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第六章 長月(九月)

136.九月二十七日 午後 お祝いサプライズ

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 綾乃の心は朝からざわついていた。なぜなら今日と言う特別な日を楽しく過ごすつもりが、どうやらそれが叶わなそうなのだ。

 それは最初の十五分休みの時のこと――

「ごめんなさい、今日は真っ直ぐ帰る予定なのよ。
 体育祭も近いから相談したいこともあるのだけどね」

「そっか、でもそういう日もあるかぁ。
 毎日放課後におしゃべりばかりしていられないもんね。
 ハルちゃんはどうする? 夢ちゃんは?」

「あ、ああ、私も今日は早めに帰らないと駄目なんだ。
 夢も一緒に出掛ける用事があってさ、ごめんね」

 ―― とまあそんなことが有り、今日は珍しく放課後のお茶会で集まることはないと決まってしまっている。綾乃にとって特別な日である今日は、どうしても仲の良いみんなと話をしたかったのに残念だととても落ち込んでいた。

 そして放課後、の前に二年生は進路提出の説明会があるのだった。この体育祭直前の木曜日にやることなのかと思わなくもないが、二年生になってから半年と言うことを考えれば九月は早すぎることもない。

 そう言えば、その進路指導説明会のために時間割変更があって一年生は五時限までしかないのを忘れていた。そのため先に帰ると言う事なら当然で仕方ない。綾乃はそう考えて自分を納得させるのだった。


 その三人はと言うと、授業を早々と終えてすでに帰路である。と言っても行き先は一緒だった。

「一時間しか違わないんだから急いで準備しないと間に合わないよ!
 迎えに戻らないといけないしさ」

「そうね、まあでも買い物は先に頼んでおいたから済んでいるはずだわ。
 板倉さんへ確認しに行ってくるわね。
 食器の準備もあるから夢路さん一緒に来てくれるかしら」

「うん、わかったよ、飾りつけはハルに任せたからね。
 ちゃんとセンス良くやっといてよ?」

「このハルちゃんにまーっかせーっておきなさーい!
 なんてったってサプライズだもん、張り切ってやっとくから安心してよね。
 でもこんないい場所貸してくれるなんて、八早月ちゃんの叔父さんっていい人だよね」

「そうね、お子さんが男の子二人だからか私のことをすごく甘やかしてくれるのよ。
 奥様も素敵な方なんだけど、仕事嫌いで会社に顔出すことはないらしいわ」

「やっぱり社長夫人は優雅な生活してるのね。
 叔父さまの息子さんは今いくつなの?
 逆玉に乗れないかしらね!」

「ホント夢は欲が深いと言うか正直と言うか……
 幼馴染として恥ずかしくなる時があるから、もうそのくらいにしといてよね」

 そう言えば寄時よりときの下の息子がまだ高校生だったと八早月は今更思い出した。九遠家本家の子息と言うことは理事長の身内なのだから当然同じ学園に通っているはず。

 だが年に一度、新年のあいさつの時くらいしか会ったことが無く、顔を覚えているかどうかすら怪しい。どうせ高校生なのだから関わり合いになることもないだろうし、八早月はそれ以上深く考えることをやめた。

 何と言っても今は大切な計画を進めている最中なのだ。そのための優先順位を間違ってはいけない。時間も限られていることだし、八早月と夢路は食器を用意するために急いで給湯室へと向かった。


◇◇◇


 六限が終わり下校の時間になったころ、八早月は再び学園へと戻って来ていた。とは言っても学園自体に用があるわけではないため、中へは入らず正門のすぐ近くに車を待たせて待機するという怪しげな行動である。

 ほどなくして目的の人物が現れた。

「綾乃さん、朝はごめんなさい、迎えに来たわ。
 今三人で私の叔父の会社にいるのよ、一緒に来ていただけるかしら?」

「う、うん、時間はまだ大丈夫だけど…… いったい何があったの?
 てっきりみんな帰ってしまったものだとばかり思ってたのに」

「ちょっとした用事があって叔父様の会社の一室を借りていたのよ。
 せっかくだから綾乃さんも誘おうと思って迎えに来たの。
 ご迷惑でなければお茶でもいかがかしら」

「もちろん行く行く、なんだか今日は一人で寂しかったんだよね!」

「駅から少し離れているのだけど、帰りは送って行くから安心してちょうだい。
 それじゃ板倉さん、お願いしますね」

 八早月に言われ板倉がいつものように車をなめらかに走らせる。確かに駅からは少し離れているようで、車で十五分程度の道のりだった。と考えていたのは綾乃だけ、実は少し遠回りをして時間を稼いでいたことは内緒だった。

 中学に上がってから初めてやってきた母たちの会社である九遠エネルギーだが、すでに何度も訪れていて勝手知った瑠場所だ。八早月は車を降りてからためらいなく中庭を進んでいく。会社と言っても燃料の卸が主であり、敷地のほとんどは倉庫や資材置き場なので油臭く華やかな雰囲気はまったくない。

 沢山のドラム缶や『危』マークの付いた倉庫を横目に進むと、ちょっとしたお屋敷のような建物があった。ここは顧客との取引や会合で使用する別館で普段は全く使われていない。ちなみに取締役で実質会社トップの寄時は、入り口近くにある粗末なプレハブの事務所で仕事中である。

 この迎賓棟へ入って最初にある小会議室の扉を開け、八早月は綾乃を中へと案内した。そこにはすでに美晴と夢路も待っていたのだが、実はそれだけではなくちょっとした飾りつけと、少しだけ贅沢な料理が並べられている。

 綾乃はそれを目の当たりにしてまさか、と言うように口元を両手で押さえた。

「板倉さん、おねがいしますね」

「かしこまりました、お嬢」

 仰々しく返事をした板倉は、テーブルの上に並べられた料理の中心にあるロウソクへ火を灯した。それを見計らって美晴が電気を消す。

「「「♪~ ハーッピバースデートゥユー、ハッピバースデートゥユー ~♪
   ♪~ ハッピバースデー、ディア、綾乃ちゃーん、ハッピバースデートゥーユー ~♪」」」

「ほらほら、綾ちゃんてばさ、ぼーっとしてないでロウソク消してよね。
 飾りつけはアタシがほぼ全部やったんだよ?
 ケーキは夢と夢のお母さんが作ってくれたやつ。
 八早月ちゃんは…… スポンサーかな」

 綾乃は考えもしない出来事を前にあっけにとられながらも、言われるがままロウソクを吹き消した。それを受けて他の四人・・が大きな拍手で祝福する。

「綾乃さんごめんなさいね、私は不器用だしなにも出来なくて。
 でもお祝いしたい気持ちは皆と同じにあるから許してちょうだいね」

「ううん、そんなの気にしないよ!
 それよりなんで私の誕生日知っていたの?」

「実はね、最初の儀式を行う前の調査票にご両親が記載してたのよ。
 本当は年齢だけで良かったのだけど、ご丁寧に生年月日まで書いてくれていたわ」

「なるほどね、そんなことがあったのかぁ。
 父さんも母さんもなんにも言ってくれないから全然気づかなかったよ」

「でもそのおかげでこうしてお祝いできるのだから良かったわ。
 さ、今日は思いっきり楽しみましょう!」

 八早月にとって初めて計画した友達のための誕生日パーティーなのだが、無事に成功へ導けたことは最大の喜びである。こうしてごくごくありふれたすばらしい一日を過ごした四人は、十二月の美晴の誕生日にまたパーティーをしようと約束したのだった。
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