限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第六章 長月(九月)

137.九月三十日 午前 体育祭始まる

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 校庭は分校と比べたらそれはもう果てしないと思えるほどの広さがある。八早月は大げさにもそんな風に考えていた。とは言っても実際には400mトラックを中心として外周に各設備があるごくありふれた造りだ。

 その外周には生徒の家族がこれでもかと言うように詰めかけており、まるで祭りのようなにぎやかさである。まだ開会のあいさつと全体体操が終わったところだと言うのに、その雰囲気はオリンピックで金メダル寸前のような盛り上がりを見せていた。

「さ、夢路さんの出番ですよ。
 綾乃さんとは敵同士ですけどどちらも頑張ってほしいですね」

「そうは言っても夢は戦力外だろうし気楽にやったらいいよ。
 綾乃ちゃんと違って運動神経鈍すぎだもん」

「始まる前からそんなこと言われたらやる気削がれちゃうよぉ。
 こういう場面ではもっと頑張れるようにって激励するもんじゃないのかなぁ」

 そんなやり取りがまるで予言だったかのように夢路はいいトコ無しだったが、チームとしては無事に勝利することができた。その後も定番の徒競走や横向き後ろ向きで走るエビカニリレーに大縄跳び、それに美晴が出場した部活対抗リレーが行われた。

「なんで陸上部だけ余計に走らないといけないのよ!
 いくらなんでも無理があるってば、夢も八早月ちゃんもそう思うでしょ?
 同じ距離なら絶対負けることなんてないのにさぁ」

「だからハンデつけられたのではないかしら。
 必ず勝つのでは誰が見てもつまらないでしょう?
 それにしても美晴さんは本当に足が速くて素敵だったわ」

「でもやっぱり勝ちたかったよ、郡上君と協力するのはシャクだったけどさ。
 というか部活対抗リレーって言うけど委員会も含まれてるのが紛らわしいよね。
 優勝は図書委員で二位が園芸委員だなんて部活どこ行ったーって感じ」

「これなら書道部でもいい線いけたかもって思わなくもないね。
 でも二人だから校庭五周するのは無理だったけど……」

 こうして競技は進み、保護者や家族参加の綱引きや二人三脚等も行われた。よくよく見るとそのほとんどが点数無しの競技ばかりだったので、八早月たちは何のために競り合っているのかわからないと言うのが正直な気持ちである。

 そんな保護者競技を挟んでやって来たのが、いよいよ八早月の出番である障害物競走だ。これはどうやら不人気競技のようで、どうにもやる気のなさそうな生徒たちがだらだらと入場口へと集まっていた。

 しかしその中にもやる気十分な生徒もおり、入念に体をほぐしているのは八早月だけではない。練習で一緒になったことのある隣のクラスの同じ一年生、山木大樹やまきだいきと言う男子が八早月を睨んでいた。

「そこの女子、確か櫛田と言ったな、本番では負けないからな。
 どうやらこの学校の体育祭は個人競技で点数を取らないといけないらしい。
 なんとしても一位になってクラスを優勝に導くんだ!」

「私も多少張り合いがないとつまらないですしね。
 山木さんと言いましたっけ? もちろん受けて立ちましょう」

 なぜか対抗意識をむき出しにしてくる山木は、同じ二番目の出走順なので直接張り合う相手だ。とは言っても代表は各クラス二人ずつなので、順番が先か後かの違いだけで同じ組になる確率は二分の一である。

 その二分の一をお互い引き合いあって直接勝負となったわけなのだが、前日までの練習で八早月は誰にも負けたことが無かった。それどころか常に断トツのトップを走りきったことしかない。

 それでも正面から八早月へ挑む山木は相当の負けず嫌いなのか、それとも身の程知らずなのか、郡上と言いなぜこうも男子から別の意味で好かれる・・・・のか不思議で仕方ない。

 対抗意識を持った者たちの思惑はともかくいよいよスタートだ。スターターのブザーがなると同時に一年生から三年生まで二クラスずつの代表六人が走り出した。

 最初に平均台へ飛び上がったのは当然のように八早月だったが、その後ろから山木が力走しそれほど差もなく食いついてくる。口だけではなく相当練習し自信を持って挑んでいるのは確かなようだ。

 続いて小玉ころがしをクリアしパカポコと軽快な音と共に缶馬を無難にこなした二人は、後続を引き離しながら順調に障害を抜けていく。それでも徐々に山木は置いていかれその差は広がって行く。

 そしてやってきた網くぐりで事件は起きた。先行したのは当然八早月だが、続いて山木も網の中へと飛び込んだ。そして――

「ちょっとあなた! 山木さん! なにをしたのですか!?
 そんなに揺らして引っ張らないで下さい!」

「そ、そんなこといわれてもこっちだって必死なんだ!
 別に妨害してるわけじゃ無いんだからな!」

 なんと八早月のショートパンツがネットに引っかかってめくれそうになっているのだ。原因は後から入ってきた山木が、もがくように網目を引っ張りながら進んできているせいである。

「だからあなたはなぜ網を引き下げながら進むのですか!?
 下をくぐるのだから持ち上げるようにするのが当然でしょうに!
 くっ、このままではズボンが……」

 こんなことなら平均台はやはり飛んで一気に進むべきだったと、八早月は今更ながら後悔していた。あまりに人間離れした動きをすると目立ってしまうからと美晴に言われ、普通に歩いて渡ったため差がそれほどついていなかったのだ。

 せっかくここまでは普通の人間らしく順調に進んできたと言うのに、今は片手でショートパンツを押さえながらもう片方の手で網を持ち上げながらゆっくり進むことしかできていない。その間に山木は網を大きく動かしながら徐々に差を詰めていた。

 もしこのまま無理に進んだらショートパンツがめくれて下着が見えてしまうかもしれない。そんな懸念を持った八早月は仕方なく事前に考えていた手段を取ることにした。

 なんと八早月は両手で体操着の上下をしっかりと握りしめ、体を横向きに転がしはじめたのだ。校庭でそんなことをすればもちろん砂まみれになってしまうが、今の八早月に他の選択肢はない。少なくとも本人は大真面目にそう考えて実践している。

 しかしその姿は観衆から見ると意外で面白い光景だったらしく、大勢の笑い声と共に歓声が上がっている。これにはさすがの八早月も恥ずかしく、転がりながらも自身の顔が紅潮していくことを感じていた。

 どちらにせよ恥をかくことになった八早月はなんとか網を潜り抜け次の砂場へと向かう。もうこうなったら早くゴールして、昼食前に砂を落とすためにも一旦脱いでしまいたい。

 網くぐりでは山木に追いつかれてしまった八早月は、立ちあがって砂をパンパンと祓うと猛然と駈け出した。僅かに先行した山木は、一瞬だけ振り返ってから全力疾走を始めている。

 恥ずかしさと怒りを含み紅潮した表情の八早月は、その背中が目に入ったかどうかのうちに並び立ち、足元の悪い砂場を一気に走り抜けてから三つ並んだハードルへ向かって飛び上がった。
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