130 / 376
第六章 長月(九月)
126.九月十六日 午後 思わぬ遭遇
しおりを挟む
綾乃とモコが並んで歩きながらいつものルートを回っている道中、モコが前に回りながら突然足を止めた。何かに警戒しているように思えて身構えてみるが、綾乃もモコも妖の気配を感じ取るなんて器用な真似は出来ない。
だがモコにも感じ取れることがある。それは自分が勝てない相手を察知する能力で良くない兆候だ。それでも綾乃を護るために逃げ出すことはできない。
「主、まっすぐ行った右側の大きな木の根元に何かいるぞ。
俺が気配に気付けるんだからタダの影法師以上の妖だな……」
「じゃあ私がモコを護るからね、でもひとまずは避けて逃げようよ。
モコが敵わないなら私じゃ何もできないんだしさ」
「だけどもう気付かれたぞ?
でもおかしいな、こっちへ向かってくる様子が感じられねえ。
もしかしたらあの場所から動けないのかもしれねえな」
「なにがしたいのかわからないけどとりあえず八早月ちゃんへ連絡するね。
それからどうすればいいのか教えてもらおう。
勝手にとびかかったりしちゃダメだからね」
綾乃は八早月へメッセージを送ってから妖へと向きなおす。相手が移動できないなら正体を探るくらいできそうだと、綾乃とモコは思い切って近づいていった。およそ十数メートルあたりまでやって来た二人は、ようやく木の裏側に隠れている妖を視界へと納める。
「ひぃ、一つ目! しかも黒い頭に目しかないよ? あれなんなのよ。
モコはあれの正体わかる?」
「いや、俺は退治屋じゃないからわからねえよ。
わかるのは俺じゃ倒せねえってことだけさ」
「そんな強そうには見えないのにね、動けないみたいだしさ。
私にもお祓いみたいなことが出来たらいいんだけど……」
「確かに強そうには見えないけどよ? 俺の勘が手を出すなって言ってるんだよ。
これは藻様が授けてくれた力だから疑いようがねえんだ」
「わかってる、なにかきっと理由があるんだろうね。
人が歩いて来てるけど何事も起きなければいいなぁ」
しかしそんな楽観的な考えは即座に棄てる羽目になった。妖に呼ばれたのかわからなかったが、歩いて来た年配の男性が、妖のいる木の方向を向いたと思ったら肩を落としてまた歩き始めた。その男性が綾乃のすぐ近くを通り過ぎようとしたとき見えた表情は、はっきりとは言えないがなにか様子がおかしかった。
次に歩いて来たのは若い女性だった。やはり同じように妖へ目をやった後におかしくなってしまうようで、今度はその場でしゃがみ込んでしまった。綾乃は慌てて近寄ったが、女性はすぐに立ちあがりフラフラと無気力に歩き出す。
綾乃は何が起きているのかわからないまま一つ目の妖へ目をやると、なんだか急に悪寒がしたので慌てて後へ下がった。しかし綾乃を護ろうと前へ踏み出していたモコはなんだか様子がおかしくなってしまった。
「主…… もうこんなのいいから放っておこうぜ。
わざわざ相手にすることなんかねえよ……」
「モコ!? 急にどうしちゃったの? こっちおいで、戻っておいでってば!」
綾乃は急いでモコを左手へと戻るように命じ、自分の中へと保護した。早く八早月ちゃんから連絡が来てほしい、そう願うがスマホの画面には何の通知も来ていない。
こうしている間にも木の横を数人が通過して行き、妖の被害にあった人たちはなんだか力なく歩くようになっている。さきほどのモコの様子と併せて考えると、これは人の気力を奪っているのではないかと綾乃は推察した。
そのことを八早月へ伝えようと綾乃がスマホを取り出すと、目の前にはすでに八早月が立っていた。八畑村にある八早月の家から綾乃の家までは車でも一時間以上はかかると言うのに一体どうやって!?
