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第六章 長月(九月)

125.九月十六日 昼下がり あやさんぽ

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 昼食を取り終わって宿題に取り掛かる前に一息入れようとベッドへ寝転がった綾乃は、幼少期から自分を悩ませてきた妖憑あやかしつきについて思い返していた。

 しょっちゅう黒い影に付いて回られ気味が悪かったし、誰に話しても両親以外に信じてもらえなかった辛い日々。それなのに学校で不可思議なことが起こると綾乃のせいにされる理不尽さ等々、今までは本当に色々なことがあった。それがほんのひと月ほど前までの日常だったのだ。

 しかし今はそんなことはすべて解消され、スッキリ不安のない毎日を楽しく過ごせている。これも両親が各方面に手を回し八岐神社でお祓いをしてもらえたからだ。しかもそれだけではなく図らずも巫の力まで得てしまった。

 巫の力に目覚めたのは、八岐神社に伝わる異能の持ち主である櫛田八早月の力によるものだ。八早月は中学生にもかかわらず、妖討伐一族を率いている特別な少女だと考えていた。だが同じ学校へ編入したこともあり、今やすっかり仲良しである。

 そんな綾乃が授かった巫の力とは妖退治がちょっとだけ出来る力だ。もちろん八早月たちやその一族には遠く及ばないが、妖が寄ってこないようになったことと、弱い相手なら自分でも退治できることだ。

 退治すると言っても綾乃が直接手を下すわけではない。実際に戦ってくれるのは守護獣と呼ばれる相棒である。そしてその相棒は今――

『おいあるじ、食べてからすぐ寝るんじゃねえよ。
 怠けてねえで散歩行くぞ、今日は学校が休みだから時間あると言ってたろうが!
 普段は閉じ込められて我慢してるんだから早くどこかに連れていけよな!』

「モコは相変わらず口が悪いなぁ、お腹いっぱいじゃすぐ動けないの。
 ちゃんと連れていくからもう少し待っててよね」

『んじゃ待っててやるから絶対に連れていけよな!
 本当は夜行性なのに主が運動不足にならないよう行ってやるってんだ。
 もっと感謝してもらいたいもんだよ、まったく』

 言いたい放題に悪態を吐き出した子狐のモコは、綾乃の左腕の上に突然現れてトコトコと腹のそばへ移動した。どうやらお腹がいっぱいで動けないと言ったことが気になっているのだろう。

「お腹の上に乗りたいんでしょ? いつもみたいに乗っても平気だよ。
 モコみたいな小さい子が乗ったってなんてことないんだからね」

「な、なに言ってんだ、別に乗りたいわけじゃねえよ。
 腹いっぱいになるくらい食べたなら太ったかもしれねえから見てたんだ。
 どうやら取り越し苦労だったようだな」

 モコはそう言いって綾乃の腹をさすってから上へ登り体を巻いて寝転がった。いつもなら何も言わずに陣取る定位置だと言うのに躊躇いがちだったのは、モコなりに気を使ってたのかもしれない。

「ほら主、いつものように頭撫でさせてやるから早くしろ。
 こんなの言われなくたってさっさとやるもんだぞ?」

「はいはい、こうね。
 モコったらホントに口が悪くて素直じゃないんだからさ、ふふ」

 昼下がりの三十分ほどをこうして過ごしてから、綾乃はモコを連れて散歩へと出掛ける。平日は学校もあるため日課と言うほど頻繁ではないが、こうして二人で散歩へ出かけることは多い。

 綾乃が住んでいる久野町は、いくら田舎と言っても十久野郡では有数の住宅街である。自宅のそばには公園がわずかにある程度で、あとは住宅が立ち並んでいて自然が豊富な場所ではない。

 巫の力を高めるほどでなくても、ある程度維持するには自然と触れ合うか主祭神への祈祷が有効だと言われている。子狐の姿をしたモコは当然稲荷神社との関わりが深いため、綾乃はこうして近所の稲荷神社や祠を回っていた。

 とは言えモコは普通の稲荷神の純粋な眷属ではなく、力の源の半分は双尾の妖狐である藻女みくずめから与えられたものだ。残念ながら藻を祀った社の所在は不明なので、主祭神を祀ることが難しいのが玉に傷だろう。

 町中にある祠や神社の周りには結界が産み出されていると八早月に聞かされているが、綾乃の持つ力程度ではそれを見ることも感知することもできない。それでも最低周囲数メートルはあるそうだ。

 最初はどこにあるのかわからなかったが、地図とにらめっこしながら散歩を続けたことでいくつか見つけ出し、今はこうして決まったルートを一時間ほどかけて回っている。一部は学校帰りに駅から家まで歩いている間にも通るし、その度に手を合わせて地域の安寧を祈っている。

 もし誰一人祈る人がいなくなってしまうと、社も祠も神の力を失い妖を抑える結界を維持することが出来なくなるそうだ。そうならないためにも綾乃は小さな祠を見かけると必死で祈るのだった。
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