限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第六章 長月(九月)

126.九月十六日 午後 思わぬ遭遇

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 綾乃とモコが並んで歩きながらいつものルートを回っている道中、モコが前に回りながら突然足を止めた。何かに警戒しているように思えて身構えてみるが、綾乃もモコも妖の気配を感じ取るなんて器用な真似は出来ない。

 だがモコにも感じ取れることがある。それは自分が勝てない相手を察知する能力で良くない兆候だ。それでも綾乃を護るために逃げ出すことはできない。

「主、まっすぐ行った右側の大きな木の根元に何かいるぞ。
 俺が気配に気付けるんだからタダの影法師以上の妖だな……」

「じゃあ私がモコを護るからね、でもひとまずは避けて逃げようよ。
 モコが敵わないなら私じゃ何もできないんだしさ」

「だけどもう気付かれたぞ?
 でもおかしいな、こっちへ向かってくる様子が感じられねえ。
 もしかしたらあの場所から動けないのかもしれねえな」

「なにがしたいのかわからないけどとりあえず八早月ちゃんへ連絡するね。
 それからどうすればいいのか教えてもらおう。
 勝手にとびかかったりしちゃダメだからね」

 綾乃は八早月へメッセージを送ってから妖へと向きなおす。相手が移動できないなら正体を探るくらいできそうだと、綾乃とモコは思い切って近づいていった。およそ十数メートルあたりまでやって来た二人は、ようやく木の裏側に隠れている妖を視界へと納める。

「ひぃ、一つ目! しかも黒い頭に目しかないよ? あれなんなのよ。
 モコはあれの正体わかる?」

「いや、俺は退治屋じゃないからわからねえよ。
 わかるのは俺じゃ倒せねえってことだけさ」
 
「そんな強そうには見えないのにね、動けないみたいだしさ。
 私にもお祓いみたいなことが出来たらいいんだけど……」

「確かに強そうには見えないけどよ? 俺の勘が手を出すなって言ってるんだよ。
 これはみくず様が授けてくれた力だから疑いようがねえんだ」

「わかってる、なにかきっと理由があるんだろうね。
 人が歩いて来てるけど何事も起きなければいいなぁ」

 しかしそんな楽観的な考えは即座に棄てる羽目になった。妖に呼ばれたのかわからなかったが、歩いて来た年配の男性が、妖のいる木の方向を向いたと思ったら肩を落としてまた歩き始めた。その男性が綾乃のすぐ近くを通り過ぎようとしたとき見えた表情は、はっきりとは言えないがなにか様子がおかしかった。

 次に歩いて来たのは若い女性だった。やはり同じように妖へ目をやった後におかしくなってしまうようで、今度はその場でしゃがみ込んでしまった。綾乃は慌てて近寄ったが、女性はすぐに立ちあがりフラフラと無気力・・・に歩き出す。

 綾乃は何が起きているのかわからないまま一つ目の妖へ目をやると、なんだか急に悪寒がしたので慌てて後へ下がった。しかし綾乃を護ろうと前へ踏み出していたモコはなんだか様子がおかしくなってしまった。

「主…… もうこんなのいいから放っておこうぜ。
 わざわざ相手にすることなんかねえよ……」

「モコ!? 急にどうしちゃったの? こっちおいで、戻っておいでってば!」

 綾乃は急いでモコを左手へと戻るように命じ、自分の中へと保護した。早く八早月ちゃんから連絡が来てほしい、そう願うがスマホの画面には何の通知も来ていない。

 こうしている間にも木の横を数人が通過して行き、妖の被害にあった人たちはなんだか力なく歩くようになっている。さきほどのモコの様子と併せて考えると、これは人の気力を奪っているのではないかと綾乃は推察した。

 そのことを八早月へ伝えようと綾乃がスマホを取り出すと、目の前にはすでに八早月が立っていた。八畑村にある八早月の家から綾乃の家までは車でも一時間以上はかかると言うのに一体どうやって!?

「綾乃さん、頑張りましたね、モコももう大丈夫のようなのでご心配なく。
 あの怠惰坊・・・は一時的にやる気を奪う妖なのです。
 危険性は低いですが、たちの悪いものには違いありません」

「それでモコがやる気無くしちゃったんだね。
 その怠惰坊はどこへいったの? 動けないから逃げてないよね?」

「ええ、すでに真宵さんが常世へ送り返しました。
 あの木の袂には彫刻刀で貫かれた学業祈願のお守りが棄ててあったようです。
 それと名前の部分を切り取ったテスト用紙が一緒でしたね」

「それで妖が産まれちゃったってことかぁ、結構簡単で危ないね。
 テストの点が悪いくらいでそこまでしなくてもいいのに……」

「数度悪い点を取ったくらいの恨みや落胆では妖を呼ぶ程の力にはなりません。
 もしかしたら重大な局面に影響したのかもしれませんね。
 例えば志望校だとか進学自体とか、その人の将来がかかったくらいの出来事であれば強い闇を呼ぶこともあるでしょうから」

「そっか、普段からちゃんとがんばっておかしな気持ちを持たないのが一番だね。
 それにしてもこんなにすぐ来てくれるなんてビックリだよ。
 真宵さんに連れて来てもらったの?」

「いえいえ、今の私は姿引すがたびきという幻術を使っている幻ですよ。
 藻さんが藻孤モコの異変に気づき、綾乃さんとの繋がりを元に真宵さんだけ先に向かってもらったのです」

「スゴイね、そんなこともできるなんて尊敬しちゃうよ。
 じゃあ今は家にいるままってことなのね」

「はい、その為ご一緒できませんから注意して帰って下さいね。
 棄てられたお守りは真宵さんが回収してくれますからご心配なく。
 それとすまほの返事はまだ打っている途中なのだけど、先に真宵さんがついて片付けてしまいましたね」

「あはは、八早月ちゃんって苦手なものはとことん苦手で極端だよね。
 でもこんなことに遭遇するなら私でもできそうなお祓い教えてもらいたいよ」

「そうね、少しずつでも鍛錬を積んでいきましょうか。
 もちろん早朝から厳しくなんてものじゃなくてね」

 綾乃はいつの間にか普通に声を出して話をしていたが、道を行く人は何を一人で大声出しているのかと思ったことだろう。そのことに、八早月や真宵、それに藻が立ち去った後に気が付いたが、恥をかいたことを取り返せるわけもないと、一人笑いながら自宅へと戻って行った。
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