限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第六章 長月(九月)

124.九月十五日 早朝 向上心

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「直臣? あなた体育祭のスポーツチャンバラに出なさいな。
 あなたの実力なら剣術であろうときっと優勝できるでしょう?」

 早朝の鍛錬が終わって井戸水で体を拭いていると、八早月が唐突に口を開いた。予期せぬ提案に直臣は驚いているが、八早月の口からその目的が語られるまで待つしかない。

「あの、筆頭は出ないのですか?
 先日体育館での出来事は、三年生の間でも噂になってますよ?
 まさか噛ませ犬にしようと言うわけでは……?」

「そんなことするはずないでしょう?
 私は出ません、同じクラスの天狗を懲らしめてあげたいと思っただけです」

「天狗とはあのコテンパンにやられていた男子ですよね?
 すでに鼻が平らになるほど折られていると思いますがそれでもまだ足りないとは。
 同じ男子としてはちょっとかわいそうかなと……」

「それがまだ私に挑もうと毎日しつこいのですよ。
 だからあなたに勝てたら相手して差し上げると言うつもりなのです。
 実際に直臣は学園で強いほうですよね? 他に候補はおりますか?」

 直臣はしばらく考え込むと首を横に振った。確かに同じ学年の代表よりも直臣のほうがはるかに上だろう。しかしそれでも八早月と比べたならその実力差は歴然としている。

「しかし三年生の代表でもあの男子には十分勝てると思いますよ?
 剣道場へ通っている生徒が二人いて、まあまあの強さですからね。
 おそらくドロシー先生よりは強いかと」

「オー、直臣は手厳しいデスね、セッシャもなかなかやりおるのですがネ?
 来年高等部へやってきたら宿題タクサンの刑に処すデスのからー」

「そう言えば去年まではどうしていたのですか?
 すぽちゃんなる競技を今までは知りませんでしたが、楓や直臣は出たのですか?」

「いいえ、出ておりません、やはり剣道場へ通っている子の見せ場ですからね。
 それと言いにくいのですが…… あの、筆頭の出場する例のですね……
 ティーバッティングは校外で野球チームに入っている子の晴れ舞台なのです……」

「それは興味深いですね、学校の部活以外に野球をやるところがあるのですか。
 私はまだ練習を遠目で一度見たきりなので良くわかりませんが、その運動量はなかなかのものでした」

「それでそのバットのような木刀を作ったのですか?
 バットと言うよりもはや棍棒と言った方がピッタリですけどね」

 八早月は手作りバットを上空へ掲げ誇らしげな様子だ。それを見ながら楓は同じ物を持たされたら敵わないと息をひそめる。ただでさえ鎚遣いだからと普通の木刀よりも重い木槌で日々鍛錬していてこれ以上は勘弁願いたかったのだ。

 土木作業で使うような、長柄で重い木槌を毎日のように振り回している成果が出て腕がすっきりしたと喜んでいたはずが、今ではすっきりを通り越して固い筋肉が付き始めている。おかげで夏休みにプールへ行ったとき、同級生から冷やかされて恥ずかしい思いをした。

 話の盛り上がりに聞き耳を立てているとなんだか嫌な予感がしたので、楓は汗をぬぐって先に帰ろうとする。しかし時すでに遅し――

「そうだ、一通り終わってから思い出してしまって申し訳ありません。
 楓に課題を出そうと思っていたのです。
 この木のばっとを振っていて閃いたのですが、鎚の撮り回しを改善しましょう。
 確かに重量武器なので一撃必殺は魅力かもしれません。
 ですが初撃を外してしまうと大きな隙が産まれてしまいます」

「は、はい、その通りですね……
 でも鎚と言う武器の特性上仕方ないことなのでは?
 突然軽くなるわけではないし、外さないようにするか遠心力を殺さないようにするかかなと」

「では重さを変えられるとしたらどうですか?
 これは以前に弧浦こうらの戦いを見ていて感じてたことでもあるのですけれどね。
 時折急に動きが軽くなることがあったのです。
 今までは気にしていませんでしたが自分でばっとを振ってみるとですね――」

 そう言って八早月は手作りバットを振り回しながら立木へ打ち込みを始めた。その姿は演武のように軽やかで優雅なもの、とても重い棍棒を振り回しているようには思えない。楓はその謎を解き明かそうと目を凝らしていたが、しばらくしてその秘密に気が付いた。

「そうか、頭を持つことで体感的に重さを軽減できるのか!
 まさか鎚にそんな使い方があったなんて!」

 こんなところを見せられるといくら楓が華の女子高生と言っても武人の端くれ、実践してみたくなってしまい木槌を振り回しはじめた。いつものように柄の端を持って打ちつけると立木は派手に揺れ、威力は十分だが同時に大きな隙が出来る。

 しかしそのまま体を寄せて木槌の頭に持ちかえながら、今まで持っていた側の柄を棍のように振ると、手元に重さがあることもありかなりの棍速を産み出せる。これは確かに有用だと楓は好感触を得た。

「せっかく汗を拭いたのにごめんなさいね。
 でもこの使い方は今後の技術向上に活かせると思うので精進しましょう。
 恐らくはそのうち櫻さんが教えようと予定していたはずでしょうけれどね」

「でもママはあまり武術は得意じゃないし、組手もやったことが無いわ。
 たまに弧浦が立木打ちを見てくれるくらいかな。
 それでも今までみたいにサボってた時よりは見てくれてるかも……」

「それならきっと来年はいい結果が出ると思うわよ?
 楓の呼士はひのきと言ったかしら? 彼ももうわかっているでしょう」

「それならいいのだけど、まだ丸一年あるし気は抜けないわね。
 あまり醜態を晒しすぎると次期当主を妹に変えられかねないもの。
 さすがにウチにもプライドあるし、出来る限りがんばろうっと」

 今まで自分の身に課せられた伝統を、長女だからと仕方なく受け入れていた節のある楓だったが、早朝鍛錬を始めてから明らかに変わっていた。今はしっかりと前を見据え目的意識を持って取り組んでいる。

 そんな楓の指先は、以前と変わらずきれいに塗られたネイルが輝いているのだが、手のひらには固いマメが全ての指の付け根に出来ている。そしてそれはネイルに負けないくらい輝くものだった。
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