限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第六章 長月(九月)

139.九月三十日 午後 続々・体育祭

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 ここまで重ねてきた練習の成果を出すため競技へ挑む。それはスポーツと無縁だった八早月でも理解できる鍛錬の根幹である。

 そしてまずは一打目、八早月は左手でバットを持つと左腰へ抱え、まるで居合のように腰を低く落とし構える。同時に左足を引きながら体を捻り、大きく息を吸い込んでから身体の動きを止め一拍置きながら息を止めた。

 なぜか観衆までも押し黙る異様な雰囲気の中、「はああっ!」と大きな掛け声とともに一気に飛び出しながら身体を右回転させながらバットを腰から引き抜く。飛雄から受けたアドバイスでは、ボールの下三分の一よりわずかに上を斬るように叩き、三十度程度の角度で打ち出すようにと言われている。

 その通りに打ちだされた白球は、落ちてくる気配の無いまま真っ直ぐ飛んでいき、取り付けられたロープが張りつめた後、引き戻される力には抗えず力を失い地面へと落下した。それを見た生徒や観衆はざわめいている。

「これはどういう結果になるのでしょうね。
 確かロープは八十メートルと聞いていますが、記録は最高でもそこまでと言う事でしょうか」

「そ、そんなバカな……
 紐がついてるから普通のボールみたいには飛ばねえんだぞ?
 俺たちだって数バウンドして紐が伸びきるかどうかだってのに……」

「おい、このままだと一年の女子に負けちまうぞ!?
 しかも野球未経験者であんなチビなのによ。
 コーチが見に来てるはずだから後で何言われるかわからねえ……」

 八早月の後ろで順番待ちの三年生がおろおろしている様子が伝わってくる。もちろんちゃんと話声が聞こえているわけなので、さっきバカにされたばかりの八早月も満足である。

 体育委員がボールを戻して二打目のためにティーへとセットしつつ、記録についてはこれから相談するとだけ伝えて行った。八早月はその言葉に頷きながら二打目のために構えに入った。

 校庭は再び緊張感に包まれる。さすがの美晴も応援の声が出せずに息を呑んで佇んだままだ。そんな中、八早月は同じように居合の構えから大きく息を吸って止め、今度は左足で地面を蹴ってそのまま身体を回転させていく。

 通常は足の前後を入れ替えることはなく、バッティングに剣技を融合させたような八早月の打ち方でもそれは同じこと。先ほどは右足を前にした左バッターと同じスタンスで、バットは下側に左手が来る右打ちの持ち方である。ようは左打ちなのではなく、右利きの横薙ぎと同様の振り方だったわけだ。

 だが今度は蹴った左足を踏み込んで前へ出し、着地と同時に右手を下に握ったバットを引き抜くように横薙ぎにしたのだ。これはまさしく二の太刀要らず、蜻蛉の構えから繰り出したバットスイングと言っていい。

 一打目よりも勢いよく打ちだされたボールは、同じようにロープをピンと伸ばしてから、今度は落ちるように飛行を妨げられたのではなく、ゴム紐にでも引っ張られるように勢いよく戻って来て地面へ落ち逆方向へと転がっている。

「まあこんなものでしょう、いい手ごたえでした。
 飛雄さんには教えた振り方と全然違うと叱られそうですがね」

 八早月は独り言を言いながら満足そうに打席を後にした。順番待ちをしていた三年生たちは口をあんぐりと開けたまま何も言えず、ただ呆けたように立ち尽くすだけだった。

 そして完全に呑まれてしまった彼らにはとても記録を破ることなどできず、体育委員と教師が協議するまでもなく、八早月は障害物競走に続いて個人別一位を取ったのである。

 体格、体力に勝る上級生が完全に有利な種目での思わぬ勝利にクラス中が湧いていた。戻ってきた八早月は再び照れくさい思いをしていたが、それでもやはり祝福されることは嬉しいものだ。

 しかしその騒ぎの中、一つの違和感を感じていた。

「美晴さん、夢路さん、何をしているのですか?
 なんとかいい結果を出すことが出来てホッとしました。
 別に労いを強要するわけではないのですが、なにも言ってくれないのは正直意外で寂しいです……」

「あ、うん、なんでもないの、八早月ちゃん凄かったよ!
 ロープが全部出きっちゃってボールが戻ってくるなんてあり得ないもん」

「そうだよ、あまりの凄さに声も出なくてさ。
 大声出してばれちゃうといけないしね」

「ばれるとは? 誰にでしょうか。
 なにかこそこそしないといけないようなことをしていたのですか?」

「なに言ってんのよ、何もしてないってば。
 ねえ夢、あんたがおかしなこと言うからいけないんでしょうに!」

「ごめんごめん、零愛さんへ動画送るのは内緒だもんね。
 でもちょっと容量が大きいからかまだ送信終ってないのよ」

「なんだそんなことですか。
 確かに体育祭中、すまほを触っているのが先生にばれたら叱られますからね。
 ばれないように注意して下さいね」

 苦笑いをしながら美晴と向き合った夢路は、うんうんと頷きながら自分のスマホをカバンへとしまった。その画面はメッセージアプリで動画送信をしている途中のままだが、直前にはメッセージも送っていて「飛雄さんへ見せてあげてください」と書かれていたのは内緒である。
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