「綾乃さん、頑張りましたね、モコももう大丈夫のようなのでご心配なく。
あの怠惰坊は一時的にやる気を奪う妖なのです。
危険性は低いですが、たちの悪いものには違いありません」
「それでモコがやる気無くしちゃったんだね。
その怠惰坊はどこへいったの? 動けないから逃げてないよね?」
「ええ、すでに真宵さんが常世へ送り返しました。
あの木の袂には彫刻刀で貫かれた学業祈願のお守りが棄ててあったようです。
それと名前の部分を切り取ったテスト用紙が一緒でしたね」
「それで妖が産まれちゃったってことかぁ、結構簡単で危ないね。
テストの点が悪いくらいでそこまでしなくてもいいのに……」
「数度悪い点を取ったくらいの恨みや落胆では妖を呼ぶ程の力にはなりません。
もしかしたら重大な局面に影響したのかもしれませんね。
例えば志望校だとか進学自体とか、その人の将来がかかったくらいの出来事であれば強い闇を呼ぶこともあるでしょうから」
「そっか、普段からちゃんとがんばっておかしな気持ちを持たないのが一番だね。
それにしてもこんなにすぐ来てくれるなんてビックリだよ。
真宵さんに連れて来てもらったの?」
「いえいえ、今の私は姿引きという幻術を使っている幻ですよ。
藻さんが藻孤の異変に気づき、綾乃さんとの繋がりを元に真宵さんだけ先に向かってもらったのです」
「スゴイね、そんなこともできるなんて尊敬しちゃうよ。
じゃあ今は家にいるままってことなのね」
「はい、その為ご一緒できませんから注意して帰って下さいね。
棄てられたお守りは真宵さんが回収してくれますからご心配なく。
それとすまほの返事はまだ打っている途中なのだけど、先に真宵さんがついて片付けてしまいましたね」
「あはは、八早月ちゃんって苦手なものはとことん苦手で極端だよね。
でもこんなことに遭遇するなら私でもできそうなお祓い教えてもらいたいよ」
「そうね、少しずつでも鍛錬を積んでいきましょうか。
もちろん早朝から厳しくなんてものじゃなくてね」
綾乃はいつの間にか普通に声を出して話をしていたが、道を行く人は何を一人で大声出しているのかと思ったことだろう。そのことに、八早月や真宵、それに藻が立ち去った後に気が付いたが、恥をかいたことを取り返せるわけもないと、一人笑いながら自宅へと戻って行った。
だがモコにも感じ取れることがある。それは自分が勝てない相手を察知する能力で良くない兆候だ。それでも綾乃を護るために逃げ出すことはできない。
「主、まっすぐ行った右側の大きな木の根元に何かいるぞ。
俺が気配に気付けるんだからタダの影法師以上の妖だな……」
「じゃあ私がモコを護るからね、でもひとまずは避けて逃げようよ。
モコが敵わないなら私じゃ何もできないんだしさ」
「だけどもう気付かれたぞ?
でもおかしいな、こっちへ向かってくる様子が感じられねえ。
もしかしたらあの場所から動けないのかもしれねえな」
「なにがしたいのかわからないけどとりあえず八早月ちゃんへ連絡するね。
それからどうすればいいのか教えてもらおう。
勝手にとびかかったりしちゃダメだからね」
綾乃は八早月へメッセージを送ってから妖へと向きなおす。相手が移動できないなら正体を探るくらいできそうだと、綾乃とモコは思い切って近づいていった。およそ十数メートルあたりまでやって来た二人は、ようやく木の裏側に隠れている妖を視界へと納める。
「ひぃ、一つ目! しかも黒い頭に目しかないよ? あれなんなのよ。
モコはあれの正体わかる?」
「いや、俺は退治屋じゃないからわからねえよ。
わかるのは俺じゃ倒せねえってことだけさ」
「そんな強そうには見えないのにね、動けないみたいだしさ。
私にもお祓いみたいなことが出来たらいいんだけど……」
「確かに強そうには見えないけどよ? 俺の勘が手を出すなって言ってるんだよ。
これは藻様が授けてくれた力だから疑いようがねえんだ」
「わかってる、なにかきっと理由があるんだろうね。
人が歩いて来てるけど何事も起きなければいいなぁ」
しかしそんな楽観的な考えは即座に棄てる羽目になった。妖に呼ばれたのかわからなかったが、歩いて来た年配の男性が、妖のいる木の方向を向いたと思ったら肩を落としてまた歩き始めた。その男性が綾乃のすぐ近くを通り過ぎようとしたとき見えた表情は、はっきりとは言えないがなにか様子がおかしかった。
次に歩いて来たのは若い女性だった。やはり同じように妖へ目をやった後におかしくなってしまうようで、今度はその場でしゃがみ込んでしまった。綾乃は慌てて近寄ったが、女性はすぐに立ちあがりフラフラと無気力に歩き出す。
綾乃は何が起きているのかわからないまま一つ目の妖へ目をやると、なんだか急に悪寒がしたので慌てて後へ下がった。しかし綾乃を護ろうと前へ踏み出していたモコはなんだか様子がおかしくなってしまった。
