にも勝って優勝狙ってるんだからな。
 何ってったって背が高い方が有利だし俺が一番強いに決まってるさ。
 さすがの櫛田だってそう思うだろ?」

 さすがの、がどういう意味なのか分からないが、郡上は天敵の美晴と夢路がいないことで調子に乗っているようだ。かと言って八早月が素直に同意するはずもなく、真宵と顔を向きあわせてから思わず吹き出していた。

「お前! 俺をバカにするのか! 俺は一年で一番なんだぞ?
 いくらバット振るのが凄そうだからって剣とは違うんだからな」

 むしろ八早月にとっては剣のほうが勝手がいいのだが、そんなことをここで言っても仕方がない。ここは無視するのが一番だろうと八早月はだんまりを決め込んだ。しかし郡上はどうしてもすごいと言わせたいらしく食い下がってくる。

「まさか簡単そうだなって思ってないだろうな?
 これは剣道と違ってどこに当たっても勝ちなんだ、すげえ難しいんだぞ?
 櫛田みたいなチビに出来るわけないけどな」

「そのチビに恥かかされたくなければその辺で口を塞ぐことね。
 あなたみたいな口だけの男子、見てるだけで恥ずかしくなってくるわ。
 いいからみんなとの練習に戻りなさいよ」

「ふざけんな、そこまで言うなら自信あるんだろうな?
 わかった、俺と勝負しろ! 負けた方は今週のデザートを全部渡すこと!」

 八早月がデザート目当てで挑発に乗ってしまおうと考えたその時、視線の向こうに胸の前で大きなバッテンマークを作っている四宮直臣の姿が目に入った。仕方なく断ろうと当たり障りない言い訳を考えてみる。

「あなたったら私のことを太らせようとしているのではないでしょうね?
 そんな安い挑発には乗らないわよ?」

「お前なあ…… 絶対バカにしてるだろ……
 俺にもプライドがあるんだ、いいから勝負しろ!」

「わかったわ! デザート渡す約束破らないでよね。
 あと負けても泣いたりイチャモン付けたりしないこと!
 八早月ちゃんが郡上君ごときに負けるはずないんだから!」

 わざわざ話をややこしくするためにやって来たとしか思えないタイミングで現れたのは夢路だった。玉入れの練習が終わってバドミントンをやりに来たようだ。

「山本は関係ないだろ、それともお前のデザートを掛けるって言うのか?
 それなら受けてやろうじゃないか」

「恥さらしになりたくなかったらデザートだけ譲って勝負はしなくてもいいよ?
 そうせ勝てっこないんだから諦めるなら今のうちだからね」

 どうにも適当にあしらってうやむやにするのは無理そうである。八早月は諦めて競技用に貼られた線の中へと向かった。近くの生徒から剣を受け取ると、スポンジのような柔らかな感触で太さはバットくらいありそうだ。

『八早月様、この長さはちょうど小太刀ほどですね。
 相手が上級者ならば私が立ち会いたいくらいです』

『全然上級者ではないから真宵さんは我慢していてちょうだい。
 私はどうやったら穏便に済むのかと考えているの』

 双方が開始線に立つ。郡上は正眼の構え、八早月は最近凝っている蜻蛉とんぼの構えである。通常の構えとは足が前後逆になり、小太刀は肩の上に担ぐように構える、二の太刀要らずと言われる必殺の構えだ。

 準備が整い緊張が走る中、審判を務める生徒が右手を掲げてから素早く振りおろし開始の声を掛ける。

『バシン!!』「始めっ!」「いてえええ」

 どれが先だったのかはわからないが、わかっているのは八早月の振りおろしがすさまじい勢いで郡上を襲い、肩口から手首までを袈裟にかけたのだ。打たれた郡上は刀を落とし手首を抑えている。

「櫛田! お前今開始の声より前に打っただろ! 無効だ! やり直しだ!
 ちっくしょー、汚ねえことしやがって」
「そうよそうよ、ズルだわ!」

 どうやら一瞬で見物女子を敵に回したようだ。それを見て夢路はアカンベーをしているのだが、八早月はこれ以上刺激しないようにと言いたかった。

 それにしても思ったよりも郡上の動きは遅すぎた。開始と声がかかる直前に審判の手は振り下ろされており、八早月はそれを開始の合図として斬りかかったのだ。しかし小太刀が郡上の肩へ到達した時に彼はまだ一ミリも動いておらず、その結果一方的に斬りつけた形になってしまった。

「開始と同時だったのだけれどまあいいわ。
 次はあなたから打って来なさい、私はそれを見てから動き始めるわ」

「この野郎、舐めたことを……」

 野郎ではなく女子なのだけど、と口には出さず、八早月は得意な下段の構えを取って郡上の斬撃を待った。
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