「主…… もうこんなのいいから放っておこうぜ。
わざわざ相手にすることなんかねえよ……」
「モコ!? 急にどうしちゃったの? こっちおいで、戻っておいでってば!」
綾乃は急いでモコを左手へと戻るように命じ、自分の中へと保護した。早く八早月ちゃんから連絡が来てほしい、そう願うがスマホの画面には何の通知も来ていない。
こうしている間にも木の横を数人が通過して行き、妖の被害にあった人たちはなんだか力なく歩くようになっている。さきほどのモコの様子と併せて考えると、これは人の気力を奪っているのではないかと綾乃は推察した。
そのことを八早月へ伝えようと綾乃がスマホを取り出すと、目の前にはすでに八早月が立っていた。八畑村にある八早月の家から綾乃の家までは車でも一時間以上はかかると言うのに一体どうやって!?
「綾乃さん、頑張りましたね、モコももう大丈夫のようなのでご心配なく。
あの怠惰坊は一時的にやる気を奪う妖なのです。
危険性は低いですが、たちの悪いものには違いありません」
「それでモコがやる気無くしちゃったんだね。
その怠惰坊はどこへいったの? 動けないから逃げてないよね?」
「ええ、すでに真宵さんが常世へ送り返しました。
あの木の袂には彫刻刀で貫かれた学業祈願のお守りが棄ててあったようです。
それと名前の部分を切り取ったテスト用紙が一緒でしたね」
「それで妖が産まれちゃったってことかぁ、結構簡単で危ないね。
テストの点が悪いくらいでそこまでしなくてもいいのに……」
「数度悪い点を取ったくらいの恨みや落胆では妖を呼ぶ程の力にはなりません。
もしかしたら重大な局面に影響したのかもしれませんね。
例えば志望校だとか進学自体とか、その人の将来がかかったくらいの出来事であれば強い闇を呼ぶこともあるでしょうから」
「そっか、普段からちゃんとがんばっておかしな気持ちを持たないのが一番だね。
それにしてもこんなにすぐ来てくれるなんてビックリだよ。
真宵さんに連れて来てもらったの?」
「いえいえ、今の私は姿引きという幻術を使っている幻ですよ。
藻さんが藻孤の異変に気づき、綾乃さんとの繋がりを元に真宵さんだけ先に向かってもらったのです」
「スゴイね、そんなこともできるなんて尊敬しちゃうよ。
じゃあ今は家にいるままってことなのね」
「はい、その為ご一緒できませんから注意して帰って下さいね。
棄てられたお守りは真宵さんが回収してくれますからご心配なく。
それとすまほの返事はまだ打っている途中なのだけど、先に真宵さんがついて片付けてしまいましたね」
「あはは、八早月ちゃんって苦手なものはとことん苦手で極端だよね。
でもこんなことに遭遇するなら私でもできそうなお祓い教えてもらいたいよ」
「そうね、少しずつでも鍛錬を積んでいきましょうか。
もちろん早朝から厳しくなんてものじゃなくてね」
綾乃はいつの間にか普通に声を出して話をしていたが、道を行く人は何を一人で大声出しているのかと思ったことだろう。そのことに、八早月や真宵、それに藻が立ち去った後に気が付いたが、恥をかいたことを取り返せるわけもないと、一人笑いながら自宅へと戻って行った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。
亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った―――
高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。
従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。
彼女は言った。
「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」
亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。
赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。
「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」
彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
負けヒロインに花束を!
遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。
葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。
その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる